【潤side】
僕が屋上に行くと、莉乃とあいつが話しているところだった。
少し早く来すぎたか。
影に隠れて少し時間をつぶす。
話し声は少し聞こえたけど表情までは見えなかった。
『いいから早く行きなさいよ』
『おう、行ってくる』
ヤツが屋上から出て行き、去って行った後、影から覗くと莉乃は泣いていた。
泣きやむまで待っているのも、ずっと見ていたみたいでよくないだろう。
僕は莉乃の前に出ていくと、泣いてる彼女にハンカチを差し出した。
「見てた?」
莉乃は僕のハンカチを受け取りながら言う。
「まぁ少し……」
ここで嘘をつくのもよくないから、僕は素直に答えると彼女はハンカチを見て言った。
「そっか、潤もこんなこと、するんだね」
涙をふきながら小さく笑う彼女。
昔の僕はこんなこと、しなかったって言いたいんだろう。
確かにそうかもしれない。
でも……。
「だって莉乃は僕の前で泣かなかったじゃないか」
泣いてなきゃ、ハンカチを差し出すことなんて出来ないから、真意はどちらか分からない。まあ、僕が差し出すタイプではないのは確かだけれど。
「潤が泣く子は嫌いって言ったからだもん」
「確かにそうだ」
僕は泣くやつは嫌いでめんどくさくて当時は一緒にいることさえも嫌だった。
それを言ったら莉乃は、本当に泣くことも無かったし、僕に頼ることもなかった。
ただまっすぐに好きと伝えて来て一緒にいてくれた。
それが彼女の優しさで愛情なんだと知った。
「ごめん」
「え、ちょ……どうしたの?」
涙が収まった彼女はビックリして僕の方をみた。
彼女の心はもう、こっちにないことは分かっていた。
だから、わざわざ伝える必要はないのだけど、それに甘えて何も伝えなかったら何も変らない。
きっと吉田さんがここにいたらそう言うだろ?
「別にヒマつぶしとか、そういうので莉乃の告白を受け入れたわけじゃない」
「えっ」
「あの時、莉乃のことを好きになれるかもしれないと思った」
「潤……」
「毎日気持ちを伝える莉乃のまっすぐさに、恋愛に興味のない僕でも莉乃を好きになれるかもしれないって思った」
彼女は目をまん丸にして聞いている。
初めて聞く僕の気持ちに驚いてるんだろう。
一度も伝えなかっただから、伝わるはずのなかった気持ち。
「でもやっぱりなれなくて、そんな僕に気持ちを伝えてくる莉乃に申し訳ないと思った」
「な……っ、そんな、」
せっかくおさまっていた彼女の涙はまた目からこぼれ落ちた。
「だから……そういうのしっかり伝えなくてごめん」
あの時の僕は伝えないことで誰かが傷つくなんて思ってもなかった。
すべて自分勝手で、結果しか伝えなくてそれでも状況は変わらないだろうって思った。
だけど、違うんだ。伝えることで救われる気持ちがある。
相手を理解することが出来る。
「莉乃と離れた3カ月で気がついたんだ」
正確には気付かされた、だけど。
すぐ泣いて、トラブルばっかり持ってくる彼女に。
「なんだ……そっか。潤は私のこと好きになろうとしてくれてたんだね。十分だよもう」
すると莉乃はハンカチで目を押さえながら話し出した。
「私ね……遊ばれてるのかなって思ったの、ずっと。好きだってうるさいから受け入れたら、少しは静かになるかなとか、潤って探究心はあるんじゃない?だからそれで付き合ってみようと思ったとかなのかなって。ずっと私の一方通行で潤はこっちを見てすらくれてないのかと思ったのだから……別れる時ももう少し私を見てくれたらって思って離してあげることが出来なかった」
ずっと鼻をすする莉乃。
早く伝えれば、彼女をこんなに悲しませることもなかったのに。
これは僕が悪かった。
理由を教えてあげられたら、彼女もすっと前に進めただろう。
罪悪感を感じた時、彼女は嬉しそうな顔をして言った。
「そっか……でも、今の言葉聞けて嬉しい……。私、潤と付き合えて良かった」
それは、とてもキレイな笑顔だった。
一緒にいる間、僕は大したことをしていないのに、こんな風に笑顔を向けてくるなんて。
「教えてくれてありがとう潤」
莉乃は僕と一緒にいた頃よりも明るくてキレイな笑顔を向けた。
そうか、それもきっと……。
僕と同じように……。
「私たち、別れようか」
「ああ」
認めたくないけれど、アイツのお陰なのかもしれない。
莉乃も自分の気持ちに気付いたのだろう。
最後にお互いに手を取り合って握手をした。
「今までありがとう」
「こちらこそ」
伝えなくちゃ、伝わらない。
そんなの当たり前のことなのに前の僕はそれに気がつくことが出来なかった。
彼女と出会って初めて気づいた。
大事にしたいという気持ちと、気持ちを伝えてくれる嬉しさに。
莉乃は背中を向けてこの場を去っていった。
ああ、今彼女は何をしてるだろう。
またアイツと何かあって泣いてこっちにやってくるだろうか。
それとも、帰る途中でトラブルに巻き込まれたりするだろうか。
どっちにしても放っておけない。
僕が行かなきゃ、吉田さんはいくら命があっても足りないから──。