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第103話 リヴィア11

 二人の発掘、その後の選別は続いた。

 アンジ自身がめぼしいパーツをあらかた採掘済みだったので、残された部品は少ない。

 それでも二十点に一点は掘り出し物がでてくる。信じられない確率だった。


 だが喜びの日々も束の間。

 リヴィウが高熱を出した。ラクシャスの足元に簡易ベッドを設置して寝かせてある。

 アンジは折り畳みの椅子に座り、看病をしていた。


「リヴィウ。今医者に連れていくからな」


 怪我の治療薬は豊富だが病気に対する薬のストックがなかった。

 市販の解熱剤も効果がない。


「薬を買いにいくから待っていろ」

「ダメ…… アンジ、ここにいて……」


 高熱を出しているリヴィウに懇願され、アンジは動けない。


「ラクシャス…… 狙われているから…… ここにいて……」

「わかった。どこにもいかないから」


 安心させるように優しくアンジがリヴィウに言い聞かせる。

 そっと布団をかぶせ、手に触れてやる。かなり熱い。


 地球時間で夜半を過ぎた頃、アンジはうとうとしていたが、ふと人の気配に気付いた。

 目の間に半透明の少女がいる。

 白装束の少女は優しくリヴィウの頭を撫でる。


「あ、あんたは……」


 少女は人差し指を口にあて、黙るように指示をする。

 見たこともない材質で出来たカップ。薬のようだ。


「薬をもってきてくれたのか」


 少女が微笑みながら首を縦に振った。


「助かった。本当にありがとう」


 アンジがそう礼をいうと、少女はただ笑って消えた。


「まぼろしか…… いや、精霊の類いか。煌星にもいたんだな」


 薬はどうみても工業品のようだ。子供用の小形カプセルを持ってくる精霊など存在しているのか疑問を持つ。


「……アンジ? あの人は?」


 薄めをあけてアンジに問うリヴィウ。


「喋るなリヴィウ。——熱は下がったな」


 自分の額とリヴィウの額に手を押し当てて、リヴィウの熱が下がったことにアンジは安堵する。 


「さっきの女の子は誰だろうな……近所に住む人間もいない。しかし……」


 精霊というには薬は数日分あり、見たことがないカップがある。


「やっぱり精霊さんかな」


 精霊が町からリヴィウに効く薬をもってきてくれた。

 そう考えるほうが自然だった。それぐらい周辺には人里はないし、人間もヴァルヴァも半透明にはならないし、その場で消えたりはしない。


「精霊さん?」

「ああ。地球にはたくさんいたんだ。煌星にもいたんだな。心優しい精霊さんが。元気になったら地球の精霊さんのことを教えるよ」

「約束だよ

「ああ。約束だ」


 アンジが優しく笑いかける。


「なんだろう…… 眠い……」

「寝るんだ。俺は傍にいる」

「うん……」


 眠りについたリヴィウの額に手を当て直す。

 急速に熱は下がりつつあるようだ。


「……ありがとう。精霊さん」


 天井に向かって声をかける。

 アンジにはこの区画に宿る精霊としか思えなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その日の夜、リヴィウは夢を見た。


