目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第104話 リヴィア12

 煌星に朝がきた。数時間経つと昼の世界に様変わりする。

 一日という単位を地球と比較した場合、煌星は約百十七日。昼と夜は五十八日で地球時間では約四ヶ月もの周期で公転する。

 昼と夜が二ヶ月ずつの単位で移ろいゆく。

 常夜が終わり、昼間が続くのだ。

 煌星を覆う人工天幕太陽の傘ヘリオスアンブレアによって気温は調整される。


「今日は色々買えたね! カレーが楽しみ!」

「自己発熱カレーか。不安だな」


 遠くの町へ買い出しにでた二人は食料を買い込む。

 太陽圏連合煌星支部と鉢合わせしないように、相当な距離を迂回して買い出しし、隠れ家に戻るのだ。


 さっそく購入したレトルトカレーを食べる二人。

 蓋を開けると容器が発熱して中の※とカレールーを温めるという仕組みだ。


「どれどれ…… く。これはダメだ」

「美味しいよ!」

「正直にいえリヴィウ。不味いというんだこれは」

「あはは。アンジにとってはイマイチかもね。ボクは普通に美味しいから」


 アンジにとってお世辞にも美味しいとはいえないカレーを美味そうに食べるリヴィウをみて、アンジは決めた。


「——よし。俺がカレーを作ってやる」

「カレーを?!」

「古代のやり方だが、俺でもできるだろう。材料は手に入るんだしな」


 今の煌星では料理は機械がやるものだ。指定された材料を入れて、適切に配分して機械が調理を行う。

 手料理はむしろ少し贅沢な趣味に入る。アンジも調理器具は一通り揃えてあった。


「わあ! 楽しみだ!」

「期待するなよー。料理はあまりしないからな」

「うん!」


 そうはいってもリヴィウの期待に満ちた目に、最善の努力を尽くすことにするアンジだった。

 炊飯器もないので、米は鍋を使う。カレールーはレシピとにらめっこして作った。


 隠れ家にはガス調理器がないので外で焚き火をしてカレーを煮込む。昔、どこかで習ったやり方だ。

 しかし焚き火での火加減は難しい。焦げ臭い匂いに気付いたアンジは慌てて鍋を引き上げた。


 カレールーの上にある部分は大丈夫そうだが、底が焦げ付いているのだろう。


「すまん。リヴィウ。焦がしてしまった」

「美味しそうな匂い! 早く食べたい!」


 リヴィウがさっそくライスとカレールーを二人分よそう。

 焦げ臭い匂いなど気にならないようだ。


 一口食べてリヴィウの目が輝く。


「美味しい!」

「……ん。なんとかいけるな。焦がさなかったらもっと量があったんだが」

「気にしない! こんなに美味しいの、はじめて食べた!」

「大げさだぞ」

「本当だよ! 嬉しいなあ」


 そういえば誰かのために料理するなどアンジにとってもはじめてだ。


(他人と一緒に食べる料理というのも案外悪くないかもしれないな)


 輝くような笑顔でカレーを食べるリヴィウをみて、アンジは充実感を覚えるのだ。


「デザートも作っておいたぞ」

「え?」

「待っていろ」


 そういって冷蔵庫に隠してあったボウルを取り出す。


「これは?」

「プリンだ。たくさんあるから全部食べないようにな」

「わあ!」

「カラメルソースもある。これを適度に食べるんだ」


 アンジがプリンを二人分皿に載せた。ボウルからすくったものなので形は悪いがリヴィウは気にしない。

 カラメルソースをかけてやる。


「どうぞ」

「いただきます!」


 アンジに教えられた食事の挨拶をリヴィウは必ず実践する。


「美味しい! 生きてて良かった!」

「おおげさだ!」

「本当に! 柔らかい! なめらか! アンジすごい!」

「たくさんあるから味わって食べな」

「はーい!」


 こんなに喜んでくれるなら作った甲斐があるというものだ。

 アンジにとって。そしてリヴィウにとってもっとも幸せなひとときだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 昼を迎えたアンジは多忙の日々を送った。

 以前煌星連合のトルネードトルーパーから奪取した情報をもとに、非合法のヴァルヴァ生産工場を解放して回っていたからだ。

 一つの工場を解放すると芋蔓式に別の非合法工場が見つかる。

 その後の情報はヴィーザルのジャン騎士団長に連絡して管理を任せる。

 保護もそうだが、新たに生まれる命に関わることなので、個人で判断可能なものではないのだ。

 またラクシャスの情報は非合法工場たちに共有され、警備のハザーも増えて行く一方だった。


「ねえアンジ。工場解放はもういいんじゃないかな」


 見かねたリヴィウが、アンジの身を案じる。

 自分が言い出したことで、疲労していくアンジに罪悪感が募る一方だ。

 アンジは十分にリヴィウの願いを叶えてくれた。


「ぼちぼちやるだけさ」

「アンジの身に何かあったら、ダメだからさ!」

「大丈夫だ。リヴィウを悲しませるような真似はしないさ」

「ジャンもいっているよ。一言先に連絡して欲しいって。いつも終わってから連絡するんだから!」


 アンジの悪い癖だ。

 自分一人が犠牲になればいいと思っている。また仕事をしている姿を他人に見られたくないという厄介な性分も持っていた。

 リヴィウはそのことに気付いたため、早めに寝るようにしている。リヴィウが寝ないとアンジの作業時間が減るのだ。


「苦しんでいる人がいると思うと急がないとって思ってしまうんだよ」

「アンジはそういう人だから。でも行く時は必ずボクも一緒だからね」

「わかっているって」


 危険な場所にはアンジはリヴィウを隙あらば置いていこうとする。

 リヴィウが昼食の時間になっても整備を続けているアンジを呼びかけた時の話だ。


「装備調整中でしょ? 出撃?」

「夜遊びかもしれないぞ」

「嘘だ。アンジはお酒もあんまり飲まないし、何より美人が苦手なんだからね」


 アンジの好みを聞いたことがあるリヴィウが笑う。アンジは美人が苦手で、可愛い女性を遠くで眺めるぐらいがちょうどいいと語っていた。

 高嶺の花には興味がなく、そんなもののためにお金を使う気はないらしい。

 当時はそんな男性もいるのかと内心驚いたリヴィウだったが、事実であることは一緒に過ごしているうちにわかった。

 縁もゆかりもない女性に対して興味が無いのだ。その事実はリヴィウを安堵させるに十分だった。


「バレてるか。仕方ないな」


 ラクシャスの武装がいつもと異なる。また激戦になるのだろう。

 防御効果があるウイングスラスターと巨大な手持ちの楯が準備されている。集中砲火を浴びる前提の装備だ。


「いつ出発するの?」

「飯を食い終わったらすぐだな」

「ほら! やっぱり置いていくつもりだったんじゃないか!」


 頬を膨らませて怒るリヴィウにアンジは苦笑を隠さない。


「ほら。先に乗り込め。置いてくぞ」

「乗るよ!」


 二人はラクシャスに乗り込み、危険な戦場で戦い続けた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?