この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
まぁ、今は、どうでもいいことか。
「はぁい! 皆ぁ! 頑張ってぇ~!」
ジャージ姿の、背の高い巨乳女教師がグラウンドを走る。
保健体育の秋葉先生だ。体育教師の村田、通称『ゴリ先』が入院中の臨時教師だ。
『はーい!』
一緒にグラウンドをマラソンする男子生徒たちが、力強く返事を揃えた。
マラソンの授業がこんなに盛りあがるのも稀有だろう。
秋葉先生の一歩ごとに、巨乳が重そうに揺れる。ジャージのジッパーが弾け飛ぶんじゃないかと、見ていて期待、もとい、心配になる。
まぁ、周回遅れ寸前で秋葉先生の前を走るオレには、どうでもいいことか。
運動は苦手だ。揺れる巨乳が見えない。見たい。
◇
「周回遅れグループもぉ、頑張ってぇ~!」
ついに、秋葉先生に追いつかれた。横に並ばれた。
秋葉先生の一歩ごとに、巨乳が重そうに揺れる。ジャージのジッパーが弾け飛ぶんじゃないかと、見ていて期待、もとい、心配になる。
『頑張りまぁす!』
周回遅れグループで返事を揃えた。
やった! 見れた!、と心の中で喜ぶ。心の中で絶叫する。
オレのすぐ隣を、秋葉先生が走る。巨乳が重そうに揺れる。
思わず魅入る。
近い。あまりにも近い。今にも、当たってしまいそうだ。
もういっそ当たってほしい、と思った瞬間、当たった。重く揺れる秋葉先生の巨乳が、オレの肩に当たった。
「おぅっふぅっ?!」
オレは、その質量に負けてヨロけて、転んだ。ラッキー、もとい、何たる不覚。柔らかかった、じゃなくて、想像を絶する弾力だった。
「あぁん、ごめんなさぁい。あらあらぁ、擦り剥いちゃったわねぇ。一緒に、保健室に行きましょぉねぇ」
秋葉先生に手を引かれて、オレは立ちあがる。
前を行く秋葉先生に手を引かれる。背中には男子たちからブーイングを浴びる。
怪我の功名ってやつか。
羨ましかろう。優越感に浸って、オレの顔は緩んでいたと思う。
◇
オレは緊張していた。
「沁みたら言ってねぇ」
保険医の闇孤がいない。秋葉先生と二人っきりで、秋葉先生に消毒薬を塗ってもらえる。
ラッキーすぎる。ラッキーすぎて怖い。帰り道で酷い目に遭ったりしませんように。
「先生の不注意でごめんねぇ。お詫びに、内緒で、ラムネあげちゃおうねぇ」
オレの膝に絆創膏を貼り終えて、秋葉先生がジャージのポケットからラムネ菓子を取り出した。よくある、包装用のビニールを巻いて捻った個包装だ。
「……はっ、はいっ」
オレは緊張して、上手く答えられなかった。
ずっと、緊張していた。グラウンドのマラソンで周回遅れで隣に並ばれて、辺りからずっとだ。
巨乳の女教師と並んで走って、巨乳に当たって弾かれて、無様に転んで、手を引かれて起きて、手を引かれて歩いて、消毒薬を塗られて、絆創膏を貼られて、その一つ一つにいちいち緊張した。
でも、この緊張は違う。
小さく震える手でラムネ菓子を受け取る。ラムネ菓子から秋葉先生へと視線をあげる。期待の笑顔と目が合う。
ガラガラッ、と乱暴にドアが開いた。
「先生、変わります。保健委員の絢染です。男子どもが煩いので、授業に戻ってもらっていいですか?」
桃花が不機嫌に入ってきた。クラスで飛び抜けて腕力が強いから怪我人や病人を余裕で担げる、という理由で保健委員に選ばれた。
「はいはぁい。ちょうど処置が終わったところでぇす。あとはぁお願いねぇ」
秋葉先生が楽しげな足取りで、巨乳を揺らして保健室を出ていく。足音が廊下を真っ直ぐ遠ざかる。
◇
「……うっ、うあぁっ、怖かった……」
オレは思わず、涙目で弱音をはいた。
オンゲ仲間、もとい、ネットニンジャの情報がなければ、秋葉先生の期待のままに、このラムネ菓子を食べただろう。何も考えず、何も迷わず、何の疑いもなく。
「桃花。琴音に頼んで、ギルドで調べてもらってくれ」
オレはラムネ菓子を桃花に差し出す。
桃花が怪訝と、秋葉先生の行った方向を横目に見る。
「……マジで?」
「あの情報が思い浮かんだだけで、根拠はないぜ。勘違いなら勘違いでいい。これも、市販のラムネ菓子なら、その方がいい」
「それはそうね」
桃花が平然と、掠めるようにラムネ菓子を取った。
もう終わりにしたかった。怖いのは嫌いだ。
でも、あの事件は、まだ続いていた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第20話 EP4-3 秋葉先生は男子に人気である/END