オズヴァルドとカロリーナが図書室で遭遇し、しおりの話をしたその日の夜に、レアンドロから外出の許可がでた。
――テオの体調が回復し、いよいよピクニックに出かけることになった日の早朝。
テオ達は、アルバーニ家の|厩舎≪きゅうしゃ≫で、乗馬の準備をしていた。
中・上流階級に生まれ、騎士を目指す子息は、幼少期から馬の管理の仕方を仕込まれる。アルバーニ家では主に、騎士団や馬丁が馬全体の世話をしているが、動物好きなテオは、聖騎士養成所に入学する前から頻繁に厩舎に出入りしていた。
「……馬に乗って出掛けるなんて、久しぶりだな」
馬の頭に
すると、テオの隣でもう一頭の馬の背中に
「テオ、お前。馬の乗り方は覚えているんだろうな?」
と言った。手先が不器用なテオは、どうにかこうにか頭絡を付け終え、レオポルドから鞍を受け取っている最中だった。
「えっ? それはもちろん……」
『もちろん』と口にしながら、久々の乗馬に緊張していたテオは、『当たり前だろ』の一言が言えない。――馬の世話をするのが好きなことと、乗馬が上手いかどうかは、残念ながら比例しないのだ。
するとテオに手渡そうとしていた鞍を、レオポルドは自分で抱え直して、馬の背中に軽々と乗せた。
「オズ……まーた、お前はそうやって、嫌味ったらしい言い方をする……」
ハァと呆れを含んだため息を吐かれ、鞍を乗せようとしていたオズヴァルドは、作業を止めて眉間にシワを寄せた。
「は? ボクがいつ――」
「あー、はいはい。無自覚なんですよねー? ……ったく。いい加減気付けよな。本気で、医者に診てもらった方がいいんじゃねーのか? アイツ」
「おい。全部聞こえているぞ」
「ハッ! 聞こえるように言ってんだっつーの!」
「なに……?」
決闘でも始まりそうな、
「あー、もう! 出掛ける前から喧嘩するなって! まだ俺たち、馬に乗ってもいないんだぞ!?」
テオより長身の二人は、間に立ったテオの頭上で、無言のまま睨み合う。そして結局、
「「フンッ!!」
とお互いに顔をそらして、目を合わせることなく、黙々と準備を再開した。
「……先が思いやられるな」
テオは、やれやれと肩をすくめる。早くも疲労を訴えはじめた頭がズキッと痛んで、拍動するこめかみを右手の中指で指圧した。――匙を投げるにはまだ早い。これから大きな試練が待ち構えているのだから。
テオは、乗馬の準備をするレオポルドとオズワルド越しに、大人しくて賢そうな馬たちを見遣った。
――聖騎士養成所から借り受けてきたらしい
三人の中で、一番身長が低くて体重が軽いのは、どう見てもテオだった。ということは、相乗りをすることになるのは、必然的にテオになる。
――レオポルドとオズヴァルド。
どちらを選んでも、遠乗りは楽しめるだろうが、雰囲気が悪くなるのは避けられないだろう。
「二人とも、聞いてくれ」
二人は、ピタッと動きを止めると、テオに向き直った。テオは、二人の顔を交互に見遣り、
「相乗りについて考えたんだが……行きはレオの馬に乗って、帰りにオズの馬に乗ることにする。これで平等だし、馬の疲労軽減にもなる。もちろん、異論はないよな?」
有無を言わせないとばかりに、にっこり微笑んでみせた。
「……なんか、オレ……一瞬だけ、テオとテオのお姉さんの笑顔が重なって見えたんだけど」
「……ボクもだ」
顔色を青くした、レオポルドとオズヴァルドは、こくこくと大人しく頷いたのだった。
テオはよくブラッシングされた駿馬の身体をなでると、「今日はよろしくな」と言って、左手で手綱をつかんだ。そのまま右手でたてがみをつかみ、左足を
「……この高さ。久しぶりだな……」
背筋を伸ばして、手綱をしっかり握り、馬上から見える範囲を見渡した。体高約百六十センチメートルの高さから見下ろすと、見慣れているはずの何の変哲もない風景が、まったく別のもののように感じるから不思議だ。
ぼうっと景色を眺めていると、馬の身体が大きく揺れて、背をまたぐ長い足の一部が視界の右端に映った。「なあ、レオ――」と、テオは後ろを振り返り、ビクッと身体を硬直させる。テオの後ろに相乗りしてきたのは、レオポルドではなく、オズヴァルドだった。
驚愕に目を見開いたまま身動きひとつできないでいると、それに気が付いたオズヴァルドが、身体をかがめて瞳をのぞき込んできた。心の底を見透かすような、澄んだ青い瞳に見つめられ、テオはやっとの思いで視線から逃れた。
「な、なんで……どうして、オズが乗ってるんだ……? 行きは、レオと相乗りするって……」
「ああ。代わってもらった」と、オズヴァルドは素っ気なく言って姿勢を正すと、テオが握る手綱の両端をつかんだ。そうすると、自然と身体と身体が密着し、オズヴァルドの腕の中にすっぽり収まる形となった。焦ったテオは、少しでも身体を離せないものかと、密かに奮闘する。
しかし身動きすればするほど、背中に当たる逞しい胸板を意識してしまい、テオの頭の中は混乱していく。
さすがに異変を感じ取ったのか、オズヴァルドはテオが動けなくなるように、手綱から左手を放し、痩せて細くなってしまった腰に腕を回してきた。
「っ、」
テオの動きは止まり――いや、止まらざるを得なくなり、羞恥心にかられて頭がのぼせてしまいそうになる。チラッと視線だけを後ろにやると、オズヴァルドはテオを左腕で抱きしめたまま、レオポルドと話しているようだった。
会話の内容が気になったけれど、まるでテオの全身は心臓になってしまったかのように、ドクンドクンと強く拍動していた。そのせいで、鼓膜の中までドクドクとうるさく、会話の内容を聞き取ることはできなかった。
「――オ。テオ。……大丈夫か?」
オズヴァルドの呼気が耳の裏にかかり、テオの身体がぴくんと小さく跳ねた。途端、耳に熱が集中していくのを感じる。全然、これっぽっちも、大丈夫ではない。が、テオはなんとか頷いてみせた。
「だいじょうぶだ」
そう、固くなった声音で返すのが精一杯だった。