 天井から淡く輝く光がリヴィウに話し掛けてきたのだ。


『リヴィア。私の声が聞こえますか?』


 熱は収まっていたが、まだ頭が冴えない。

 どうして声の主がリヴィウの隠していた名前を知っているのか。それが不思議だった。


 光が遮られた。

 巨大な人影がリヴィウを護るかのように立ち塞がる。


『女神の名を冠する者よ。まだこの子が同調するには早い。もうしばらくだけ待ちなさい』


 光は少しだけ躊躇い、納得したようだ。


『心無き者よ。どうして私の邪魔をするのです?』

『当機はこの子を護るために名付けられた。護る責務があります』

『あなたの搭乗者は私のあるじ様。確かにリヴィアの身に何かあってはいけませんね。まだ幼く脳も成長していませんからね。——リヴィア。大きくなったらまた会いましょう』

「待って……」


 呼び止めようとするが、影が大きな手でリヴィウを抑える。


『短期集中学習によってあなたの脳は限界にきていたのです。しばらく当機での計算も禁じます』

「あなたは誰?」

『当機の名称はラクシャス。彼女は善なる者。しかしあなたの同調力はまだ足りません。あなたはまだ彼女と同調するには耐えられる体ではありません』


 ラクシャスの声は力強いが、性別は不明だった。


「同調? なんのこと? 同調できたらアンジの役に立てるの?」

『当機の搭乗者アンジの役に立てるでしょう。しかし今もっともすべきことは寝ることです。当機との会話も夢。すべてを忘れて眠りなさい』

「ラクシャス。お願い。もう少しだけ教えて」

『ダメです』


 一方的に会話が打ち切られた。

 翌朝、リヴィウが目を覚ます。

 寝ている間に見た夢のことはなんとなく覚えている。

 そして隣にアンジがいることに安堵を覚える。


「精霊さんとラクシャスか。——ラクシャス。昨日のラクシャスは本当にあなたなの?」


 ラクシャスは駐機状態で停止している。

 当然回答はない。


「……起きたかリヴィウ。どうした?」

「昨日ね。夢に精霊さんとラクシャスがでてきたんだ」

「それはいいな。何か言っていたか?」

「ラクシャスに勉強のしすぎだって怒られた……」


 アンジも知っている。リヴィウは新しいことを学ぶことが楽しくて寝る間も惜しんで勉強していた。


「さすがラクシャスだな! 俺も心配していたんだが、ラクシャスがそういうなら間違いない。寝る時間は削るなよ」

「うん。そうする」


 アンジも心配していたことに気まずいリヴィウが返事をする。


「でも一つだけ調べたいことがあるんだ」

「まだ早いっての」

「お願い。少しだけラクシャスに」

「仕方ないな。すぐ降りて来いよ」


 ラクシャスに乗り込み、コンソールパネルを展開させたリヴィウが凍り付く。


『Please observe a one-month cooldown period(一ヶ月の待機時間を守ってください)』


 文字入力を受け付けてもらえない。

 リヴィウは心なしか、またラクシャスに怒られているような気分になる。

 すぐにラクシャスを降りる。


「ん? どうしたリヴィウ」

「ラクシャスに怒られた。一ヶ月間、待機しなさいって」

「はは。ラクシャスはなんでもお見通しってわけだな!」


 アンジも思わず嬉しくなる。

 ラクシャスがそんな気の利いたことをするとは思わなかったからだ。


「昨日の夢。本当に夢だよね?」


 ラクシャスに問いかけるが、当然回答はない。


「夢は夢でも本当にラクシャスがリヴィウを心配して話しかけてきたのかもな」

「そんなことある?!」

「実際、使えないんだろ?」

「うん……」

「何事もほどほどに、だ。リヴィウはまだまだ子供なんだからな。ゆっくり学べばいい。ラクシャスがいうんだから間違いない」

「早く大人になりたいな」

「嫌でもなるさ。俺なんて気が付いたら二十歳だ。実感がまるでない」


 アンジが苦笑する。いつまでたっても自分がもう二十歳を超えたという実感はない。


「ボクが十五歳ぐらいになったら、アンジを助けるからね」

「二十歳でいい、二十歳で」


 アンジはリヴィウの気遣いに嬉しくなるも、この生活がいつまでも続くかはわからない。


「リヴィウ。そろそろ夜明けだな」

「長い夜だったね」


 アンジとリヴィウが出会った時期は夜。煌星は逆行自転で、自転も地球と比べて極めてゆるやかだ。

 朝と夜の一日は地球と比較して四ヶ月ほどの期間が必要で、テラフォーミングの際にも大きな支障となった。


 煌星は夜明けと夕暮れは数時間かけて続く。それが終われば常に昼となる世界になるのだ。


 二人の夜明けが近付こうとしていた。


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