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第59話

 黒瀬杏が生まれたのはそういった戦後の混乱から日本が脱し、世界的な除染企業の出現による好景気が押し寄せた頃だった。

 そしてそれは同時に戦争の影響で孤児となった子供達が大人になり、子供を産むようになった時期でもある。

 少子化が進むに連れて虐待は増加し、そのために児童養護施設が一人あたりに使える金額が限られていた。

 加えてまだ幼かった黒瀬はすぐに成長してせっかくの電脳義肢も合わなくなる。

 保険適応が遅れたせいで高価だった電脳義肢が児童養護施設に来ることはなかった。

 代わりに用意されたのは電脳化どころか可動域も狭い左腕の義手とその頃普及し始めたAI内臓の電脳車いすだ。

 自動運転が可能な電脳車いすだが、できることは限られる。大きな段差は乗り越えられないし、バッテリーの稼働時間もまだ短かった。AIは大量の電力を消費するが、その解決がなされるのはもう少し先のことだ。

 黒瀬が八歳になった頃には最初に作った義手は随分小さく感じられ、実際体のサイズと不釣り合いだった。

 黒瀬の生活は指が三本しかない右腕と短い左の義手。そしてまだ初期段階のAIが乗せられたよく揺れる電脳車いすによって構築されていた。

 当然他の子と同じように遊ぶことなどできない。指が三本しかないので細かい作業も苦手だった。

 黒瀬は部屋の隅っこで本を読むことが多かった。設置されたスマートデバイスに映る文章や画像を見つめ、ジェスチャーでページをめくる。その頃は動画学習の全盛期だったが、黒瀬は静かな読書を好んだ。

 動画は誰かと時間を共有しないといけないが、読書は違う。どこまでも一人の世界が広がっている。それでいて寂しくはない。

 施設に寄贈された本を粗方読み終わると黒瀬は当時ネットで解放され始めた参考書や専門家向けの資料を読み漁るようになっていた。

 黒瀬杏はずば抜けた知能を持っていたがそれを活かすための土壌が施設にはない。学校のテストで満点を取ってもそれはただ成績の良い子でしかなかった。

 天才少女であった黒瀬だが、幼少期は誰にもその能力を見つけてもらえず、世界の隅でうずくまるような生活が続いた。黒瀬はそれが自分に合っていると思っていたし、そう思わせるように世の中はできていた。

 テクノロジーの成長は誰をも幸せにすると思っていたが、実際は一部の大企業を富ませるだけで、貧しく運のない者は無視される。この後AIによる政治介入で貧富の格差は解消されていくが、この時期はそうではなかった。

 黒瀬はただ待っていた。自分が死ぬのを部屋の隅で待っていた。

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