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第34話 売春斡旋行為は犯罪です。

 私は『フルーティーズ』の子たち以外のグループの子は擦れた子が多いと思っていた。

 ここには、私が今まで出会ったことのないような擦れて意地悪で気が強い子がいるのが芸能界。


 特に『フルーティーズ』のお姉さんグループと言われる『ベジタブルズ』。

 彼女たちは高校生なのに裏でタバコを吸っていたり、口も悪くレディースグループのようだ。

 しかし、いざテレビの前になると可愛い子ぶるから、余計にそれが怖い。


 それが芸能界なのかもしれないと思う度に、純粋に目標に向かうピュアな3人娘は守り抜きたいと切実に考えてしまう。


 私は意を決して芸能事務所『バシルーラ』に向かった。

 稽古場に入ろうとしたところで、友永社長と鉢合わせする。


「苺、りんご、桃香は先に歌のレッスンに入ってて。私は社長と話があるから」


「なあに? 怖い顔して。そういえば、さっき為末社長から連絡があって会社のイメージキャラクターに起用する話と、武道館の話を聞いたわよ。梨子、あんたやればできる子じゃない」


「私は何もしてません。それよりも、社長に話があるんです」

 私が真剣な表情で言うと、彼は私を社長室まで案内した。


 社長室を今までしっかり見たことはなかったが、稽古場が古いのに比べてこの部屋はお金が掛かっている。

 掛かっている絵、調度品、なぜか立て掛けてあるゴルフセット。

 ここにあるものは友永社長が自分のお金で買ったものなのか、会社の経費で落としているのものなのか不明。

 だけれども、黒田蜜柑の話を聞いた後だと、友永社長が後ろ暗い事をしている方に見えて仕方がない。


「黒田蜜柑さんから聞きました。友永社長から枕営業を強制されたこと。相手は未成年ですよ。売春斡旋行為は犯罪です」


「なーに? そんなこと私してないけど、あんな裏切り者の言うこと信じるの?」


 友永社長は否定しているけれど、私は蜜柑さんを信じたいと思った。


 ミュージックタイムの時も、彼女は3人娘を心配そうに見つめていた。

 その表情には愛情のようなものを感じたが、友永社長はいつも冷めた目をしている。


「信じます。『フルーティーズ』の子に性接待を強要するのであれば、私たちは独立します」


「独立って、1人あたり違約金100万円取るわよ。それに、独立しても後ろ盾がないと売れないから」


 100万円と言うことは4人で400万円だ。

 お嬢様の蜜柑さんには支払えても、私たちには払えない。


「そうか。大企業の後ろ盾があるもんね、梨子には。あんたも色恋営業バッチリやってるじゃない。思ったよりできる子! あんたルックスは最強だし使えると思ってたわ」


 林太郎の会社が私たちを起用したことを指しているのだろう。

(色恋営業って⋯⋯こっちは振られてるってば)


「変なこと言わないでください⋯⋯私は何もしてません、『フルーティーズ』の子たちの頑張りが認められたです」


「そんなわけないって分かってるでしょ! 確かに『フルーティーズ』は話題にはなっているけど、大企業が使うようなグループではないもの。為末社長って超優秀らしいけど、恋は盲目なのね」


 私たちが上手くやらないと林太郎の評判まで落ちることを、私はこの時にやっと理解した。


「400万円用意したら、独立させてくれるんですね」

 私はこの事務所にいるのが3人娘にとって危険だと判断した。

 病院で子供たちに歌っていた友永社長を見て勝手に良い人だと判断して油断した。


 人は色々な面を持っている。

 長く付き合った男の裏切りさえ見抜けない私が、目の前の業界を知り尽くしたような男の腹の内など分かる訳もなかった。


 彼はタレントを人間ではなく商品としてしか見ない怖い人だ。


 そして、まだ幼い3人娘は自分で自分を守ることができず、大人の言うことに従ってしまうだろう。


「梨子。あなた絶対この事務所にいた方が良いわよ。あなたのボーテンシャルはここでこそ花開くの。『フルーティーズ』に新しい仕事も来てるのよ。明後日、ここに行って代理店の人に話を聞いてきなさい。あなたの気も変わるから」


「カラオケルームですか? 桃香も連れて行きましょうか」

 渡された紙にはカラオケ屋の部屋番号が書いてあった。


 歌を聴きたいと言うなら、桃香も連れて行った方が良いだろう。


「待ち合わせ時間を見なさい! 21時になっているでしょ。そんな時間に桃香を連れ出すの?」

「待ち合わせ時間遅くないですか?」

「お忙しい中、お時間を作ってくれたと考えられないの? 全く美人て、いつも自分に合わせるのが当たり前って思うところがあるわよね」


 友永社長の言葉は心外だった。

 私は今まで合わせてもらって当たり前などと思ったことがない。


 そして、彼は私をよく美人だというが、その言葉をいつも褒め言葉として使ってないような気がしていた。



「分かりました。行ってきます」

 私はこの時の選択が、恐ろしい出来事を引き起こすとは思ってもなかった。


 芸能界に今まで知らなかった怖さは感じていても、やはり自分の常識から逸脱するようなことが起こることは想像もできなかった。



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