そこに下の階にいた桐山が上がって来た。
「大丈夫か?」
桐山が心配そうな声で、俺の背中に話しかけた。
「ああ、終わったよ」
俺がそう言うと、桐山は恐る恐る部屋に入ってきた。
「ゲッ、ス、スゲー……」
桐山は凄惨な状況に言葉を詰まらせた。血を吐いている奴や顔面が陥没した奴がいるのだから当然だろう。
「ちょっとやり過ぎたかも」
さっきは俺も興奮していたところがあったから、思い切りやってしまったが、少し冷静になるとやり過ぎた気がしてくる。
「そうだな。これって死んでるのか?」
桐山は倒れてぐったりとしている男たちを見て言った。
「いや、わからない。でも、少なくともいまは意識はないな」
「ヤバくないか?」
桐山の声がかすれている。
「どうだろう? 俺にもわからないよ」
俺も答えようがなかった。
「俺のスマホをこいつらが持ってるはずなんだけど……」
桐山は部屋を見渡した。
「あった」
部屋の隅に桐山のスマホは転がっていた。
「それと、連中が持ってるはずの、俺の個人情報のデータを消さないと」
桐山は連中のスマホを見つけて、中を確認していった。
「俺の免許証の写真があるよ」
桐山が言った。
「やっぱり共有してたんだな」
「こいつを削除してと」
桐山は男たちのスマホから自分の個人情報がわかるデータを消していった。
「削除できたか?」
「できた。じゃあ、とにかくここから逃げよう」
桐山に言われて、俺たちはその青い家から出た。そして、そのままなにもなかったかのように、駅の方へと向かって歩いた。
「駅までは遠いのか?」
桐山が不安そうに訊いた。拉致されて痛めつけられたから、歩くのが辛いのかもしれない。
「いや、タクシーで五分ぐらいだったから、そんなには遠くないと思うよ」
「そうか」
「お前、大丈夫か?」
「ああ、なんとか。それぐらいなら歩けるよ」
俺たちはほとんど人気のない道を駅に向かって歩く。
「それにしても、よく俺が捕まっているところがわかったな?」
「まあね。それよりもよく連絡できたな?」
「そうなんだよ。初めお前に電話をしたけど、出なかっただろう? あれは連中が、俺のバイト先の外で待ち伏せしてるみたいだって思った時に電話をしたんだよ」
「そうだったのか。すまん」
「それで、どうしようかと思ったんだけどさ、帰らないわけにも行かないから、連中に見つからないように出たつもりだったんだけど、あっさり見つかって、捕まったんだよ。だけど連中もテンパってたんだろうな。俺のスマホを取り上げることもせず、車に乗せられてあの家まで運ばれたんだ。それで隙を見て、お前にメッセージを入れたんだよ」
「そういうことだったんだ」
「でも、結局、後でスマホは取られたけどな」
桐山からの通話やメッセージがどういう状況だったかがわかった。
「ところで、あのまま放っておいていいのか?」
桐山が訊いてきた。
「あのままって?」
「せめて救急車ぐらいは呼んでおいた方がいいんじゃないのか?」
「それもそうだな。そのほうがいいかも」
「うん、そのほうがいいと思うよ。あの連中がまだ生きているのなら、病院に行けば助かるだろうし、無理だったとしても、少しは気分が楽になるし」
「うん。どこか公衆電話があったら電話しよう」
そんな話をしながら駅に向かっていると、途中の公園に公衆電話があった。
俺は消防に通報した。
スマホで調べただいたいの住所と青い家ということだけ言って、すぐに切った。
「まぁ、これで俺たちの責任は果たしたってことにしようよ」
桐山が言った。
「そうだな。失敗だらけだったけど、とにかくこれで終わりだな」
俺はあまりスッキリとした気分ではなかった。しかし、それも仕方がない。
「もうひったくりグループも解散になるだろうし、失敗は多かったけど、俺たちはよくやったと思うことにしようよ」
桐山は俺に言っているのか、自分に言っているのか。
「うん。いままでの俺たちでは考えられないようなことをやったのは確かだしな」
俺は満足はしていなかったが、終わったことを考えても仕方がないと思うようにした。
俺たちは、電車に乗ってそれぞれの自宅に帰った。
俺は自分の部屋に入ると、ベッドに転がった。
身体も精神も泥のように疲れている。
目を閉じたら、すぐに眠ってしまった。
次に気が付いた時には、朝だった。外はすっかり日が昇っている。
俺は伸びをした。
夢を見ることもなく良く眠れたようで、昨日の疲れはあまり残っていなかった。
俺はすぐにスマホを手に取り、昨日のことがニュースになっていないかを調べた。
すぐには見つからなかったが、しばらく探していると出てきた。
俺はその記事を読んだ。
俺が一番気になっていたのは、連中が死んでいるかどうかだ。
記事によると、生きてはいるようだ。ただ、重症と書いてある。そして、原因や犯人はまだわかっていないようだ。しかし、あの三人が、最近あった連続ひったくりグループの主要メンバーであることは、すでにわかっているようだ。そして、仲間割れかライバルグループの仕業ではないかと警察は見ていると書かれてあった。
俺は桐山に電話をした。
「ニュース見たか?」
「見たよ」
桐山はまるで眠そうではなかった。起きてだいぶたっている雰囲気だ。
「死んでなかったみたいだな」
「そうだな。ホッとしたよ」
桐山の声からその気持ちはよく伝わった。
「お前、今日の予定は?」
俺が訊くと、
「バイトに行く気にはならないから、今日は家にいるよ」
「そうか。俺も同じような感じだ。いまからそっちに行っていいか?」
「おう、来いよ。一緒にゲームでもやろう」
俺は電話を切って、すぐに桐山の家へと向かった。