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第38話 どっちと相乗りする?

 オズヴァルドとカロリーナが図書室で遭遇し、しおりの話をしたその日の夜に、レアンドロから外出の許可がでた。







 ――テオの体調が回復し、いよいよピクニックに出かけることになった日の早朝。


 テオ達は、アルバーニ家の|厩舎≪きゅうしゃ≫で、乗馬の準備をしていた。


 中・上流階級に生まれ、騎士を目指す子息は、幼少期から馬の管理の仕方を仕込まれる。アルバーニ家では主に、騎士団や馬丁が馬全体の世話をしているが、動物好きなテオは、聖騎士養成所に入学する前から頻繁に厩舎に出入りしていた。


「……馬に乗って出掛けるなんて、久しぶりだな」


 馬の頭に頭絡とうらくを付けながら、テオは喜びに胸を躍らせる。


 すると、テオの隣でもう一頭の馬の背中にくらをのせていたオズヴァルドが、


「テオ、お前。馬の乗り方は覚えているんだろうな?」


 と言った。手先が不器用なテオは、どうにかこうにか頭絡を付け終え、レオポルドから鞍を受け取っている最中だった。


「えっ? それはもちろん……」


 『もちろん』と口にしながら、久々の乗馬に緊張していたテオは、『当たり前だろ』の一言が言えない。――馬の世話をするのが好きなことと、乗馬が上手いかどうかは、残念ながら比例しないのだ。


 するとテオに手渡そうとしていた鞍を、レオポルドは自分で抱え直して、馬の背中に軽々と乗せた。


「オズ……まーた、お前はそうやって、嫌味ったらしい言い方をする……」


 ハァと呆れを含んだため息を吐かれ、鞍を乗せようとしていたオズヴァルドは、作業を止めて眉間にシワを寄せた。


「は? ボクがいつ――」


「あー、はいはい。無自覚なんですよねー? ……ったく。いい加減気付けよな。本気で、医者に診てもらった方がいいんじゃねーのか? アイツ」


「おい。全部聞こえているぞ」


「ハッ! 聞こえるように言ってんだっつーの!」


「なに……?」


 決闘でも始まりそうな、一触即発いっしょくそくはつの空気が漂いはじめて、テオは慌てて二人の間に割って入る。


「あー、もう! 出掛ける前から喧嘩するなって! まだ俺たち、馬に乗ってもいないんだぞ!?」


 テオより長身の二人は、間に立ったテオの頭上で、無言のまま睨み合う。そして結局、


「「フンッ!!」


 とお互いに顔をそらして、目を合わせることなく、黙々と準備を再開した。


「……先が思いやられるな」 


 テオは、やれやれと肩をすくめる。早くも疲労を訴えはじめた頭がズキッと痛んで、拍動するこめかみを右手の中指で指圧した。――匙を投げるにはまだ早い。これから大きな試練が待ち構えているのだから。


 テオは、乗馬の準備をするレオポルドとオズワルド越しに、大人しくて賢そうな馬たちを見遣った。


 ――聖騎士養成所から借り受けてきたらしい駿馬しゅんめは、あの二頭のみ。


 三人の中で、一番身長が低くて体重が軽いのは、どう見てもテオだった。ということは、相乗りをすることになるのは、必然的にテオになる。


 ――レオポルドとオズヴァルド。


 どちらを選んでも、遠乗りは楽しめるだろうが、雰囲気が悪くなるのは避けられないだろう。


「二人とも、聞いてくれ」


 二人は、ピタッと動きを止めると、テオに向き直った。テオは、二人の顔を交互に見遣り、


「相乗りについて考えたんだが……行きはレオの馬に乗って、帰りにオズの馬に乗ることにする。これで平等だし、馬の疲労軽減にもなる。もちろん、異論はないよな?」


 有無を言わせないとばかりに、にっこり微笑んでみせた。


「……なんか、オレ……一瞬だけ、テオとテオのお姉さんの笑顔が重なって見えたんだけど」


「……ボクもだ」


 顔色を青くした、レオポルドとオズヴァルドは、こくこくと大人しく頷いたのだった。






 テオはよくブラッシングされた駿馬の身体をなでると、「今日はよろしくな」と言って、左手で手綱をつかんだ。そのまま右手でたてがみをつかみ、左足をあぶみにかけると、ひょいっと鞍に飛び乗った。


「……この高さ。久しぶりだな……」


 背筋を伸ばして、手綱をしっかり握り、馬上から見える範囲を見渡した。体高約百六十センチメートルの高さから見下ろすと、見慣れているはずの何の変哲もない風景が、まったく別のもののように感じるから不思議だ。


 ぼうっと景色を眺めていると、馬の身体が大きく揺れて、背をまたぐ長い足の一部が視界の右端に映った。「なあ、レオ――」と、テオは後ろを振り返り、ビクッと身体を硬直させる。テオの後ろに相乗りしてきたのは、レオポルドではなく、オズヴァルドだった。


 驚愕に目を見開いたまま身動きひとつできないでいると、それに気が付いたオズヴァルドが、身体をかがめて瞳をのぞき込んできた。心の底を見透かすような、澄んだ青い瞳に見つめられ、テオはやっとの思いで視線から逃れた。


「な、なんで……どうして、オズが乗ってるんだ……? 行きは、レオと相乗りするって……」


 「ああ。代わってもらった」と、オズヴァルドは素っ気なく言って姿勢を正すと、テオが握る手綱の両端をつかんだ。そうすると、自然と身体と身体が密着し、オズヴァルドの腕の中にすっぽり収まる形となった。焦ったテオは、少しでも身体を離せないものかと、密かに奮闘する。


 しかし身動きすればするほど、背中に当たる逞しい胸板を意識してしまい、テオの頭の中は混乱していく。


 さすがに異変を感じ取ったのか、オズヴァルドはテオが動けなくなるように、手綱から左手を放し、痩せて細くなってしまった腰に腕を回してきた。


「っ、」


 テオの動きは止まり――いや、止まらざるを得なくなり、羞恥心にかられて頭がのぼせてしまいそうになる。チラッと視線だけを後ろにやると、オズヴァルドはテオを左腕で抱きしめたまま、レオポルドと話しているようだった。


 会話の内容が気になったけれど、まるでテオの全身は心臓になってしまったかのように、ドクンドクンと強く拍動していた。そのせいで、鼓膜の中までドクドクとうるさく、会話の内容を聞き取ることはできなかった。


「――オ。テオ。……大丈夫か?」


 オズヴァルドの呼気が耳の裏にかかり、テオの身体がぴくんと小さく跳ねた。途端、耳に熱が集中していくのを感じる。全然、これっぽっちも、大丈夫ではない。が、テオはなんとか頷いてみせた。


「だいじょうぶだ」


 そう、固くなった声音で返すのが精一杯だった。

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