「今…なんて?」
「俺は、この家を出る」
…………………………………
繋いでいた手が、ハラリとほどける。
…どうして…?
心のなかで繰り返される問いかけは、なかなか言葉にならない。
日曜日の夕方は、それでなくても物悲しいのに…夕焼けの茜色と吹く風の肌寒さに、耐えられない涙が浮かんだ。
「…ちょ、美亜…」
ハラハラ溢れる涙を止めようなんて、そんなこと思う余裕はない。
今の私にはない。
いつの間にか歩き出していた。
どこに向かってるのかわからない。
さっきまで、スーパーに行くつもりだった。嶽丸と。
今はもう…何もわからない。
「…ごめ…美亜!美亜?!」
歩いてるけど何も見えていない私は、横断歩道が赤とか青とか関係ない。
「…美亜!おいっ…!」
がっちりした胸に抱きしめられた気がする。その瞬間、大きなトラックが走り去った後の風に吹き飛ばされそうになった気がする。
嶽丸によってタクシーが止められて、私は押し込められ、どこかに到着して降りると、今度はお姫様抱っこで運搬された。
「死ぬほどごめんなさい…!」
ソファに横たわった私に、嶽丸が土下座する。
「ごめんなさい✖100万回…いや、たりないな…1億…いや100億…」
とにかくごめーんっ!と、私の足元に座って覆いかぶさってきた。
「いいよ…」
いっぱい謝ってるね、もういいよ。
私の胸に抱きつく嶽丸の、少し長めの髪を撫でながら言った。
「嶽丸…ありがと…
嶽丸のおかげで…家族が仲直りできた」
「いやいや?!俺も家族だから!」
「このご恩は、サヨナラしても、一生忘れません」
髪を撫でていた手を頬に滑らせると…剃ってないヒゲがざらついた。
「この感触、好きだった…無精ひげ、男っぽくて…」
「…は?いや…美亜のだから。この顔全部、美亜のだから」
顔だけじゃない…と、私の手を取り自分の体をあちこち触らせる。
「腕も足も…胸も…全部美亜のだろ?ん…?」
「…」
「あ…わかった!…ココか?1番大事なココも、もちろん美亜の…」
股間に手を押し付けられて…
「…なにしとんじゃボケェ…」
パッと手を離して、両手で頬をムニッとつかんだ。
変な形に顔が歪むけど、それでもカッコいいからムカつきは最高潮…
「おのれ…本気でショックを受けてしまったじゃないかぁーっ!」
立ち上がって嶽丸の腕をつかんで、ベランダに放り出した。
「…へ?何のマネ?美亜ちゃん?夜は少し寒くなってるよ?…ねぇ美亜ちゃん…まさか…」
窓を閉めて…鍵をカチャン…と閉める。
窓を叩く嶽丸に、ガラス越しにニッコリ笑顔を送ってやった…!
……………………………………
ソファにゴロンと横になって、
窓を叩く嶽丸からのメッセージを読む。
『ゴメンナサイ。ふつーに言うつもりでした…でも、動揺する美亜が可愛すぎて、もう少し泣かせてみたくなっちゃったりして、悪ふざけが過ぎました…』
『うるさい寝ろ』
どんな理由があってこの家を出ていく、なのか…話は明日聞くことにする。
今日は反省を促すため、ベランダに放置じゃ。
初秋だけど念の為、上着とタオルケットとクッションとホッカイロは、さっきベランダに放ってやった。
ムカついて飲んだ白ワインが効いてきて眠くなる…
『みゃーちゃん…スカートめくれて太ももが見えてるよ?鼻血出ちゃうからティッシュちょーだい』
メッセージに気づいて窓を見てみれば…窓に張り付く嶽丸。
一生懸命手を振ってるけど…私は携帯をそのへんに放り投げて…寝た。