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第43話:【番外編 ②自分だけ取り残された気分だ】

【賢人side】 



莉乃が出演する新しいドラマの撮影現場に関する話を聞いたとき、心臓が一瞬止まりそうになった。


恋人役の俳優とキスシーンがある――その言葉が頭の中をぐるぐる回る。

最初は「仕事だから」と言い聞かせていた。


莉乃のモデル活動も、女優業も、ずっと応援してきたし、彼女の夢を邪魔するような男にはなりたくない。


それでも……。

こんなに密着してるなんて聞いてねぇぞ!!


俺は莉乃が出ている雑誌を見ながらギリギリと手に力を入れた。

キスシーンは仕方ねぇから目をつぶってやる。


でも雑誌のこの企画はなんだ!?

恋人ドキドキデート特集!?


イチャイチャするふたりに密着って……。


莉乃の彼は俺だぞ!!

なんだよ、莉乃のやつも楽しそうな顔しやがって……。


そんなことを思っていると莉乃から連絡が来た。

撮影の仕事が終わったようだ。


俺は準備をして莉乃を駅まで迎えにいった。


夕暮れの駅前。

人通りの多い改札口付近で、俺は携帯をいじりながら莉乃を待っていた。


早く莉乃に会いたい。

正直、彼女と一緒にいるようになって、最初は莉乃の方が甘えてくることが多かったがいつの間にか立場が逆転した。


高校を卒業した後は特に、莉乃もどんどん可愛くなっていって街でデートをしていると声をかけられることがたくさんある。


それもあってか、俺のものだって証明したくて、莉乃への好き好きが増していくようになった。


「お待たせ!」


耳慣れた声が聞こえ、顔を上げた瞬間、目の前に現れた莉乃に思わず息を飲んだ。


柔らかい光が差し込む中、莉乃が軽く手を振りながら改札から出てくる。


今日の撮影は雑誌の特集だったらしく、髪はふわりと巻かれ、普段とは違う少し大人びたメイクがほどこされていた。


か、かわいい……。

なんか今日もまた一段と可愛いけど、どーなってんだ!?


「ごめんね、待たせちゃった?」


駆け寄ってきた彼女が、軽く息を弾ませながら俺を見上げる。


少し高めのヒールを履いていて、まわりの人の視線が彼女に集まっているのが分かった。


俺はとっさに莉乃のことを抱きしめた。


「ちょっ……何して」

「かわいい。まじかわいすぎる」


「も、もう……!変なこと言わないでよ!」


莉乃は恥ずかしいのか、かわいいと真正面で伝えると誤魔化すように目を逸らす。


全然変なことでもなんでもないのにな。


「今日、撮影頑張ったから甘いもの食べたい気分!」

「じゃあ、莉乃ちゃんが好きな店行きますか」


「ほんと!?やったー!」


莉乃の笑顔が一段と輝いた。


莉乃は撮影を頑張った日にこの駅の近くにあるパンケーキ屋さんに行くのが大好きだ。


俺も甘いものはそんな好きじゃねぇけど、莉乃の顔を見てると悪い気はしないなと思ってくる。


それから俺たちは、駅前から歩いて5分ほどのところにあるパンケーキ屋に向かった。


店内に入ると甘いバターの香りがふわりと香る。

店内はいつも混んでるけれど、今日は運よく窓際の席が空いていた。


「やったー!窓際の席だ」


莉乃は嬉しそうにメニューを眺めている。


「じゃあ、お前の好きそうなやつ頼めば?」


「うん!じゃあね、期間限定のベリーパンケーキと……あと、キャラメルラテ!」


甘いものによく甘いドリンク頼めるな……。


でもまぁ、普段筋トレをしたり食事制限をしている莉乃だから、こういう頑張った日くらいは自分の好きなものを頼めばいいか。


俺はシンプルなクラシックパンケーキとコーヒーを注文した。


注文して少し時間が経つとパンケーキがやってくる。


莉乃はそのパンケーキをキラキラした目で見ていた。


写真をとった後、食べ始めながら莉乃は言う。


「うん~~!幸せ~~!彼氏とデートに甘いものに、幸せしかない空間ね」


ごくたま~にデレてくれる莉乃ちゃんだけど、本当に思ってんのか?


