この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「本日は、遠見さんにお願いがあるのですが」
魔狩ギルドの受付カウンターで、黒髪をきつく纏めた受付嬢が告げた。
◇
数日後の日曜の昼間に、オレはビジネス街の広い駐車場にいる。日曜なのに、半分くらいは車で埋まる。
「遠見君。急な依頼を受けてくれて、感謝する」
片桐が声をかけてきた。
魔狩ギルドの、この区域の担当責任者だ。黒いスーツ姿の、親よりも年上くらいのオッサンだ。背が高く痩せ型で、サングラスと整った髭と、左瞼の縦の傷痕が特徴的な、哀愁漂う渋さだ。
「これくらい、いいっすよ。いつもお世話になってるっすから」
オレは軽い口調で答えた。
オレが呼ばれたのは『特殊な挙動の狭魔の討伐作戦』だ。
作戦自体は単純明快である。
ランクAの魔狩が倒しそびれた狭魔を討伐する。
狭魔を呼び寄せる魔法品『刻印』を使う。
ランクAが三人掛かりの必勝体制で臨む。
「少年。協力者の『スコーパ』であるな? よろしく頼む」
アロハシャツに半ズボンでサンダルのスキンヘッドマッチョ大男と握手を交わす。普段着のTシャツジーパンスニーカーのオレよりラフな格好をしている。
武器はメリケンサックだ。見たまんま、肉弾戦大好きな『ウォリア』だ。
「きゃははっ! 初めて見た! 珍しい能力なんでしょ!?」
ボウガンを持つ化粧の濃い大人の女の人がテンション高く笑った。たくさんのアクセサリーでジャラジャラと飾って、桃花並みに丈の短いパステルブルーのワンピースにハイヒールと、派手な出で立ちだ。
「……」
無口なフルプレートメイルとも握手を交わす。
武器はオーソドックスに、長剣とカイトシールドを装備する。全身鎧で中身は見えないけど、体格が良さそうだから男の人だと思う。
「よろしくお願いしまっす」
ランクAが三人もなんて、オレは緊張して硬い挨拶をした。
◇
オレは、ランクAの三人がこれから討伐する狭魔の観察役だ。
傍観者として、狭魔を見て、分析する。外見を絵に描いて、能力を数値化する。
この世界から狭間が見える特殊能力持ちだから、ちょっとでも特殊な狭魔が出ると、よく観察を頼まれる。
狭魔とは、全くの未知な存在だ。人類の興味の対象だ。
知識は武器だ。
「いつでもいいっす!」
オレは大きく手を振って、三人に合図を送った。
『よし! 戦闘開始!』
三人が揃えて、『刻印』を嵌めた手を高く掲げた。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
黒い世界に、白い狭魔がいる。人間と大差ないサイズで、人間に似た形で、白い粘土みたいな質感で、黒い空間に片膝を抱えて座る。
おかしい。
魔狩三人と対峙して、白い狭魔は動かない。普通なら、狭魔はすぐに魔狩を襲う。
なるほど、特殊な挙動の狭魔のようだ。
その白い狭魔は、人の形の粘土を捩りに捩ったような見た目をしている。白い表皮に螺旋の凹凸が、頭頂部から足の爪先まで、全身にある。
おかしい。
狭魔の外見に普通なんてないから、そんなものがおかしいって話じゃない。
何だか、違和感がある。
不意に、白い狭魔が、こっちを見た。オレの方を見た。螺旋の凹凸のある人の顔みたいな部位が、なぜだか、笑ってるように見えた。
……いやいやいや。そこに目も鼻も口も耳もないのに、こっちを見たも笑ったもない。
そもそも、狭間から、この世界を見るなんて、できるわけがない。
……いや、この世界から狭間が見える人間がいるのだから、狭間からこの世界が見える狭魔がいたとして、不思議はないのか?
……いやいやいや。困る。それは非常に困る。
背中に、強烈な悪寒が走った。
「盾、構え! ボウガンで援護を頼む! こちらから仕掛けるのである!」
一向に動かない白い狭魔に、三人が先制攻撃を仕掛けた。
オレは、桃花の狭魔退治を何度も見てる。だから、そのくらいの強さの狭魔なら雰囲気で分かる。
その白い狭魔は、格が違う。オレが見たヤツらより、遥かにヤバい。もしかすると、この間の巨大な毛玉にも匹敵する。
◇
狭間が消えた。
ランクAの魔狩三人が、アスファルトの駐車場に倒れて、呻いていた。
気紛れに野良猫の相手をしたような。牙剥く小動物を軽くあしらったような。
あの白い狭魔に殺す気がなかった。だから、ランクAの魔狩三人が死なずに済んだ。それだけだ。
オレは、恐怖に震えていた。世界が不安定に揺れて、鼓膜にはガチガチと歯の打ち合う音だけが響いた。
とんでもないものを見てしまった。見てはいけない何かを見てしまったような、理由も分からない、ただ後悔があった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第19話 EP4-2 特殊な狭魔/END