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第3話


     ○


 事故に遭った河合奏はその半年後にある島を訪れていた。

 横浜からリニアで二時間。そこから自動運転タクシーで一時間。そしてフェリーで三十分のところにある小さな孤島だ。

 元は軍事補給基地だったが、今ではその機能を失い、住民は百人前後しか残ってない。 温暖でのんびりとした空気が漂う砂浜の綺麗な島だ。一部だけ資材置き場の名残があるが、それ以外はどこにでもある自然豊かな場所である。

 住民の中で漁魚などアナログな仕事をしているのは一握りで、残りはネットを使って仕事をするオンラインワーカーだった。

 小さな港では猫が数匹くつろいでいる。時間がゆったりと流れていた。都会の喧噪から逃げてくるにはもってこいの場所だ。

 ただ奏にとっては気に入らない場所だった。全てが散漫で遅い。こんな場所からはさっさとおさらばしたいと思った。

「ったく。迎えはどこよ?」

 フェリー乗り場から降りてしばらく奏は一人ぽつんと立っていた。来るはずの迎えが来ない。仕方ないから近くにいた猫と遊ぼうと近づいた。

 猫は奏を見ると人懐っこく近寄ってくる。

「生憎あんたらが食べられる物はないの」

 奏はそう言って猫を撫でようとした。その時だった。猫達が急に警戒し出す。

 猫達の視線は奏の右手に集まっていた。奏は寂しそうに右手を軽く握り、嘆息した。

「……やっぱりあんたらには分かるのね」

 奏の腕は一見しただけでは普通の腕に見える。しかしその実態は電脳義手だった。

 先の大戦で最も進歩したのは紛れもなくロボット技術だった。ある時期まで人の死なない戦争と呼ばれたそれには大量の人型ロボットが投入された。AIを積載したそれは人間のように動き、人間を遙かに超え、そして人間のように恐怖せず、死ぬこともない。

 その副産物が電脳義手だ。人型ロボットの腕を人間に使うことはできないか。そんな試みは腕自体を一つの半独立した機械にすることで解決された。

 そんな最新技術が奏の失った右腕を補っている。事情を知らない人ならまず気付かれないほど精巧にできていた。だが質感は生身を再現できても匂いは再現できない。なので動物には簡単に見破られる。

 奏が肩を落としていると正面の道路にボロボロの軽トラが止まった。奏は「まさか……」と呟くと運転席から男が手を振る。それを見て奏はがっくりと肩を落とした。


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