「その彼氏ってちゃんと俺で合ってるんだよな?」


俺がたずねると、莉乃は不思議そうにたずねた。


「何言ってるの?賢人しかいないじゃない」

「よく言うよ。これ……見たけど?」


俺はそう言って雑誌を莉乃に見せつけた。


「恋人ドキドキデート特集。イチャイチャするふたりに密着って……。俺、聞いてませんけど?」


「あーーそれは……ごめん、伝え忘れてた」


「莉乃が出てるから買ったのに、別の男と手つないで、寄り添ったりして……。しかもこことか顔近すぎじゃねぇ?」


「ごめんって~!コンセプトが“本物のカップルみたいなデート”だったから、演出もそう見えるように言って言われてて」


「分かってるけどよ……。コイツ、俺よりちけーし」


思ったよりも自分の声に感情が乗っていて、俺は言葉を詰まらせた。


それを見て莉乃は目を丸くして俺を見つめている。


「……賢人、嫉妬してるの?」

「……そりゃ、するだろ」


本当はカッコつけてしてないって言いたいけれど、俺はまだまだそんなこと出来ないガキだ。


すると、莉乃はふっと柔らかく笑った。


「そっか。賢人、そういうふうに思ってくれるの嬉しいな」

「嬉しい?」


「うん、だってさ。高校生の頃は賢人ずっとモテモテで人にも好かれるから心配でしょうがなかったの。私の方が好きなのかな?って心配に思うこともたくさんあって、でも今は私……全然賢人と付き合ってて心配ないんだ。大好きな彼氏がいてくれるって毎日安心してお仕事が出来てる」


俺はその分モヤモヤするんだけど。

まぁ莉乃が安心して仕事が出来ているのは良かったけどよ。


そして、莉乃が身を乗り出すと、小声でささやいた。


「大丈夫だよ。誰にどんな顔を見せても、私が一番素直で、甘えたりするのは賢人にだけだから」


──ドキン。


なんか、まじでずっと可愛いんだよな。うちの彼女。

莉乃はそう言って、自分で頼んだベリーパンケーキを口に運んだ。


一口食べると満面の笑みを浮かべる莉乃。


「これ、めっちゃ美味しい!賢人も食べてみる?」

「ああ、もらう」


莉乃が一口サイズに切ったパンケーキを「あーん」と言いながら俺の口元に運ぶ。


けっきょくかわいい彼女を見て、ご機嫌も直ってしまう俺だった。

それから莉乃は明日も早いということで、わかれることになった。


家まで送ると伝えたけど、夜に打合せもあるみたいでタクシーで帰ると言っていた。


俺はひとり歩いていると、駅前の大きなスクリーンに、莉乃と他のモデルたちの姿が小さくだが映し出されているのに気がついた。


「すげー……莉乃、駅前の広告にも出てるのかよ」


華やかな衣装を身にまとい、完璧な笑顔でポーズを決める彼女。

俺は足を止めて、スマホで写真をとった。


「すげぇな、本当……」


莉乃が有名になっていくのは、嬉しい。

でも寂しさを感じてしまう自分もいる。


なんだか莉乃が自分とは違う世界に行ってしまうようで不安になるんだ。


高校の頃は、俺たちは同じように生活して、バカみたいなことで笑っていたはずだった。


だけど今、俺はただの大学生で止まっていて、莉乃はどんどん成長していっている。


その差がどんどん広がっていくのを感じる度に置いて行かれているような気持ちになった。


莉乃がもし上を見るようになって、莉乃が今生きている世界の人を好きになってしまったら、俺なんて簡単に捨てられるんだろうな。


「俺、来年も莉乃の隣にいられるのかな」


ふと、そんな言葉が口をついて出た。


「なんかダセーな俺……」


センチになるなんてキャラじゃないのに。


頭でははちゃんと分かってる。


莉乃が俺のことをちゃんと好きでいてくれるってことも、仕事として割り切って頑張っていることも。


でも、どうしても胸がざわざわしてしまう。


「俺……ガキだな」


莉乃の方がどんどん成長していって、自分だけが取り残された気分になる。

背伸びしなきゃ、莉乃に置いてかれてしまう。


そんな危機感から余裕がまたなくなっていって、 どうしようもない気持ちになる。


「どうしたらいいもんかね」


こんなことで悩んでいるなんて莉乃には言えないな。



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