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3章…3話

「お前さぁ…ほんとについてくるってなんだよ?!」


「いいじゃないですかぁ!課長にも参考にさせてもらえって言われましたもん!」


若い女の子の声が、中廊下で話す嶽丸の声に続いてハッキリ聞こえた。




思わず玄関にソロリと現れてみれば、ガチャリと鍵が開いて、嶽丸とその腕にぶら下がる女の子が入ってきたと知る。


「あー…みゃー、帰ってたのか…」


「…?!」


なにその残念そうな声は。

邪魔だった?私は、帰ってない方が良かった?


「あ?違うよ?!この変な女がぶら下がってるのを見られたくなかっただけな?」


私の眉間のシワを見て、瞬時に言い訳する嶽丸。


…確かに、ブンブン振り回されてもくっついてる。…すご。



「…きれいな人…!」


嶽丸の腕にぶら下がった可愛らしい女の子が、私を見て口元を押さえた。


多分嶽丸より年下。下手すれば新卒。…くらいの年齢。

話しぶりから会社関係の人みたい。



「そういうこと。だから…」

「お姉ちゃんなのでっ!どうぞ上がってください」


酔った頭がくらりと回った気がして、私の口が勝手に動く。

自分からお姉ちゃんになるとか…なに言ってるんだろ。


あぁ…酔ってるんだ。


でもホントは、若くて可愛い女の子を連れて帰ってきた…これは嫉妬。


そんな私の思いに気づいたのかそうでないのか、「なに言ってんだか…」と呟く嶽丸は、呆れたみたいに半笑いだ。



「わぁ…本当ですかぁ?やったぁ!黒崎先輩、パソコン見せてくださいよぅ」


彼女さんじゃなくて良かった〜と、甘えたように言って、女の子は戸惑う嶽丸の腕を引っ張る。


「お部屋はここですね!黒崎先輩の匂いがするぅ!」


まるでトリュフを探し当てた豚のように…部屋に上がり込んだ。


あ。豚なんて言ったけど、見た目はとても可愛い女の子です…


黒く渦巻く心の中のドロドロ。

洗い流すために、私は迷わずバスルームに向かう。



…部屋でなにしてるんだろ

2人っきりで、嶽丸はあの女の子を簡単に魅了して…あのベッドで。




今日のお湯はレモン色。

入浴剤は自分で選んだ。

もし…あの女の子が一緒に帰ってこなかったら、嶽丸は今日のお湯を何色に染めただろう。


渦巻く妄想を必死にかき消すために、どうでもいいことを一生懸命考えてる自分を面倒くさいと思う。


いつもなら、濡れ髪のままリビングに行って、お水を飲んだりしてソファに座るけど…今日はのんびりした気持ちになれない。


乾かしたての髪を揺らしながら、伺うみたいにリビングに行くと…



「やだぁ!…黒崎先輩ウケる!」


楽しそうな女子の笑い声が、パチンと弾けて飛んでいく。


お泊り禁止って…メッセージしとこうかな。


曲がるへの字の口。

面白くない。非常に面白くない。


部屋に入ってバタンとドアを閉じる。…それでもまだ聞こえる、女子の笑い声は、安眠の妨げになるだろう。




「早く…!タクシー呼んだから下へ降りろって」


ずっと聞こえなかった嶽丸の声は苛立ちを含んでいた。そんな声、初めて聞く。


「えー…お姉さんいいって言ってたじゃないですかぁ…」


なんでこんなにハッキリ聞こえるの?あんな可愛い顔をして、声が艶めいているのがわかる。


嶽丸と一緒にいたい…もっと近づきたいって、言葉の裏の本音。




バタン…って音は、玄関ドアを閉める音。


じゃあね…も、またね…もない。

おやすみ…も、気を付けて…もない。


ということは、きっと一緒に家を出たのだと推察した。





私の部屋のべッドは、エアコンの風が直撃する位置にあるって…ずいぶん前に気づいてたのに、模様替えしてなかった。


だから…エアコンはやめて、扇風機と窓を開け放つ涼しさを選ぶことにする。


…それだけだったのに、2人の話し声が聞こえてしまった。




「それで…?」


「だから…また来たいです」


「俺はお前に仕事を教えろって課長に言われただけな?」


「お前じゃなくて…中沢由香って名前があります」


「知らん。秒で忘れる」


名前…私が脳内にインプットした。

女の子大好きなはずなのに、嶽丸は中沢由香ちゃんに冷たい。


会社絡みの女子に手を出すと面倒くさいとか、そんなこと言いそうだなって思いながら、窓の外をヒョイと覗いて後悔した。



「…勘弁しろ!バカっ」



何度も口づけられた嶽丸の唇に、由香ちゃんの愛らしい唇が重なった瞬間は、角度的にしっかり見えた。


嶽丸が引き剥がしたのは、絡みつく腕だけではなく、その唇も。


いやだ…って、瞬間的に思った。


今すぐ由香ちゃんを放置して、まっすぐここに来て私を抱きしめてくれたら、許すかも…って思う。


いやいや…許すってなに?

旅行の夜、嶽丸の告白から…逃げたくせに。


喉から手が出るほど…嶽丸の匂いがするTシャツが欲しくなった。

ホワイトムスクのラストノートを残す、あのTシャツ。


抱きしめて…眠りたい。


そう切望してみるものの、2人がいた部屋に入る勇気なんて、持ち合わせていなかった。


嶽丸からは逃げるくせに、その面影や片鱗をしきりに求めてしまうなんて…自分で自分の扱い方がわからない。


窓を閉めて扇風機を止めて…エアコンのスイッチを入れたと同時に、玄関ドアが開く音がした。


…ベッドに横になって、タオルケットに隠れる。



見つけて。

…でも知らんぷりもして。



まっすぐこの部屋に、歩いてくる足音がする。嶽丸のムカつく長い足が、意志を持って私に近づいてくるとわかって、悔しいけど心踊った。


低い声が響くか…それともノックされる?

嶽丸なら、そのまま入ってくるかも。


そしたら…なんて声をかけられるだろう?


…中沢由香ちゃんとのことを改めて説明したがる?それとも、姉のフリをしたことを怒られる?


もしかしたら、何も言わずに抱きしめてくれるかもしれない…


それなのに。


確かに…部屋のドアは開いたのに、その後静かに閉まるだけなんて。


…嶽丸らしくない。


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