【賢人side】
莉乃からの言葉で、少し気持ちが戻った次の日、俺は完全に女を切った。
「ねぇ賢人~今日遊びに行こぉ」
「無理。俺もう彼女しか見ねぇって決めたから」
「えー!遊んでくれるって言ったのに!またあの子とより戻したの?」
「ヒドイよ、賢人」
今は莉乃が仮彼女。
莉乃しか見ないってわけじゃねぇけど、もうこんなことはやめようと思った。
ヤケになって他の女と遊んだところで、何かが得られるわけじゃねぇしな。
それにしても……。
「何よ、人の顔ジロジロ見て」
昨日の莉乃は本当に頼もしかった。
気持ちが押しつぶされそうになった時、莉乃が俺の味方をしてくれて俺の考えを認めてくれた。
自分という存在を誰かに認めてもらえなかったら、俺は今頃血迷って女と遊んで、取り返しのつかないことになってかもしれない。
「なんか……ありがとな昨日」
「何よ、改まって」
「いや、なんかお前ってすげぇ強いんだなって思ってさ」
莉乃の強さ。
人に影響を与える説得力。
普段は素直じゃないくせに、人が弱っている時は簡単に思ってることを口にする。
「なんつーか……今まで初めてのタイプだったつーか」
今までこんなに人を頼れると思ったのは人は初めてだった。
俺はあんまり人に頼るってことをしない方だから。
「あんたが何でも一人でこなしてただけでしょ?私は別に……思ってたことを言っただけだし」
それでも俺は救われた。
「ま、でも一つ訂正してほしいけどね」
すると莉乃は少し怒りながら言った。
「2人を振り向かせるためだけに一緒にいるってヤツ。最初はそうだったけど今はそんな風に思ってない。あんたにそう思われること……すごいしゃくなんだけど?」
強気な口調。
でも素直な言葉。
俺はそれが嬉しかった。
「そうだな。お前と今一緒にいるのその目的のためじゃないって思ってやってもいいぜ?」
ニヤリと笑いながら肩を組む俺。
しかし調子に乗るといつも腕をはたかれる。
「やめてくれる?」
「はいはい」
この言葉を莉乃が言ったってことは、俺たちが3カ月経ってどんな形になったとしても、他人には戻らないってことだ。
利害一致で手を組んだ相手だった。
その目的が果たされたとしても、俺と莉乃は共に手を貸した関係だ。
いいんじゃねーの?
俺もさらさらそんなつもり無かったしな。
「ていうか、今日集まる日だけどそんな状態で大丈夫なわけ?」
「まーな。平気じゃないと言えばそうなるけど仕方ねぇしな。今日はお前に任すわ」
「はいはい」
俺らって集まる時、毎回どっちかが気まずくなってね?
こんなんで本当に3ヶ月もやっていけるのかよ。
「つーか、お前も気まずいじゃねーか」
ビンタした件を思い出して言う。
今日はすげぇ気まずい集まりになるかもなんて考えていたら莉乃は言った。
「その件はもう平気。解決したから」
「なんか進展あったのか?」
「ちょっとね……、って言っても私は今思ってることを潤に伝えただけ。向こうはどう思ってるから分からないけど、潤と話してスッキリした」
「そっか」
莉乃もちゃんと進んでるんだな……。
遠くを見て嬉しそう顔をする莉乃をみていると胸がちくっと痛んだ。
うん?なんだこれ……。
よく分からない感情が支配する。
「何見てんのよ」
「あ、いや……別に」
莉乃の気持ちに共感してるのか?
片思いな俺たち。
だけどちゃんと付き合っていた。
その分が気持ちを悲しくさせ振り向いてくれないことに虚しくさせる。
きっと、そうだよな……?
