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第101話 リヴィア9


 リヴィウは必死にどのような状況を説明した。


「残骸から組み上げたフーサリア、か。その話だけでもにわかに信じがたいが……」


 座標まで書いてあるので、念のため資料を取り寄せる。

 たどたどしい文字で必死に書いたことが伝わった。アンジとラクシャスを助けてください。何度も繰り返し書かれている。


 ジャンは地図を確認する。山岳地帯付近の、国境沿いであり、無人のはずだった。


「少し待ちなさい」


 リヴィウを部屋に残してジャンは別の部屋に移動する。

 ジャンは念のため、カジミール公爵に連絡を取った。


「——このような理由で出撃許可をいただきたいのです」

「ジャンよ。何をしている。貴様ともあろうものが。今すぐ立て。非合法のヴァルヴァ工場に関する情報など滅多にないものだぞ。すぐに子供を保護するんだ」

「しかし、何もない可能性もあります」

「何もない? 大いに結構。無闇に生み出されるヴァルヴァがいないということだからな。しかしお主に陳情した少年は特徴のないヴァルヴァなのだろう?」

「はい。特徴のないヴァルヴァです。保護者によって治療も受けているようでした」

「お前の見た通りだ。本来殺されるはずだった特徴のないヴァルヴァがその保護者によって生かされ、養育されている。それだけでも十分ではないか。出撃を命じる」


 カジミール公爵の判断は苛烈だった。

 出撃許可の進言に対して命令で応じたのだ。


「はっ!」


 そうと決まれば話は早い。


「リヴィウ少年。今すぐ立つぞ」

「ありがとうございます!」


 少年の瞳に希望の色が宿った。

 ジャンはそれだけで悪戯や罠の類いではなく、少年の保護者が危険な状態にあると知った。


(まっていてアンジ)


 リヴィウは祈るような気持ちで速やかな編成を行っている軍の準備を見守っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 機兵サイズの通路を進む。

 すぐに終点にいきついた。熱源に反応があり、人がいることが窺えた。


『ヴァルヴァ生産工場職員に告げる。無駄な抵抗はやめて投降しろ。こちらはビームライフル装備だ。撃っただけで甚大な被害になるだろう』


 扉の向こうで耳を澄ませている可能性もある。

 ラクシャスを操縦して扉を軽く蹴ってみる。

 衝撃とともに、悲鳴が聞こえた。


「降伏する! 暴力反対!」

『君たち次第だ。扉を開けて両手を挙げろ』


 アンジがそう告げた瞬間、ぞろぞろと両手を挙げた科学者風の男女が現れた。

 全員が出てきたと思われるところで、ラクシャスが捕縛用ネットを集団に投射する。

 集団は強制的に地に組み伏せられた。


 アンジは集団をどうするかは決めていない。

 敵機が戻ってくる可能性もあるし、このまま放置して通報してもいい。

 リヴィウに教えておいた専用回線に反応がある。


『こちらカジミール騎士団東部方面隊騎士団長ジャン・カロル。通信先のラクシャスとその乗り手アンジ。聞こえるか?』

「こちらラクシャスのパイロット。アンジだ。騎士団長自ら出撃とは助かった。工場は制圧して解放したが、人手が足りない」

『トルネードトルーパーも倒したのか?』

「三機撃破してある。一機は木っ端微塵にしたから残骸もろくに残っていないが。今いる地点の座標と撃破した地点の座標を送付しよう」


 座標を受け取ったジャンは部下に命じる。

 偵察車輌がトルネードトルーパーの残骸を発見した。


『トルネードトルーパーの残骸を確認した。そちらに急行する』

「頼む」


 通信が途切れた。

 一時間経過した頃、カジミール東部方面隊騎士団が到着した。


 正面にひときわ重装備のハザーが前に進み出る。コックピットのハッチが開き、アンジより十歳ぐらい年上の男性とリヴィウが姿を見せる。

 男は猫耳のヴァルヴァで、鋭い目付きは猫というよりは大型の肉食獣を連想させた。


 アンジもハッチを開き、頭を下げる。

 三人は降りて邂逅した。網にかかった科学者たちは兵士たちに連行されていった。

 他の兵士たちがたくさんの子供たちを保護して車に乗せている。



「ジャン殿。救援に感謝する」


 アンジはできるだけ丁寧に会話するように心がけた。


「そう畏まらないでください、私の方こそ非合法のヴァルヴァ工場を解放していただき、感謝しかない。本来は我々がやるべき責務なのです」

「俺の都合でやったことですから」

「しかし何故です? どうしてあなた自らが動くことにしたのでしょうか? しかるべきルートを通じて我々に通報するだけでも良かったのでは」

「アンジはボクを助けたせいで太陽圏連合煌星支部軍の賞金首になっているのです」


 リヴィウがアンジをかばうように言った。


「そういうことだな。ま、あとは理由も幾つかある」

「お尋ねしても?」

「一つ。この子のように酷い買い手がつく前に子供を助けたかった。二つ。しかるべきルートでも信用してもらえるかわからなかった。三つ。もし俺に何かあってもカジミール家の戦力に消耗はない」


 もう一つの可能性は口に出さなかったが、ジャンも気付いているだろう。

 モレイヴィア軍やヴィーザル家の内部に闇工場関係者がいないとも限らないということだ。アンジは信頼を示して、あえてその可能性を指摘しなかったのだった。


「高潔な志しは結構ですが、あなたが死んではこの子が悲しみます」


 隣で強く首を振るリヴィウ。


「高潔なんかじゃないさ。ただまあ。身勝手な理由で生み出されて、虐待されたり殺されたりしていいわけがない」

「仰る通りです。リヴィウ。ラクシャスの中に行きなさい。少しだけアンジ殿と二人きりで話したいんだ」

「はい」


 リヴィウは大人しくラクシャスのコックピットに乗り込み、ハッチを閉めた。

 兵士が駆け寄り、ジャンに耳打ちをする。


「子供に聞かせられない話か」

「そうです。今の所保護した者は五十二名。誕生直後らしき者が五名」

「そんなにいたか」

「酷い買い手が付く前というあなたの判断は極めて正しいもの。——残念ながらこの工場はまだましなほうなのです」


 ジャンは悔しそうに告げる。


「ましなほう? あの子供たちが?」


 救出された子供たちは泣き叫ぶこともなく、静かに連れられていった。

 すべてに絶望していた目だった。


「ついてきてください」

「わかった」


 ジャンは先ほどの兵士に聞いたのだろう。目的地を把握しているようだ。

 アンジは大人しく後ろをついていく。


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