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6-4

 数分後。昏仕儀タカカミは目的地の林エリアに入る。そこは他のアトラクションを繋ぐ道と道の合間にできた個所で木々によって景観をよくするための場所だろうとタカカミは推察する。近くからコーヒーカップ、VRシアター、ジェットコースター乗り場と道の先にはアトラクションが点在していた。


(ここで道の両サイドを監視。ライフルは……今回はよそう。消費量もばかにならんし回避用の魔力の残しておかないと。第一使ったことのない武器だ。扱いが難しかったら――)


 ライフル精製の案を却下し、他にあれこれと考えている内に左側の道から誰かが通ってきた。いや誰かじゃない――


(来たか!!)


 儀式の最中は自分と敵だけしかいない。ならば来るのは敵のみ。


(さてどうやらこちらには気づいていないか?)


 今回の敵であるパーカーを着た男はVRシアター近くをきょろきょろと見渡しながらこちら側に近づいている。距離にして約二百メートル。心音が大きくなる中でタカカミは銃を取り出し、こちらに来る敵に向けて照準を合わせ始める。


(まだだ……敵が遠すぎる。あ、スコープを取り付けて使えば良かったか?いやダメだ。精度がどれほどかわからんしな。やはり無難に……クソッ何が無難だ。ああもう待て大丈夫だ。敵はこっちに来ているんだ。大丈夫だ――)


 銃についた簡易の照準を相手に向ける。照準はブランコのようにゆらゆらと揺れておりそれを必死にタカカミは抑えていた。


「落ち着け俺……大丈夫だ。これまでも……これからも……!!」


 息が詰まりそうになる。相手はタカカミのいる方に近づいている。直接向かっているわけではなくただ通りを歩いているだけだ。たまに止まっては辺りを見渡しており、それでもタカカミの隠れていたポイントにその足を向かわせていた。


(……今だ)


 その距離がベストだと思い、彼は引き金を引いた。三回も。銃から硝煙がゆっくりと登る。弾丸の向かった先を見る。


(消えた!?)


――何が起きた?相手はこっちに気づいていないまま近づいて……


「ここだぁぁぁぁぁっ!!」


 突如、空より響く声。ビリマルの放った雷撃がタカカミに命中する。


「ガアァッ!?」


 全身に走った雷撃の衝撃に耐えきれず、焦げた匂いを漂わせながらタカカミは倒れる。


「へへっ。油断したな。悪党め!!」


 空からビリマルが勢いよく着地する。


「……どうなって……やがる」


「ははーん?さては俺が気づいていないと思ったか?」


「なに?」


 電撃攻撃により満身創痍にて苦しむタカカミの横で勝ち誇った顔でビリマルはしゃべりだす。


「お前はこの林で俺を見た。その時よりも前……お前が俺を待っているってわかったからな。あのジェットコースター乗り場よりも前のトイレ近くでな。俺の読心術アンテナは半径一キロメートルまでなら余裕でお前の攻撃が読めたんだよ!!」


「……ああそうかいくそったれ」


――息が荒れてる。体中が痛い。苦しい。苦しい。殺される。


「俺を……殺すか」


「あ?そりゃまあな」


 弱ったその瞳で真っすぐとこちらを見る彼の眼をタカカミは見た。ビリマルの手には電撃が音を立て、光を強くして集まっていく。


(まあ……そうだよな。俺だって六人も殺してんだ。当たり前か。殺すってことは殺されるってことだ。いや違うな。この道を選んで進んだ人間にロクな死はない。それは覚悟の上じゃなくて承知の上で殺されたくなんてなかった。ああ畜生!勝ちてぇ!――)


 手を必死に動かそうとする。しかし指が微かに動くだけで体は動こうとはしない。


「じゃあな。これで終わりだぁっ!!」


 電撃は轟轟と音を鳴らし、ついに振り下ろされた。


――畜生……畜生っ


 眩い閃光と爆音が辺りに広がる。


「これで終わりか」


 ビリマルとタカカミのいた周囲の木々は雷鳴の影響で一部が焦げ付いており、雷鳴の中心は地面が半円状にクレーターのように抉れていた。ビリマルが落雷の中心とその周囲を見る。そこには何もなかった。


「………あ、あれ?」


 そう。なにもなかった。死体も。肉片も。


「え?やりすぎた――」


 加減ミスを疑ったその時、空より銃声が響いた。空から降り注いだ銃弾がビリマルの左腕を貫いた。


「ぐわあああぁぁぁっ!!」


 血を流して地面に崩れ落ちるビリマル。そこに誰かが降ってくる。


「だ……誰だ!?」


 そこにいたのは青いコートを羽織り、右手に拳銃を構えた男。


「お、お前何で生きて――」


 驚愕の表情で後ずさるビリマルが彼の瞳を見た。その瞳は、両方の瞳ともに翡翠の輝きを秘めた宝石のように静かに光を輝かせていた。


「ウ……ウぅ」


「まさか土壇場で何かをしでかしたのか!?」


 左腕の痛みを食いしばってこらえながらビリマルは立ち上がり、右手に電撃を蓄え始める。


「くそ……だったら第二ラウンドだ!!」


 血を流しながらも覚悟を決め、気合の入った声を響かせる。


「がぁ……ウゥ」


「何だ?ズタボロで声も出ねぇってか?執念は認めてやるよ。こいよ悪党。お前なんざコイツで!!」


 ビリマルが電撃を放とうとしたその時、タカカミは真っすぐに突っ込んできた。


「へっ、なんてな」


 電撃を纏ったその手を止める。


「悪いがコッチはデートがかかってんだ。慎重にだって慣れる――」


 読心術で彼の次の一手を読み取りだしたその時だった。


――なんで私が選ばれないの!!私だってこんなに頑張ったのに何であいつが!


