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第102話 リヴィア6

 頑丈な扉の前に兵士が待機していた。


「動いているか?」

「は! 問題ありません」

「では中へ」


 扉の中をくぐると、広大な空間に人間サイズの試験管のような培養カプセルがあった。


「これが……生産中のヴァルヴァか」


 現実味がない光景だった。

 生まれる前の段階ではヴァルヴァの特徴は出現しないらしい。


「初期段階は人工胎盤に設計された受精卵を着床させます。その後人工羊水のなかで人間同様、十月十日間の間で育ちます」

「人間同様、か」

「これもロストテクノロジーの一つ。我々ヴァルヴァが生み出された技術であり、遺さねばならないものでもあります」

「そうだよな。どんな技術であれ、一度喪失すると取り戻せなくなる。煌星でも【審判の日】以来、多くの技術が喪失したと教えられた」

「すべてのAGIが停止した【審判の日】。ヴァルヴァは技術の継承と喪われた人口の補充のために新たに設計された、と伝えられています」

「どういう意味だ? 事実は違うのか?」

「ヴァルヴァを創造した人間、あるいはAIなのか。真偽は不明なのです。新たな種であるならば他の動物の遺伝子を組み込む必要や幻想生物を模す必要はありませんから」

「そうだよな」

「そもそも論として何故人間を生産しなかったのか、という命題に答えられる者がいないのです」

「人間を生産すると倫理的に問題はあるのだろうが…… いや、それならヴァルヴァだって同じだよな」


 アンジは無数に並ぶ培養カプセルを眺める。


「そこなのです。すべての人が、アンジ殿のような考えだと良かったのですが現実には違います。人も、ヴァルヴァもです」

「というと?」

「非合法のヴァルヴァ工場はもっと過酷な状況に置かれている場合があります。愛玩用や臓器提供用のみならず、猟銃の的や食用に回される場合もあるのですよ」

「待て。ヴァルヴァ工場はヴァルヴァの科学者もいるだろう。実際さっきもいたぞ」


 アンジにとっても初耳だった。リヴィウに聞かせたくない類いのものだ。


「ですからヴァルヴァがヴァルヴァを喰べていた実例が多々あるのです。おぞましいでしょう? だからこの工場はましだったということなんですよ。決して許されないことですが」

