翌日。一馬は早朝の便でフェリーに乗り、昼にはマンションについていた。
「しばらく山はやめてみるよ」
空野は無理に離れることはないと言っていたが、こうでもしないと無意識の内に登ってしまいそうだと一馬は思っていた。
楽しくないと愚痴を零すのならいっそ離れた方が心にも体にも良いとの判断だった。
それを聞いて妻の恵は驚いていた。
「し、しばらくって?」
「さあ。でもすぐに再開するとかはないと思う」
「なにかあったの? 悪くなってたとか」
「全然。足はすごく良いよ。リミッターも解除してもらったし、バス代ももったいと思って駅から走って帰ってきた。未来だって来年は小学生なんだし、色々と金もかかるだろ」
「それはそうだけど……」
一馬は笑っているが恵は動揺を隠せない。なにか言いたげだったが言わずに口を閉じた。
「もう心配かけないからさ」
一馬は呑気にそう言うと恵は少しムッとする。
「相談くらいしてくれてもいいのに」
「いやだから」
「もういい。時間があるなら掃除でも手伝って。わたしは今からお昼ご飯作るから」
「うん。どこやればいい? トイレ? 風呂場?」
「そっちはあとでいいからまずはあなたの物から片付けて」
「……はい」
苦笑しながら夫婦の部屋に向かう一馬を見て、恵は半ば呆れていた。しかし家庭のことを考えてくれるのは嬉しいらしく、機嫌良くキッチンへ向かった。
いつもより楽しそうに料理を作る母親を見て、玩具で遊んでいた娘の未来は首を傾げる。
「ママどうしたの?」
「べつに。ほら。未来も片付けて手を洗ってきて」
「プリンもたべられるならそうしたいとおもう」
ませたことを言う娘に対して普段ならダメと言うところだが、今日の恵はやはり機嫌がよかった。
「ちゃんと片付けたらね」
恵はそう言うと普段より手の込んだ昼食を作った。そしてそれを家族三人で食べる。
休みの日に家族でのんびりと過ごすなんてのは久しぶりだった。