――僕だって健康に行きたかった!!戦争のない国の子供に生まれたかった!!


――私が長男じゃないからってどうしてこんな……ひどい


――僕が愛されないであいつが愛されるなんて間違ってる!僕の方が君をずっと想ってるのに……


「うわあぁぁぁぁぁっ!!」


 彼の心を読み取ったその瞬間、あふれる幾多の感情が読心術を介してビリマルを襲った。頭を抱えて苦しむ彼に容赦なくタカカミが近づく。


「く……くるな!!化け物!!」


 とっさに化け物という言葉が出る。何故そう言ったのか。ビリマルはその視界に捉えた者をそう例えたから。


「畜生、一旦距離を取って――」


 相手との距離を取ろうとしてビリマルは電気を纏って高速移動を繰り出した。


(なんだったんだ……さっきのは?)


 相手から離れたのを確認すると林の入り口で息を切らしながら先ほど脳裏に流れた映像を思い返す。その間も周囲を警戒し続ける。


(あいつというよりあいつの中にいた何かがあいつを動かしているみたいだった。そうだ。それだ。ってことは嫉妬の秘術の本質はそこにあるんだ。だからいろんなことができるんだろう。でもあの暴走はなんだ?どう見てもおかしい。まるであいつじゃない)


 ビリマルは呼吸を整えながら、タカカミの変貌を冷静に分析していた。


(まさか秘術が暴走しているっていうのか?でもなんでそんなことに――)


「ウォォォォォッ!!」


 突如響いた獣のような唸り声。いつの間にか緑色の瞳をぎらつかせてそれはビリマルの後ろに這い寄っていた。


「しまっ――」


 もう一度回避を取ろうとする。

 だが先ほどの心を読んだ際に思考を読み取るアンテナを無意識のうちに切ったのが間違いだった。ナイフは既に彼を突き刺していた。


「ぐあっ!?」


 刺さる痛みより出る熱さに足の力が抜ける。ビリマルは崩れ落ちた。

 そしてビリマルめがけて生成されたナイフが崩れ落ちたビリマルに何度も振り下ろされる。刺される度に血をまき散らして絶叫する彼にタカカミは容赦なく振り下ろし続けた。


(ま……まだだ!!)


 ビリマルは必死に抵抗せんと己の電気を全身に集約させた。彼と彼の周囲が蒼く輝き、暴走したタカカミはそれを見て直感が働いたのかその場を離れる。


(そうだ……デートが……まだ――)


 反撃の一撃を、とどめの一撃を放とうとして立ち上がる。


――いてぇ。なんだよこれ。どうしてこんな。お前は一体何なんだよ。本当に人間か?そんな目をして牙むき出しで叫んで……バケモンかよコイツ


 その瞳が虚空を見つめ始めてもなお、電気エネルギーを集約させていた。


――ごめんよスズノカちゃん。俺は……だめらしい


 薄れゆく意識。遠ざかる彼女の姿。


――でもこいつだけはぶっとばす!!


 立ったまま電気を集め続けるビリマルはついに電気を解放した。ありったけの電撃を解き放った。

 命を賭して放った閃光は瞬く間に周囲を包んだ。その電撃はタカカミが避けられるはずがなかった。


「グアアアアァッ!?」


 電撃は暴走したタカカミを包み、激しい轟音と共に彼を死に至らしめようとする。

 その時だった。


――もう勝負は終わりです。相手が死亡したので貴方の勝ちです。


 スズノカの秘術によってその電撃は消えた。タカカミは痛みより解放される。


「……アァ?」


 あっけない幕切れを暴走したタカカミは察することなく、しばらくして糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。






「……うん?」


 暗い林の中でうつ伏せに倒れていたタカカミは目を覚ます。


「ここ……は?戦い……そうだ戦いは!?」


「貴方は死んでいませんよ」


 林の奥からスズノカが出てくる。表情はどこか引きつっていた。


「えっと……どういうことだ?」


「後ろをご覧ください」


「後ろ?後ろって――」


 言われたとおりに後ろを振り向いた。そこには――


「うっ……ぷ」


 それを見ただけで吐き気が込みあがる。体中の至る所に切り刻まれた跡があり、臓物をむき出しにされて匂いを漂わせ、その顔は絶望に満ちて死んでいた男の遺体だ。


(なんだよこれ。俺が殺したのか?……そうだ確か俺がやって――)


 突如記憶が流れ出す。


「あ……あの時に」


 雷撃によってとどめを刺される瞬間にまで時間は遡る。この時、タカカミは動けずにいた。それどころか意識すらも怪しく、まさに死を覚悟した瞬間だった。


――死にたくない。誰か……俺を


 心の内の願いに答えるものなどいない。いつだってそうだった。


――見ろよ。あいつ


――ははは、まだ学校にいるんだ


――消えちまえよ、人殺し


 フラッシュバックする記憶。走馬灯は再び走る。


(……なんだ?)


