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3章…第2話

「だから…直球で行くしかない」 


「…!」


直球とは…投げられてもあんまり速い球では捕れませんが。

むしろ怖すぎて、逃げてしまうかもしれない。


「…そんなに、怖がらせるようなことをするつもりはない」


何も言えない私の思ったことが伝わったみたい…


「い、いえ…あの」


とりあえず言葉を発したものの、続かない。


「ただ…特別な思いを抱いているだけだ。それだけは、理解しておいて欲しい」


「…はい」


迷いつつそう返事をしたのは、やはり職場のオーナーに対して、無言は失礼だと思ったから。


正直…ケンゾーに、女性として見られるなんて想定外すぎて困る。


だってそれなりの立場と見てくれの良さで、女の人なんてよりどりみどりたと思ってたし、よりによってなぜ私?という思いにたどり着いてしまう。



「というわけで、早速今夜夕食に付き合って欲しい」


「…へ?」


「美亜を連れていきたいと思ってたレストランがある。…いいな?」


私は、どうしたいんだろう…と思う。


本当は、早く家に帰って、嶽丸のご飯を食べたいのか。

それとも…


「わ…かりました」


返事はイエスしかない…とでも言いたそうなケンゾーの表情を見て、私は自分に嘘をついたことを知る。


本当は早く…嶽丸に会いたい。

嶽丸に触れたい。


私の返事に柔らかく微笑むケンゾー。アシスタントが私を呼びに来た事もあって、話は切り上げられた。


「駐車場で待ってるからな」


ドアを出ていく私の肩に、ほんの少し触れながらそう言ったケンゾーの手は、確実に嶽丸とは違う。


それだけはハッキリわかった。



……………


「…嶽丸も遅いんだ」


ケンゾーとの夕食という予定が入り、早めに連絡を入れようとメッセージアプリを開いてみれば、先に入っていたのは嶽丸からのメッセージ。


『久々出社してみたら後輩たちが飲み会セッティングしてくれちゃって迷惑とも言えねーから飲み食いしてくるわ』


私の夕飯については、冷凍庫のなにかをチンすれば食べられる、って書いてあるけど…


『私も夕飯いらないから大丈夫だよ』


…メッセージを返せば、秒で返ってくる言葉たち。


『遅くなるなら駅からタクシー使えよ』

『21時以降はタクシー必須』

『電話していい?』


追加されるメッセージに笑いながら、その心配がちょっとあたたかい。


『ダメ』


私からの返信は冷たいけど。



……………

「楽にして。この車に乗るの、初めてじゃないよな」


いや…初めてですけど。


ケンゾーの、なんという名前の車なのかわからないけど、多分外車に乗せられて来たレストラン。

黒を基調とした落ち着いた内装の個室に案内された。


やたら背の高い花が、その華やかな存在を主張している。



「美亜は肉だろ?しかも赤身の牛肉」


赤ワインのテイスティングをしながら、そんな予想を突きつけられ、反射的に「はい」と答えた。


「じゃあ俺の好みと一緒だ。メニューは任せてもらっていいか?」


一応聞いてはくれてるけど、嫌です…なんて返事は想定外なのはわかる。


「お願いします…」


ケンゾーはスタッフを呼んで、呪文みたいなワインの名前と料理の名前を伝え、パタンとメニューを閉じて押し付けた。


その仕草は押し付けがましいようでいて…そうではない。

多分そのギリギリのところなんだろうけど、ちゃんと相手の目を見て笑顔を向けるから、スタッフも本当の笑顔を見せてる。


ここまで、実業家として成功した小さな理由の1つを見せつけられた気持ち。


「…あの、車なのにワイン、大丈夫ですか?」


「あぁ…この上に泊まるからいいんだ」



え…っと、泊まる?

1人で、だよね?別に誘われてないよね?


「それじゃ、安心ですね!酔いつぶれたら…スタッフにお部屋まで送ってもらえるし」


軽く…一緒に行くつもりはない、と伝えておいたのは、さすがにアラサーともなれば、こういう場面に出くわしたことが何度かあるから。



「…牽制するねぇ」


逆に色をのせた視線を向けられて、逆効果だったかと、目を見開く。


そのタイミングでワインと前菜が運ばれてきたのはラッキーだった。





「人を使うのが1番難しくないですか…?」


「んー…信じて任せてみりゃいいだけだ。俺はそうやって人に働いてもらってきた」


「ケンゾーの成功法則ですかねぇ」


「そうとも言うが、そもそも成功しようとして、やってきたわけじゃないからな」


「…成功しようとしてない…」


いつの間にか、ケンゾーの実業家としての半生を振り返るような質問を繰り返していた。


赤ワインは3杯め。

赤身のお肉とよく合って、飲みすぎてしまったかも。



「俺が美亜を銀座店の店長にしたのは、絶対的な信頼を感じたからだ」


「…え、そうなんですか」


「アートディレクターって役職も与えたのは、技術者としての成長も期待したから」


…そうだったんだ。

任命された時は、いいからやってみろ…としか言われなかった。


信頼と期待…決して器用ではない私に、そんなものを感じてくれていたと、当時知らされていたら。



「それ…今知って、良かったです」


「だろ?はじめから伝えてたら、お前は潰れるって、わかってたよ」


視線をあげてみれば、初めて見るような表情のケンゾーがそこにいた。


もしかしたら、私も初めてかもしれない。


どこか兄貴っぽいケンゾーに強引に引っ張られてここまで来て、無我夢中で…感謝なんて感じる余裕はなかったから。




「ごちそうさまでした。私はこれで、失礼します」


食事が終わり、バター風味のケーキは、お酒に合うおつまみみたいで。


結局誘惑に負けてバーボンのロックまで、チビチビ飲んでしまった。


急だったかも…と思いながら、帰る旨を伝えたのは、突然メッセージアプリが震えたからだ。



『飲み会終わんねー。みゃーはなに食べてんの?』



一緒に送られてきた写真は、頬を染めた若い男女と…いつもの嶽丸。


少しだけ罪悪感を感じるのはなぜなんだろう。


でも、メッセージを見てしまったから返信しないわけにはいかない。

平気な人も多いけど、私はちゃんと返信しないといつまでも気になっちゃうタイプ。


パッと目に入ったバターケーキの食べかけを写真に撮り、『もうすぐ解散』と急いで送信する。


悪いことしてる気になる必要なんてないのに…酔ってる自分とシラフっぽい嶽丸のうち、どちらかというと私が悪いと思ってしまう。


ごちそうさま…を伝えたケンゾーは、少し片方の眉を上げたから、やっぱり唐突だったかと少し反省した。


「そうか。まぁ、明日も仕事があるしな」


思いのほか簡単に解放してくれそうでホッとする。


「俺は明日から1週間ほど留守にするから、その間頼むな」


「…え?そうなんですか?」


「海外に、店舗を出そうと思っている」


…初めて聞く情報に、浮きかけた腰が再び下ろされそうになるけど…



『…なんかいいもの食ってんな?』



嶽丸からの返信を見て、やっぱり帰ることにした。


…それなのに、家に着いた私を迎えてくれないって、嶽丸はひどい。


勝手にプンっとしてる自分に呆れていたら、今閉めたばかりの玄関ドアの向こうで、嶽丸と…女の子の声が聞こえた。


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