「まったくだ」


 アンジはため息をついたが、理解もする。

 リヴィウ自身も自分はまだ生き残る努力を許された方だと言っていたからだ。

 アンジには幼い子供にそんな言葉を吐かせた環境が許せない。


「工場自体はモレイヴィア国やヴィーザル家の管理下に置かれます。新たな命は生み出さないようにします。今成長している胎児は保護しますのでご安心を」

「助かる。これだけはどうあっても個人では無理だからな」

「この光景をあの子に見せたくなかったのです」

「助かる。自分がどのように誕生したかなんてリヴィウは知らないほうがいい」


 二人は培養室を出て、ラクシャスの足元に戻る。


「あんたにいうことではないが、トルネードトルーパーがいたということは煌星支部軍だけではなく本部も絡んでいる可能性がある」

「その可能性は高いでしょう。何故本部にしか支給されないはずのトルネードトルーパーがいたかを考えると暗澹たる気持ちになります」

「ヴァルヴァを他惑星に輸出している可能性だな」

「特産品としてね。許されないことですが、兵士が生きていたとしても末端でしょう。輸出先など知るわけがない」

「だろうな。煌星支部の賞金首だからできることもあるってことだ」


 その言葉にジャンが反応する。


「あなたへの報酬なども考えております」

「いらない。——いや、可能なら頼みたいことがある」

「どのような?」

「この場は見逃してくれ。一応犯罪者なんでな」

「一つだけ。形だけの逮捕を行って、お二人をヴィーザル領で保護することもできます」

「その気持ちは大変ありがたい。その時はリヴィウだけでも頼むよ。もう一つある」

「それは?」

「またこんな工場を見つけた時、あなたに連絡したい」

「——まだ非合法の工場があると?」

「わからん。可能性の問題だが、見つけてしまった場合の話だ」

「目星がついているということですね。わかりました。では先ほど通信に使った回線は残しておいてください」

「ありがたい。ではやるだけやって申し訳ないが、先に退散させてもらうよ」

「我々は同族の恩人に対して逮捕などしませんよ」


 ジャンは苦笑するが、立ち去りたいアンジの立場を尊重してくれた。

 コックピットハッチを開け、ラクシャスに乗り込む。


「話のわかる騎士団長を捕まえたとはお手柄だなリヴィウ。助かったよ」

「運が良かったんだよ。ジャンがいい人で良かった」


 ラクシャスは通路に向かって走り出す。

 カジミールの兵士たちはラクシャスに向かって手を振る者までいた。


「「いいことをしたみたいだ」

「アンジはいいことをしたんだよ」

「そうか」


 アンジにはいいことをしたという考えはなかった。

 パイロットとはいえ、機兵ごと兵士を殺しているからだ。いつか報いを受ける日もあるだろう。

 隠しておいたトルネードトルーパーの胴体から情報だけを抜き取り、ラクシャスは二人の住処である隠れ家に向かって走り出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 それから二人は大忙しだった。


「リヴィウ。この地図を見てくれ」

「この印はなに?」

「俺が聞き出した非合法のヴァルヴァ生産施設だ」

「三箇所もあるの?」


 リヴィウも驚いた。自分がいた生産施設はまだ大きいほうだと思っていたからだ。


「そうだ。まだあるはずだが、すべてはわからない」

「いつの間に? トルネードトルーパーから抜き出した情報にあったんだね?」

「察しがいいな。そうだよ。だからすべて解放する。解放したあと、ジャン騎士団長に連絡をすれば子供たちを保護できる」


 アンジは真剣に検討している。


「だがやることはたくさんある。次に俺達の拠点があるこの周辺地図だ」


 俺達の拠点と聞いてリヴィウは内心嬉しくなる。

 帰る場所がはじめて出来たのだ。

 嬉しさを抑えて地図に目を凝らす。 


「このチェックは?」

「ラクシャスを含めてフーサリアのパーツが落ちていた地点だな」

「これが……」

「ラクシャスに割り出してもらった地点はあらかた掘ったな」

「待って。まだいくつかあると思うよ。ラクシャスに計算してもらっていい?」

「いいぞ。何をするんだ?」

「弾道学、突入構造体の流体力学、突入時の熱力学で算出されているようだよ。これ以外の不確定要素を数値解析や確率論、統計学でさらに絞り込めるはず」

「数値解析?」

「落下状態の条件を変えてみるんだよ。四次のルンゲ・クッタ法などを使用した微分方程式を使ってみたいんだ。試していい?」

「任せた!」


 数学はさっぱりのアンジがリヴィウに投げる。

 リヴィウはラクシャスに乗って計算式を打ち込む。


「ねえラクシャス。いくつかの初期状態を割り出して」


 そういって数式をパネルに打ち込む。

 計算結果から、地図のマークが増えて行く。


「思ったよりもあるな。絞りたい。では煌星の重力圏内で戦闘が数回あったと仮定して、この条件で」


 発掘されていない地点が絞り込まれる。


「アンジ! 候補が見つかったよ!」

「でかした!」

「そう思うとこの場所は不思議だ。宝の山なのに侵入者もいない。何より理由は不明だが俺達やラクシャスが隠蔽されている気配まである」

「どういうこと?」

「この地域一帯に意志がある者がいるのかもな。——いや、なんでもない」

「気になるなぁ」


 アンジ自身も不思議なぐらいだ。ラクシャスはこの辺一帯で煌星支部軍に見つかったことはない。

 何かの意志が感じられたが、オカルトの類いだ。リヴィウに聞かせるような話ではない。 


 二人はその日からより勢力的にフーサリアの部品回収のため、発掘に勤しむ。

 発掘した残骸で使えるものはごくわずかだったが、部品取りやリアクターなど高額になるものもある。


「使えそうなものは置いておく。よほど使えないか、金になりそうなものは売るんだ。リアクターの在庫は常に十基。出力や容量が低いものから売っていく」


「重要な交換部品は残しておくんだね」

「フーサリアの部品なんぞ売っていないからな。腕部や脚部は揃えないとバランスが狂う。当時の規格が共通規格だったことが幸いしたな」

「これだけ掘っても、見つからないよね」

「しかし腕部と脚部が八セットにもなった。部品を取ってレストアすればもう二、三セットいけそうだ。リヴィウのおかげだな」

「役に立てて嬉しい」


 リヴィウはそういって年相応の、褒められた子供のように笑うのだった。




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