坂を上り初めて二分ほどで丘の上に建物が見えてきた。
煉瓦造りの工房にはテラスが付いており、増築された二階は住居になっている。建物の裏手には畑が広がり、トマトやきゅうり、なすなどが実を付けていた。
奏を乗せた軽トラは工房の隣にあるスペースに駐まった。軽トラは電気自動車に改修されているらしく、空野がケープルを繋げて充電する。ケーブルの先には小型のバッテリーがあり、その先には太陽光パネルが取り付けられていた。
奏はそれを興味深そうに眺め、意外と現代的な生活をしているわねと思った。しかし本土ではさらに技術が進歩し、このような技術は前時代的になりつつある。
AIによる生産やサービスの自動化。あらゆる場面に投入されつつあるロボット。そして次世代の通信技術。こういったものはこの島にはまだ波及してないようだった。
奏が物珍しそうに田舎の風景を見ていくと視線に気付いた。振り向くとそこに同い年ぐらいの女の子が目を輝かせて立っている。
奏は目を見開いた。ツインテールのその子は半袖のブラウスとスカートを履いていた。そこまでは普通だ。
問題はその子の両腕両足に別々の電脳義肢が取り付けられているということだ。しかも人工皮膚も付けず、抜き身のままで。軽量金属の冷たさが見て取れる。
「なっ」
奏はギョッとしてしまった。そしてすぐに自分もこの子と同じなのだと思い、後悔する。
女の子は奏の右手をぎゅっと握った。そして遊園地ではしゃぐ子供のような声を出す。
「これってナミエの最新モデルN4Sだよね? すごい! 初めて見た!」
「ちょっ、勝手に触らないでよ。てかあんた誰?」
それに空野が答えた。
「うちの従業員だよ。ほら。杏。お客だ。自己紹介しろ」
「あ、はい」
女の子は指が四本しかないクレーンゲームのアームのような左手でピースした。
「明るく元気な義手乙女、黒瀬杏。十八歳です。よろしくね♪」
黒瀬は二昔前のアイドルみたいな自己紹介をしてウインクする。
奏は思わず身を退き、ひくつかせた笑顔を作る。
「よ、よろしく……」
奏は苦手なタイプだと内心辟易した。同時に驚いてもいる。
奏と違って黒瀬は両腕と両足が義肢だった。なのにそれを隠そうともせず明るく振る舞っている。それを少し尊敬しつつも、やっぱり自分には合わないと感じていた。
空野はそんな奏を見て面白そうに笑っていた。
「さあ。これで仲良くなったな。お昼は?」
「フェリーで食べてきました」
「ならコーヒーでも飲むか。杏。淹れてくれ」
黒瀬はにこやかに「はーい♪」と機械の右手を挙げた。
こんな二人で本当に大丈夫なのかと心配する奏に空野は呑気に告げた。
「じゃあ、飲みながらオーダーの確認をしよう」