波乱まみれの探協総会から暫く。
迷宮情報調査室のオフィスは、既に普段どおりの様子へと戻っていた。
「いてっ」
ソファの上でちくちくと刺繍に勤しんでいた
というより、これまでには一度もなかった事だ。
あの殆ど
少年の生き生きとした瞳を見たのは、隆臣にとっても初めてのことだった。本当はこんな瞳をするのかと、当時は柄にもなく感慨に耽ったものである。
しかし数日前、
あれほどやる気に満ちていた瞳が、ほんの数日でここまで濁るものだろうか。
そもそもの話、隆臣は
しかし一体何があったのか、隆臣にはその大凡の予想がついていた。
隆臣がちらりと、書類越しの
「なあ」
「んー?」
「……さてはお前、男だってバレたんだろ。 んで、それを嬢ちゃんに拒絶されたとか、どうせそんなんだろ?」
「……は?」
隆臣の予想はドンピシャだった。バレたのではなく自分からバラした、という違いはあるが。
伊達に何年も
その理由は
任務が終わったという割に、彼は未だ女装メイド状態のままなのだ。誰がどう見ても未練タラタラである。
「べべべべ別にそんなんじゃないが? いきなり何言っちゃってるワケ? 意味不明すぎて、ヘソで茶が沸くんだが?」
「キョドりまくってんじゃねぇか。つーか女装やめてねぇし」
「これは別にアレなんだが? 毎日女装しすぎて、クセになっちゃっただけだし? 今はしてないほうが違和感あるっていうか?」
「あーはいはい、わかったわかった。はぁ……んなこったろうと思ったよ。まぁ、俺にも責任の一端はあるわな……」
とはいえ、今回の任務を命じたのは他でもない隆臣だ。普段ならばゲラゲラと笑って転げ回っているところだが、今回ばかりはそんな気になれなかった。隆臣が責任を感じていることに気づいたのか、
「まぁ……遅かれ早かれ、だよ。いつかはこうなってた」
「……すまん」
彼が他者との関わりを苦手としていることは、隆臣もよく知っている。親睦を深めた相手から拒絶される、その辛さも知っている。
故に隆臣は、諦観に染まる瞳で虚空を見つめる
しかし謝罪はしつつも、隆臣には少し気になる事があった。
以前に少し会話をした限りではあるが――――その時に受けた印象では、凪は随分と
「……なぁ
「必要ないし、別に隆臣の所為じゃない。それに、どのみちただの仕事なんだ。何度もやってきた、いつも通りの中のひとつ。任務が終われば元に戻る、ただそれだけの話だよ」
「いや、だが……」
「あーもう、うっさい! この話はこれでお終い! いいからさっさと次の仕事よこせ!」
「そう、か……。んじゃあ次はこの――――」
隆臣が次の任務を与えようとしたその時、オフィスの扉が控えめにノックされた。
顔を見合わせる
「室長、実は来客が――――あぁ、
「来客ぅ……? つーか、ウチに直接か? どういうことだよ」
迷宮情報調査室は公的機関ではあるが、極めて秘匿性の高い部署である。
たとえ
「実は少々困った事になっていまして……とりあえず、案内しても良いでしょうか」
「あ? いいワケねーだろ追い返せ。つーか、そんくらいお前も分かってるだろ? そもそもなんでこの場所が――――」
ぐだぐだと隆臣が理屈をこね始めた、その瞬間。
隆臣の言葉を遮るように、勢いよくオフィスの扉が開かれた。
「いいから開けなさい!」
凛とした、
予想もしていなかった事態に、
「え……なっ……お、お嬢様!?」
ここに居るはずのない――――二度と会う事はないと思っていた少女が、そこにいた。
少し機嫌が悪そうな、つんと尖った唇。凪にしては珍しい表情だった。
「……見つけたわよ。随分と手こずらせてくれたわね、
「は? え、いや……何故ここが……?」
「苦労したわよ……本当に。こんな組織が国内に存在するなんて、知らなかったもの。貴女を探す糸口がまるで掴めなくて、おかげでお父様に頭を下げる羽目になったわ。恐らく、私がお父様に何かをお願いしたのはこれが初めてよ。それと、お父様の大層なニヤケ面もね。一体どうしてくれるのかしら?」
胸の前で腕組をしたまま、
対する
「なん……で……」
「……あの時は、すぐに答えを出せなくてごめんなさい。でも私の答えを聞く前に、黙って消えるのはどうかと思うわ」
凪はそう言って、懐から何かを取り出した。あの日、
それは、
「これが私の答え。勝手に居なくなるなんて許さないわ。私にはまだ、あなたが――――貴女が必要なのよ」
「えっ……あ……」
リボンを半ば強引に
「契約は延長よ。問題あるかしら?」
「クククッ……いんや、無いぜ。嬢ちゃんの身の安全が保証されるまで、っつー条件ではあったが――――基本は三年契約だったしな。その分の金も嵐士から受け取ってるし……解約も延長も、少なくとも三年間はそっちの好きにしてもらって結構だ」
「そ。ならそうさせてもらうわ」
どこか嬉しそうに、歯を見せながら笑う隆臣。
事務処理の事を考えてか、
「……帰るわよ、
そう言って再び、凪が
少しだけ染まった頬が、凪の胸の内を表しているかのようで。
自身を放ったまま矢継ぎ早に決まってゆく状況に、しばし呆気にとられていた
しかし凪に呼びかけられたことで、漸く自体を飲み込めたらしい。
それは凪が何度も目にしてきた、いつもどおりの笑顔だった。
「――――畏まりました、
第一部 完