「まーしゃーないよな、とりあえず集まるしかねぇな」
そして、放課後。
俺達は屋上に集合した。
案の定、気まずそうな顔をする未玖はうつむいて有川の後ろにちょこんと立っている。
シーンと沈黙が流れた時、莉乃が言った。
「今日はさ、状況報告はしなくていいから、相手のいいところと悪いところを言ってくことにしない?いつまでも状況だけを話てても何を得たのかって、こっちには伝わらないし……なんの面白みもないじゃない?」
莉乃の言葉に有川は眉をひそめた。
でも莉乃の言うとおりだ。
俺たちはこの状況を変えたいからこんな対策をとった。
最初は形だけいちゃついてるように見せて相手のことを知ろうとはしなかった。
そんな時間に何の意味もない。
有川も俺らの策にのったからには、指示に従う義務がある。
それに……相手とちゃんと一緒に過ごしてきたなら見つかるはず。
いいところも悪いところも。
「まずは私からね」
半ば無理やり莉乃が進めた。
「賢人の悪いところはねバカで単純でウザくて、俺様で……」
「おい、言い過ぎだろ!」
明らかこれ、いいところ出て来ねぇんじゃねーかってほど言いまくってやがる。
そんな莉乃にストップをかけると、彼女は少し小さな声で言った。
「でも……まっすぐで、人のことをよく見ていて何かあったら助けてくれる。そんないいところがある」
──ドキ。
なんだよ莉乃……。
急に優しい顔してこんなこと言うのは反則じゃね?
莉乃にしては褒めすぎもいいとこだ。
まっ、俺だって言えるけどな。
莉乃のいいところと悪いところ。
「じゃあ次、俺な?コイツの悪い所はまず強がり、可愛くねぇ、気強い、うるせぇ」
「はあ!?あんたそんなこと思ってたわけ!?」
「けど……たまに弱い部分がある。人の気持ちが分かる、味方になってくれる。実は素直、最近本当にちょっと1ミリくらい可愛い時がある」
「ちょっと何よ1ミリって!!全然可愛くないじゃない!!カバー出来てると思ったら大間違いなんだからね!」
「ふっ、そういうとこが可愛くねぇんだよ」
何を!!って言いながら怒る莉乃。
いやいや俺だってけっこう大サービスで褒めたと思うけど?
気付けば自然と出て来た言葉。
それは俺たちがしっかり向き合ってきた証拠。
「次、潤達は?」
莉乃が有川に話をふると、有川は目を逸らした。
「…………、僕はそんなこと言わない。そんなこと言って何になる?」
相変わらず協力しようとしない有川。
まあ、素直に言うと思わなかったけど。
俺が呆れてため息をつくと、莉乃は言った。
「ダメだよ、潤。私この前言ったよね?ちゃんと向き合ってほしいって」
「…………」
有川はうつむいたまま、黙っている。
「私……こんな思いするなら、どうして告白の返事オッケーしたのって思ったよ。そりゃあ私がしつこかったからかもしれない。何度も告白してめんどくさかったかもしれないけど、私が何度も告白した時、潤は一度だってしっかり断ってくれなかった。だから頑張れば、振り向いてもらえるかもって必死でアピールして、気持ち伝えて……そしたら何回目かの告白の時潤は私を受け入れた。その時ね、本当に嬉しくて、私……幸せだった」
莉乃……。
莉乃の過去は聞いたことがある。
だけど、その時どういう気持ちだったのかまで聞くのは初めてだった。
「だから……やっぱり別れたいって言われた時、しっかりとした理由がない潤を離してあげることが出来なかったの。受け入れる時も、別れる時もそうやっていつも中途半端にされたら、自分の中でも消化できない。諦めるなんて出来ないよ……」
好きだからこそ、簡単に諦められない気持ちがある。
すぐに諦められれば、こんなに苦しい思いをしないのに分かっていてもそれが出来ない。
俺にも分かる。
