二十世紀の技術で作られた軽トラは揺れる上にシートも硬かった。
助手席の奏は生まれて初めて手回し式のウインドウレバーを回して窓を開ける。綺麗な砂浜がずっと続き、海が輝いていた。暖かく、どこからか甘い果実の匂いが漂う。
運転席で目つきの悪い小柄な男、空野がハンドルを握っている。白いシャツの上にジーンズ生地のエプロンを着けた空野は奏を見て意外そうにしていた。
「一人で来るとは思わなかったよ」
奏は窓の外を眺め、長い髪を風に揺らしながら答えた。
「両親はわたしが入院している時に有給使い切ったそうなんで。それにわたしはもう十八ですから。なにかあったらスマートデバイスで連絡取れますし」
「なるほど。東京出身だっけ?」
「違います。これから引っ越す予定ですけど」
「それって多摩の方? それとも第二東京?」
「第二です」
それを聞くと空野は苦笑した。奏はムッとするも理解はできた。
先の大戦で東京の上空で小型核が爆発した。某国から撃たれたものを迎撃したが放射能で汚染され、東京の一部は人が住めない地域になっている。除染する時に出た瓦礫や土砂を使い埋め立てて造ったのが今の第二東京である。十年前から移住が始まり、街の全てが最新の技術で構築されているせいもあり、かなりの高額を払わないと住むことができない。
「東京に住みたい人がまだまだいるんだな」
「ブランドですよ。一昔前の人達は特に。響きがいいんでしょう。名古屋や大阪や福島じゃダメみたいです」
空野はちらりと奏の腕を見た。
「いいの付けてるな。ナミエ製?」
奏は内心驚いた。奏の電脳義手はほとんど手にしか見えない。なのに少し見ただけでメーカーの名前まで言い当てるとは。
「そうです。パ……、父親が働いてる会社がそのグループなんで」
「じゃあお父さんは福島か。まさか昔あった事故で未来の日本に世界最大の除染企業ができるなんて誰も思わなかっただろうな。思ってたら俺も株でも買ってたのに」
悔しがる空野に奏はうんざりしていた。
「イヤな仕事ですよ。人の不幸の上に成り立ってるんですから」
「俺の仕事もそうだよ」
奏はハッとして、それからばつが悪そうにした。
「……すいません」
「ハハハ」空野は楽しそうに笑ってから目を細めた。「謝らなくていい。他人の不幸があるから俺はこんな最果ての島で生きていけてる。それは間違いなく事実なんだから」
空野が運転する軽トラは道を右に曲がり坂を登っていく。
奏は遠ざかる海から視線を切り、前を向いた。そして自分の右手を見つめる。
現代技術の粋を集めて構築されたそれは精巧にして美しくすらあるのに不幸を凝縮したように見えた。