この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
狭聖教団の教祖に喧嘩を売ったアイドル、橙 アカリの護衛を依頼された。『贄印』を添えて。
「冗談じゃないっす! 帰らせてもらうっす!」
オレは、ビビりのままにイスから立ちあがろうとした。
狭聖教団は本当に、狭魔に人間を襲わせることができる。
あのときは、桃花だったから返り討てた。オレが同じことをされたら、どうなるか分かったもんじゃない。
「勇斗は実戦経験が二回あるから、問題ないわ」
「遠見君が適任だ。実力も保証する」
桃花と片桐に、肩を押さえられた。立ちあがれなかった。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
この二人に褒められると、さすがに悪い気はしなかった。
◇
「つべこべ言わずに、さっさと護衛しなさいよ。こっちは、いつ襲われるか分からないのよ? 怖くて怖くて気が気じゃないのよ?」
アカリが、気の強そうな口調で、気の弱そうなことを言う。正体は弱い一般人なら、気持ちは分かる。
橙 アカリは、アイドルである。オレンジ色の髪をツインテールにした女子で、気の強そうな顔立ちで、中学生である。ちょっとオシャレな感じの私服の腰には、銀鞘の細剣をさげる。
オレは、アカリはアイドルで魔狩、だと思ってた。実際は、魔狩ギルドに登録してるだけの一般人アイドルだった。
アイドルになりたい魔狩、の七海とは真逆だ。
でも、オレも怖い!
「オレじゃ無理っす。オレだって、ランクD、弱い一般人と変わらないっすよ?」
オレは、もう一度、立ちあがろうとした。肩を押さえる二人の手は、ピクリとも動かなかった。
「遠見君らしくないな。ランクDでなければ、『贄印』で代理になれない」
「一般人を守るのが魔狩の本懐だろう? 腹を括りたまえ」
「はい、これ、契約書、後で目を通しといて。くれぐれも内密にね。情報漏洩は損害賠償だから」
オッサン三人掛かりで、オレに何をさせようというのか。……アイドルの護衛か。
意図は、分かる。
まず、ランクDの魔狩が少ない。守秘義務を守って、狭聖教団を知っていて、何が起きるか予想できて、備えと対処ができる。
差し向けられたランクD相当の狭魔を倒すだけなら、武道の心得があるガードマンとか、武器を扱えるスポーツマンとかで十分だ。そうしないのは、敵が野良の狭魔ではなく、あくまでも主動は人間だからだ。人間同士の頭脳戦になるからだ。
「なるほどね、その、アカリって子? たぶん、勇斗より、戸塚さんより弱いわよ。『贄印』でも、勇斗くらいしか許容範囲に入れないでしょうね」
桃花が、納得顔で頷いた。
「オレが選ばれた理由は、そっちか~」
オレも納得した。
◇
「二人には、橙君のプライベートの護衛を担当してもらう。狭魔の襲撃は遠見君が対処、人間の襲撃は絢染君が対処する。もちろん、他のランクの魔狩も交渉中だ」
片桐が、オレの肩を押さえたまま、説明を始める。
「仕事現場への移動中と仕事中は、警備員と狭魔避けの御札で対処する」
「それって?! 襲撃されるタイミングがオレたちってことっすよね?!」
オレはビックリした。
アイドルの仕事中なんて、人目とカメラが多いから、身バレして困る教団は襲ってこない。移動中の襲撃は、思いつきでやるには、調査や段取りに手間がかかりすぎる。
襲ってくるなら、プライベートに決まってる。一人の人間の日常生活で人目のない瞬間なら、ちょっと粘着すれば素人でも見つけられる。
「それこそ、プロなり警察なりに警備をお願いすればいいじゃないっすか。中学生にじゃなくて」
「一日中オッサンどもに囲まれて暮らすなんて、絶対に嫌よ! 死んでも嫌よ! 死んだ方がマシよ!」
オレの渾身の提案は、アカリ本人に全力で拒否された。
「ワガママだなぁ」
「ワガママねぇ」
オレも桃花も、思わず心の声が出た。
「かっ、勘違いしないでよね?! 同じ中学生でも、プライベートをウロウロされるのは目障りなのよ! 命には代えられないから、仕方なくオーケイしたんだからね?!」
アカリが、なぜか赤面して、気の強そうな口調で反論した。
「まぁ、いいっすけど……」
どうやら、観念するしかないらしい。
オレの読みでは、狭聖教団がアカリを襲うことはない。たかが口喧嘩で人を殺すほど、教祖って爺もバカじゃないだろう。
オレのやることなんて、教団の襲撃はないと確信できて、アカリが安心できるまで、アカリの近くにいて罵られるだけ、だと思う。
期間は、一週間か、一か月か、長いようで短かった、くらいか。いざ終わるとなると、ちょっと寂しい、みたいな感傷に浸ったり。
それはそれで、楽しそうだ。アイドルと仲良くなれるかも知れないし。普通に中学生をしていても、絶対にあり得ないシチュエーションだ。
「分かったっす。オレも魔狩っす。護衛の件、受けさせていただくっす」
オレは、漏れ出そうな笑みを我慢して、自分史上最高の真顔で決めた。決めたつもりだった。
「勇斗。口元、緩んでるわよ」
桃花に、不機嫌な声で小突かれた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第77話 EP11-4 護衛/END