「ハッキリした理由がほしい私じゃ無理なら……しっかり今の状況に向き合って考えほしい」
莉乃の提案を飲むことで、本当に何かが変わるのかは分からない。
でも俺たちはそれしか方法はない。
3か月後、何かが変わることを信じて行動していくしかないから。
「お願い、潤……」
真剣な莉乃の気持ちに俺も頷いた。
まっすぐぶつけた気持ちを一度は受けとったけれど、やっぱり無理だって、理由もなしに投げ出されたらその気持ちは救われない。
きっとそれは、今の有川には分からない。
でも分かるようになってほしい。
それが分かるだけで、心はちゃんと救われるんだ。
「人の気持ちが、分からないくせに分かろうとしてくるところ……」
すると、有川はぼそっとつぶやいた。
有川……。
有川は美玖の良いところを言ったことで美玖の表情はぱっと明るくなった。
「悪いところは根本的に僕と合わない」
少しの言葉だけれど、アイツはちゃんと言った。
なんだ……言えんのかよ。ってちょっと思ったけど、莉乃はこくんと頷いた。
納得したみたいだ。
そして未玖の顔を見る。
すると未玖はわたわたしながら答えた。
「えっと……いい所は……話聞いてくれるところです。それで……悪いところは……ちょっと、怖い……かな、なんて」
「は?」
「あ、いや!ちょっと!ちょっとだけ……」
ジロと睨む有川に未玖は慌てて訂正をする。
ちゃんと言ったはいいけど、けっこうムカつくもんだな。
2人の仲良さそうな姿を見てるのは。
「はい、じゃあ終わり。また1週間後に」
莉乃もちょっと傷ついたんじゃねーか?とか考えて表情を見てみたけど、集合する前より表情が明るくなっていた。
有川が自分と向き合う覚悟をしたから、それはそれでいいのか。
「じゃあ短いけど、今日はこれでおしまい」
じゃあ帰るか。
そう思って立ち上がると、美玖がこっちに駆け寄ってきた。
「あの……賢ちゃん……」
未玖は気まずそうな顔をしている。
正直まだ、話たくない。
あんなこと言ってしまった自分への後悔と未玖の態度への苛立ちが入り混じっている。
そんな中で話してもきっとまた未玖を傷つけるだけだ。
もう美玖を傷つけたくない。
そう思って未玖を無視しようとしたら。
──ぎゅっ。
突然莉乃が抱きついて来た。
「賢人は今、仮でも私の彼氏だから……傷つけるのはあなたでも許さない」
俺は莉乃がどんなつもりでこんな行動をとったのかすぐに分かった。
「行こう賢人」
「あ、ああ……」
莉乃に連れられて下駄箱に向かう。
クツを履くと莉乃は言った。
「無視してもあの子傷つくと思うけど?」
「だ、だよな」
莉乃のやろうとしたこと。
それは未玖と話したくない俺を自然と話さなくてもいいようにしてくれたことだ。
それも自分が悪者になって。
未玖を一番傷つけないやり方で。
「あれだったら賢人に無視されたわけじゃないし、そこまで落ち込まないでしょ?」
「ああ、でもそんなんしたらお前が悪者になるだろうが。それに有川だって……」
「いいわよ別にそれくらい。潤だって私があえてやったって分かるでしょ」
そういうもんなのか。
「それに……さっきの光景見てちょっとは心揺れてくれたら嬉しいしね」
ベッっと舌を出して笑う莉乃。
俺と莉乃がくっついて、ちょっとはモヤモヤすればいいってことか。
「たぶん……何も思わないと思うけどね」
「ありがとよ」
有川でもモヤモヤすることがあるのかな。
難しいな。
でもコイツの強さには色々助けられた。
俺は手を出すと、莉乃はその手をパシンと弾いてハイタッチをする。
「頑張ろうぜ、これからも」
「もちろん!ラーメンでも行く?」
「ダイエットはいいのかよ」
「今日は特別〜!」
「お前それ、毎回言ってね?」
こうやって俺達の友情なのか、なんなのか分からない関係は確実に深まっていった──。