 何かが内から溢れるような感覚が走る。そしてそれはタカカミを覆った。


「うぐ……っ!?」


 は彼を覆うとそのまま肉体に光を走らせて瞬時に雷撃を避けた。そのは彼を動かしてついには敵を討ち取って見せた。


(そうだ……思い出した!!これは!!)


 無残な遺体から視線をスズノカに向けると彼女に近づいて勢いよく胸倉を掴んだ。


「説明しろスズノカ!!これはどういうことだ!!」


「どういうことと申しますと?」


 胸倉を掴まれても平常心を保つ彼女に彼は怒りを募らせ、掴むその手にさらに力が籠る。


「妬心愚者だ!!俺の秘術!!こいつは一体なんだ!?何を隠してやがる!?」


「ノートを見てください。それが全てです」


「ふざけんな!!あれはなんだ!!何が俺にやがる!?」


 焦燥が見え始めた。しかしスズノカは態度を変えず、フッと彼の手から離れ、彼女は少し後ろに下がった位置にいた。


「タカカミ様。ノートを見てください。情報を今一度――」


「だからなんだよ!?」


「ノートを見てください」


 機械的に繰り返されるその単語にとうとう諦めがついたのかタカカミはため息を大きく吐き、ノートを現出させて『妬心愚者』の項目について見始める。


「……これは」


――妬心愚者としんぐしゃ、肉体に妬心を取り込んで身体と秘術によって他者の秘術を奪う秘術。そして妬心が自身に憑依することで満ちる嫉妬の暴虐が敵を討つ秘術


 ページが見せた情報は以前見た時と違っていた。一文が追加されていた。


――そして妬心が自身に憑依することで満ちる嫉妬の暴虐が敵を討つ秘術


「ちょっと待て。なんだこれは。この最後の一文は!?いつ追加された!?」


「……今回の戦いで貴方に異常が、つまりは妬心が憑依されたときでした。何かが変だと思い、私の審判のノートを使って確認したところ、その一文が抜けていました。この妬心というのですがどうやらこれは人類すべての意識からの……つまりは集合的無意識の一部があなたに憑いているのです。ただどうやら基本的に肉体の支配権はあなたの意識が何より優先されるとのことで。なので貴方がこの妬心を支配してその状態で戦えるかというと難しいでしょう」


「……どういうことだ?なぜ隠れていた」


「隠れていたというよりは……そもそも表示されないように、というよりは表示の条件を満たしていなかったのでしょう。何分、妬心という存在が貴方とは違うので……いうなれば今の貴方の肉体には自我と妬心の二つがいるということです」


 スズノカは話を続ける。


「ノートに表示されるのは過去に倒された秘術とその担い手が使える秘術です。ここでいう担い手が使える秘術というのは――」


「ああ、俺が使えないから表示されていなかったって言いたいのか?あの化け物みたいになる秘術が。あれが使えるのは妬心で条件は俺が死にかけた時ってことか」


「ええ。なので私の権限でその一文を追加しました」


 謎が解かれたとき、タカカミの顔は魂ここにあらずといった顔だった。


「タカカミ様?」


「これ……二回目だ」


「え?」


「最初の時と同じ感じがあった。そうだ。あの四月の戦いだ。だから俺は勝てたんだ。ほら、俺が気を失ってたろ。最後」


 タカカミは四月の最初の戦いについて思い返しながらスズノカに説明する。


「確かに相手が死んで……戦闘が終わったとき、あなたはしばらく気を失っておりました。覚えています」


「俺はあの時に……まさかこんな力が隠されているとはな」


 口元が歪む。他人の能力を模倣するだけでなくいざという時はこの妬心とやらで戦闘をやればいい。そう思ったその時だった。


「……でもコントロールできなきゃ意味がないよな?いやそもそもこの秘術の妬心が暴走ってなんのメリットがある?コピーできるから代償か何かってこと――」


 隠されたその力についてどう使おうと考えていた。まさにその時。


「ぐぅ……!?」


「どうしました?」


 タカカミが突如その場に崩れ落ちる。タカカミは吐き気と共に頭痛を覚え、しばらく苦しんでその場で吐いた。スズノカは眉を潜ませていた。


(うぇ……だめだ)


 腹の中に全てを吐くだけ吐いてふらついて。そうして彼は崩れ落ちた。


「タカカミ様?タカカミ様?あの――」


 声が遠くなる。意識が保てず、彼は瞼を閉じた。

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