この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
中学生が学校にいるのだから、制服を着ている。男子は黒の学生服、女子は赤いスカーフのセーラー服である。
狭聖教団の教祖に喧嘩を売ったアイドル、橙 アカリの護衛をすることになった。あれから数日、アカリに会ってすらいない。予想はしてたけど、売り出し中の新人アイドルのプライベートの護衛なんて、こんなものだろう。
朝の空気に欠伸する。オレと桃花の席の間の不自然な位置、通路のはずの場所に、なぜか今日から席が増えてる。嫌な予感がしないこともない。
「はい、全員、席に着いて」
朝のホームルームの本鈴が鳴った。担任の谷口が教壇に立った。いつもながら、朝から疲れた顔をしている中年男だ。
「突然ですが、転入生を紹介します。驚かない、騒がないようにお願いします」
騒々しい教室が、さらにザワついた。
廊下から教室に入って、谷口の横に、気の強そうなポーズで背筋のピンと伸びた女子が立つ。
「えーっと、お仕事の都合で、短期間だけ一緒に勉強します。皆、特別扱いせず、同じクラスの仲間として、仲良くしてあげてください」
谷口が気が重そうに、疲れた口調で紹介した。
「橙 アカリよ。よろしく」
アカリが、微塵の媚もない大きい態度で挨拶した。
橙 アカリは、アイドルである。オレンジ色の髪をツインテールにした女子で、気の強そうな顔立ちで、中学生である。ここのセーラー服を着て、腰に銀鞘の細剣をさげる。
教室が騒然となる。
新人アイドルのアカリを知る中学生は少なくない。大人に物怖じしない同年代は、子供が憧れる姿の一つに違いない。
「静かにして! 目立ちたくないの!」
アカリの一喝で、静かになった。テレビの中そのままの存在感だ。
静寂にカツカツと踵を鳴らして、アカリがこっちに歩いてくる。当たり前と澄まし顔で、オレと桃花の間の席に座る。
「事情は聞いてます。遠見と絢染。転入生を任せます」
谷口が気が重そうに、疲れた口調でオレたちを指名した。
教室が騒然となった。こっちに視線が集中した。
オレも、目立ちたくないのだが。
◇
アカリがイスに踏ん反り返り、オレンジ色の前髪を掻きあげる。
「学校って、狙われやすそうじゃない? 事務所に頼んで、転校させてもらったの」
「敷地内は関係者以外立ち入り禁止だから安全だと思うぜ。下校は送迎車あるんだよな? 校門まで同行すればいいか?」
オレは、周囲の視線とヒソヒソ話にキョドりながら聞いた。
十人以上の妬みの圧を感じる。『あのメガネ、みんなのアカリ様に馴れ馴れしくしやがって』みたいな声も聞こえる。錯覚と幻聴であってほしい。
デレデレなんてしてない! たぶん。
桃花は、魔狩の有名人になりつつあるから、嫉妬の対象にはならない。人間離れして強いし。
「護衛でしょ。学校にいる間は、近くにいなさいよ」
「おいおいおい。オレを全校生徒の敵にする気かよ」
思わず心の声が出た。
アカリが横目に桃花を見る。横目にオレを見る。上機嫌に鼻で笑う。
「最強の護衛と生贄がいて、ようやく生きた心地がするわ。一人でいると、人目に囲まれていても、心細くて堪らなくて」
気持ちは分かる。
「あっ、あのっ! はっ、初めましてっ!」
琴音が及び腰で寄ってきて、勇気を振り絞ったような赤い顔で、アカリに勢いよく頭をさげた。
真奉 琴音は、魔狩である。十四歳の中学生で、クラスメートで、銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい。腰に、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖をさげる。
「気安く話しかけないでもらえる?」
アカリが慣れた対応で、イスの背凭れに肘をかけ、キツい見あげ目線で答えた。
「ごごごっ、ごめんなさいっ」
琴音がヨロヨロと逃げるように、前列の自席へと戻った。
オレも桃花も、誇らしく紹介する。
「真奉さんはランクSの『ウィッチ』で、二つ名が『白銀の炎』だぜ」
「アタシの友だちよ」
「それ、聞いたことあるかも。仲良くした方が得な感じ? あとで紹介してよ」
アカリが打算的な口調で、でも興味津々な瞳で、琴音の縮こまる背中を見つめる。
思い出した顔で、またオレの方を見る。
「あ。今日の授業、教科書見せてね。取り寄せが間に合わなくて」
「やめろ。殺す気か。桃花に頼め」
思わず本心が出た。
「教科書? いいわよ」
桃花もご満悦で踏ん反り返って、鼻で笑った。
桃花は桃花で、新しい友だちができた気でいそうな気がする。
どいつもこいつも気楽なものだ、と思った。……オレもか。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第78話 EP11-5 転入生/END