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第91話 重要なのは最後の男よ。(ルナ視点)

「僕はきらりさんを諦めてないし、林太郎くんのことも信用してないよ。いつでも彼女を受け入れられる男でいようと思ってる」


 私は雄也お兄ちゃんの包容力に感動した。


 彼女の気持ちが今は為末林太郎に向いているなら、何を言っても無駄だろう。


 私自身、周囲から反対されても雅紀の結婚に突き進んでしまったから理解できる。


「梨子さんの最後の男になれれば良いってことだよね」

 私が言った言葉を肯定するように彼は微笑んだ。

(こんな大人の余裕のある男を、どうして梨子さんは選べないかな⋯⋯)


 武道館に着くと開演前で人がごった返してる。

 ふと、為末林太郎が関係者入り口に入って行くのが見えた。


「ちょっと、僕は林太郎君に抗議してくるから」

 雄也お兄ちゃんが、いつになく鋭い表情をしていて驚いてしまう。

(あれ? 大人の余裕は?)


 ふと周りを見渡すと、みんな推しメンバーが分かるような格好をしている。


 推しのフルーツの髪留めのグッズをしたりして、楽しそうだ。


 他の3人のメンバーが男性人気が高いのに対し、梨子さんは圧倒的に女性人気があるのが一目で分かる。


 彼女は天然美人で明るくサバサバしているから、女の子たちから憧れられそうだ。


 でも、私は本当の彼女は非常に傷つきやすく繊細だと知っている。


 私は今でも、彼女が雅紀の前で震えながら「ただの高校の同級生」だと言って泣くのを我慢していた表情を思い出すのだ。


 私は、関係者入り口の前でウロウロしている不審人物を見つけた。


「雅紀⋯⋯何しに来たのよ」


 私は徐に彼に近づき、胸ぐらを掴んだ。

 彼はまだ自分が梨子さんを選べると勘違いしているのだろうか。


 私がラララ製薬で暴れて、梨子さんを失職させた禊ができるとしたら今しかない。


「ルナ? なんでここに⋯⋯フランスにいるんじゃ」

 私の出現に驚いている彼を見て、私は彼をここから排除することを決めた。


「雅紀! 梨子さんの事、まだ取り戻せると思っているの? あれだけ彼女を傷つけた癖にありえないから。それにもう、彼女は好きな人がいるんだって」

 私は彼が彼女のことをどれだけ好きだったかを知っている。


 彼と結婚していた時、スマホを覗き見たが写真フォルダーは梨子さんの写真だらけだった。


「為末林太郎だろ。今、きらりは迷走してるんだよ。きらりは14年も一途に俺に尽くしてきた女なの。俺ときらりには他の人間には分からない絆があるんだから」


 その14年尽くしてきた女を、平気て裏切った自分の罪には彼は目を向けないらしい。

 人のこと言えないが、梨子さんはこんな自己中な男のどこを好きになったんだろう。


「梨子さんには、雄也お兄ちゃんでさえ振られたんだよ。好きな人ができた事も報告して貰えなくらい、梨子さんの世界に雅紀はもういないって気づきなよ。未練がましくてみっともないよ」


 為末林太郎にも雄也お兄ちゃんにも、雅紀が勝てるところなんて1つもない。


 自分に夢中な王子のような2人に想われたら、流石にこんなゴミのような男は忘れるだろう。


 雅紀が今まで見たことないくらい悔しそうな顔をしたかと思うと、一瞬俯いて大きく息を吐いた。

 次に彼が顔を上げた時、びっくりするくらい余裕の男の表情をしていた。


「ルナ! 1人で俺の子を産んだんだって聞いたぞ。大変だっただろう。子供には父親が必要だし、俺たちやり直さないか」

 耳を疑うような彼の提案に寒気がする。


 彼は梨子さんがダメなら、私と繋がろうと思っているということだ。

(また、私を金づるにしようとしてる?)


「はっきり言って、私に雅紀は必要ないから。浮気するような父親なんて、いるだけ害悪よ」

 ここまで彼にはっきり強く言えるのは、私が経済的に自立できたからだ。


 ずっと親の庇護の元暮らしているままの私だったら、揺らいでしまって彼の手を取っていたかもしれない。


 私が経済的に自立できたのは、私が作った曲を『フルーティーズ』が使って次々とヒットさせてくれたからだ。

 親のお金ではない自分の稼ぎができることで、私は自信が付いた。


「子供だけじゃなくて、ルナには俺が必要なんじゃないか? 俺はルナにとって初めての男だし」

 雅紀はどうしてこんなに自信家なのだろう。

 14年も超美人の彼女に尽くされて、自分の価値を勘違いしているとしか思えない。


「初めての男って重要? 重要なのは最後の男よ。私にはノゾムがいるから、あんたなんてもういらない」

 私は大好きな音楽ができて、無償の愛を注げるノゾムがいれば他には何もいらない。


「お前まで、もう男作ってるのかよ。俺、女性不信になりそうだわ」

 私は雅紀の的外れな言動に苛立った。


「ノゾムは私の産んだ男の子! 雅紀が去勢した上でその腐った性根を叩き直したら、ノゾムに会わせることを少しは考えてあげる」

 私は思いっきり、彼の脛に蹴りを入れて彼を跪かせるとコンサート会場に入った。


 私には雅紀はいらないけれど、息子であるノゾムは自分の父親に会いたい時が来るかもしれない。

 しかし、今のどうしようもない彼を大切なノゾムに会わせる訳にはいかない。

(バイバイ、雅紀! 生まれ変わって出直して来いよ!)


 私は1年前泣き喚くだけだった自分から、成長できたようで清々しい気分になった。


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