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第13話 彼女のカバンの中にGPSを仕込んでおいたんだ。(ルナ視点)

「君は意見を言える立場にないんだよ。慰謝料も養育費も要求するつもりはない、但し2度とうちの敷居を跨がないでくれ」


 父の言葉と共に、執事が雅紀を出口まで案内した。


私はもう彼と会うことはないかもしれないのに、全く惜しくもない別れだった。


「ルナ、明日にでもお腹の子を堕ろしに行くぞ。あんな男の子供お前も産みたくないだろう」


 私は頭が爆発しそうだった。


 お腹の子は私を金づるとしか考えていなかった最低の男の子供だ。


 もしかしたら成長すると雅紀に似てきて、私を苦しめるかもしれない。

(それでも、私は!)


「絶対嫌、この子は雅紀の子である前に私の子よ!」

「自分1人で育てられないのに我儘を言うんじゃない。子供がいると次に結婚するときに困るだろう」


 父の言葉に私は雅紀と離婚しても、また結婚しなきゃいけないかもしれないということに恐怖した。

 初めて男の人とお付き合いをし、結婚して、妊娠して、裏切られてどん底に堕ちた。


 もう、誰も信じられないし、結婚なんてしたくない。

 お腹の中で生きている命は私を苦しめる程の吐き気や食い気で襲ってくる。

 今、私が生きている理由はお腹の子の命だけだ。


 親に土下座してでも、縋らなきゃ1人で何もできない子供の私。

 それでも、絶対にお腹の子だけは私が守りたいと思った。


「お願いします。この子を産ませてください。この子は雅紀の子である前に私の子なんです」

 改めて私は頭を床に擦り付けながらお願いをした。

(駄々っ子のように産みたいと癇癪を起こしてはダメだ。丁寧に頼み込まないと)


 親の力を借りなきゃ今の私では子を産んで育てられないから、何が何でも許しを得なければならない。


「ルナちゃん、あなたの為を思ってお父様は言っているのよ。雅紀さんとの結婚もお父様の言うことを聞いてやめておけば良かったって分からない?」


 母のいう通りだ。

 雅紀との結婚をやめておけば良かったと私が1番思っている。


 でも、だからと言ってお腹の子の命を捨てて良いことにはならない。


 今日、私の幼い行動のせいで壊れてしまった梨田きらりを思い出した。

 私は彼女に酷いことをいっぱい言ったのに、彼女は妊婦の私を気遣ってくれた。

 このお腹の中の命を貴重だと思ってくれる人が私以外にもいる。


 私の判断は間違ってばかりだけど、私はこの子と共に生きていきたい。


「お母様の言う通り、私は間違ってばかりです。でも、私はこの子を守るために生きていきたいです」

 私はひたすらに床に頭をつけた。


「はあ、頭を冷やしなさい。一時的な感情でどれだけお前は人生を棒に振れば気が済むんだ。堕胎できる期間にはリミットがある。早ければ早いほど負担も少ない。私はまだ見ぬ孫より、ルナが大事だ」

 そう言い捨てると父は部屋に戻ってしまった。


「ルナちゃん、子供を育てるって犬や猫を育てるのとは訳が違うのよ」

 母が私を子供のように諭してくるのは当然だ。


 私は本当に子供だ。

 初めての彼氏に舞い上がり、周囲の意見も聞かず我儘で結婚を推し進めた。

 自分の妄想で梨田きらりの人生をめちゃくちゃにしようとした。


「頭を冷やすよ。でも、この子を失う時は私もきっと生きていられないと思う」

 私は母が動揺するのをわかってて、わざとそんなことを言った。

 自分の命を盾にしたら、母は何も言い返せないとわかっていた。

 母は震えながら泣き崩れた。


 やはり私は子供だ。

 自分の中で溜まった感情を抑えることができない。

 私は雅紀に無視されて、病院で震えながら自分の感情を抑えてた梨田きらりを思い出した。


 夜、雄也お兄ちゃんから電話があった。


 私は雅紀と離婚するようになったことと、梨田きらりの誕生日に彼女の会社でやらかしてしまったことを告白した。

 彼女が会社を追われなくて済むように誤解を解いてくれると、雄也お兄ちゃんは言ってくれた。


 私が彼女に直接謝りたいと言うと、それは自分が彼女に伝えておくとは言われた。


 実家に戻ってきた私は思いっきり防音室にこもってピアノを弾き続けた。

 ピアノを弾いている時間だけは、私は自分を表現できた。


 情熱的な曲を弾いている時は情熱的な女になれるような気がした。

(いつか私の作った曲をみんなに届けたい⋯⋯)


 ギリギリの成績で入学しただろう音大も休学しているのに、私はそんな夢を見ていた。


「梨田きらりさんが会社を辞めちゃったよ。やっぱり居づらくなってしまったんだろうな」

 翌日の晩に来た雄也お兄ちゃんの電話に私は息が詰まった。


「雄也お兄ちゃん! 私、やっぱりちゃんと梨田さんに謝りたいよ。このままだと私もどうにもならないの。私は自分の為にも謝りたい」

 私の言葉を雄也お兄ちゃんは受け入れてくれた。


♢♢♢


 夕方、実家に車で私を迎えにきた雄也お兄ちゃんは、「そろそろ梨田さんが家に帰る頃だ」と言った。


「何で、もうすぐ梨田さんが家に帰るって分かるの?」


「彼女を家に送った時、彼女のカバンの中にGPSを仕込んでおいたんだ」


 私は雄也お兄ちゃんの行動は、ストーカー行為で犯罪なのではないかと心配になった。

(でも、優秀なお兄ちゃんのやることだもん。正しいよね)


「梨田さんは昼間は芸能事務所にいるみたいだから、アイドルデビューするのかもな。楽しみだなー」


 続く彼の言葉に、私は驚いた。

 確かに病院の広場で歌って踊って「次は武道館で会おう」と言っていたが、あれはノリの良い人のジョークだと思っていた。


 アイドルって10代の子がやるイメージだけど、梨田さんはプロからスカウトされるくらいだから例外なのだろう。


「雄也お兄ちゃんは梨田さんが好きなの?」

「好きだよ。昨日、プロポーズもしてキスもした」

「えー!」


 私は彼の言葉に驚いてしまった。

 彼は14年の恋を失ったばかりの彼女を、恋の爆走列車に乗せようとしている。


 私はもう一生恋愛も結婚もしたくないと思っているけれど、梨田さんは切り替えられたのだろうか。


「梨田さんに、やめてくださいって拒否られちゃったよ」

 雄也お兄ちゃんの今までの恋愛事情については知らないが、女性から断られたことはなさそうだ。


 でも、私は自分と同じように梨田さんは恋愛なんてする気になってない気がした。

 一目惚れして一気に燃え上がっているお兄ちゃんと、彼女の間に温度差がありそうで2人とも可哀想だった。


 私と雄也お兄ちゃんが梨田さんのマンションの前で待つこと5分、彼女が現れた。


 彼女はとても気まずそうな顔をした後、私とお兄ちゃんを部屋の中まで案内してくれた。








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