金属の転がる音が、夜の闇に溶ける。
重厚感のある街灯が地面を転がったにしては、異常なほど小さな音だった。
(チッ……)
ウィッグの毛先がすっぱりと、僅かに短くなっていることに気づき、
街灯の上から眺めていた時は、武器など持っているようには見えなかった。だが先程ちらと見えたのは、間違いなく刃物であった。
「……どちら様でしょうか。ここがどなたのお屋敷なのか、分かっておいでですか?」
「……」
先ほど一瞬振り返った不審者だが、しかし今は再び後ろを向いている。その状態のまま、ただ僅かに肩を震わせるのみである。背中越しであるため表情は分からないが――――少なくとも、
「……答えるつもりはない、ということですか。一応お伝えしておきますが、お嬢様は既に入浴を済ませております。覗こうとしても無駄ですよ」
そんなユーモア溢れる
そうして
「――けた」
「……なんです? よく聞こえませんでしたが」
それはか細く、震えるような声だった。
少女の言葉がよく聞き取れなかった
「みつけた」
「あ、はい」
少女の言葉に、
あまりのことに『あ、はい』などという意味の分からない返事をしてしまう。
(はいじゃないが!? っていうか怖すぎでしょ! ホラーかな?)
現在は23時を回っており、深夜と呼んで差し支えのない時間帯だ。
そんな夜の闇に紛れ、こんな
それでもどうにか、
「みつけた……というのは、一体何のことでしょうか?」
「ウフフ。とぼけちゃって。そんなの――――」
少女の背中に凄まじい殺気が膨らむ。
「――――貴女を、に決まってるじゃんッ!」
「ひえっ」
刹那、金属の軋る激しい音が鳴り響く。
そのあまりの剣速故か、打ち付ける白刃が僅かに火花を散らす。
そうしてようやく、少女の得物が刀だと判明した。片刃で反りのない、いわゆる直刀だった。薄闇の中ということもあって、刀の軌道は酷く見づらい。そもそもの間合いも読みづらい。加えて少女の攻撃は、そこらの探索者とは比べ物にもならない程に速く鋭く、容赦がなかった。顔、首、胸部と、一切の迷いもなく急所を狙ってきている。しかし初撃を受け流したその後も、
「あははは! 流石だね! そんな小さなナイフで受け切るなんて!」
「お褒めに預かり光栄で――――はて? 流石というのは……? 貴女とは初対面だと思うのですが」
「そだねぇ!」
怪訝そうな顔を浮かべる
くるくると器用にナイフを操りながら、
フードの隙間から僅かに見える、少し幼い顔立ち。
両の耳にはそれぞれ特徴的なピアスが光っていた。小柄な体格を考えれば、恐らくは
「スゴいスゴい! やっぱり間違いないね!
(
少女は大変楽しそうだったが、しかし一方の
「失礼ですが、人違いかと。私の知り合いにそのような方はおりません」
「あっはははは! 記憶にも残ってないんだ!? まぁでもそうだよね、あいつ弱っちぃもんねぇ!」
少女の振るう凶刃が月明かりに照らされ、
仮に高位の探索者が傍で観戦していたとして、一体どれだけの者がこの戦いについてこられるだろうか。少なくともこんな時間、こんな場所で行われるようなレベルの戦いではなかった。
そうして
「っと……流石にこれ以上はマズいですね」
「だねぇ。名残惜しいけど直接顔も見れたし、今日はここらで帰ろうかなー」
先程までの狂気はどこへやら。
まるでスイッチが切れたかのように正気へ戻った少女が、一転してこの場を立ち去ろうとする。
「おや、帰れるとお思いで?」
「よゆーよゆー! 確かにキミはすごく強いけど、目立つのを嫌ってる。そうでしょ? アタリでしょ?」
「……今のが本気だと思われては困りますね。貴女を捕縛してそこらに転がすだけなら、一分もかかりませんよ」
「あはっ、そうかもね! でも……」
少女はそう言うと大きく息を吸い込む。
そして大声で、こう叫んだ。
「きゃああああああ! へんたぁぁぁぁぁい!!」
「ッ!?」
「あははははは! 目立ちたくないんだよね? 早く逃げないと事情聴取されちゃうよ? 今からだと朝までコースかなぁ?」
「このっ……!」
捕縛するのは簡単だが、しかし逃げに徹された場合は話が違う。これだけの実力を持った相手を追いかけるとなると、流石に数分でというわけにはいかないのだ。
「それじゃーね、謎の最強メイドさん。また遊びにくるよ」
「……次は容赦しません」
「ウフフ、それは楽しみだね!」
「……何だったんだ一体……おっとマズいマズい、早く部屋に戻らないと……」
そうして
遠くからは既に、小さなサイレンの音が聞こえ始めていた。