「なあ、聞いた?」
「え?」
「ほら、あいつ。退学するってよ」
「は!?こっから逃げんのかよ!!」
貞凪高校の昼休み。修学旅行目前のその日、二人の男子生徒が話をしていた。
「声でけぇよバカ。……つか俺らやばくね?」
「なにが?」
「あいつの親父にゲームどうだって提案したの俺らじゃんよ」
「あー……でものったの親父じゃん」
――ゲームか!そうかだからずっとバイトしてたのか。その考えは盲点だったよ。ありがとう!!
その二人はタカカミの父親にゲームを買うことを進めた仲間の内の二人だった。
「黙ってればいいんだよ。そういや『ボス』とその仲間許されたらしいぞ?」
「まじ!?結構ヤバイって聞いたぞ?」
「それなんだが恋人が死んだのスポーツの成績がどうだのもあったし……後、ボスの親がPTA関係者じゃん?それで色々手をまわしたそうだぜ?」
「うわー……マジであいつボスじゃん。逆らったら死ぬわ」
「ちなみにリーダーとサブリーダーはボスの復学、賛成したってよ」
「そーなん?」
「ああ、なんでも今回の件でアイツが悪いやつってのを理解したってさ。ネットとかテレビで言ってたじゃん。万引き常習犯だのやくざの弟子だのって知ったかららしい」
――流石に裏社会の人間はちょっと庇えないかなぁ
――リーダーに同意見。あいつ勉強して過去を誤魔化してたクソ野郎だったってことじゃん
「だとさ」
「まあそれならな。あいつまじざまぁだわ……足痛い」
「いきなりだな。俺もだが」
集団リンチのあったその日から次の日、校長先生は当時の生徒全員を体育館に呼び出して今回の件についての厳重注意となぜデマを流してはいけないのかを一時間かけて説明した。校長としてもデマを信じる、広めるということの行いは生徒にさせるわけにもいかずまた学校としてもそうした振る舞いをする生徒を生み出したくなかったのである。
「一時間も立たされるってありえねえよなホント」
「だな。その間ずっとあいつはベッドで寝た切り。納得いかねえ」
「でもあいつ退学だし俺らが広めたデマとかあるじゃん?多分復学はないし中卒だから先にあるのは地獄だぜきっと」
「だな。俺らが正しいってこと叩き込んでやろうぜ」
げらげらと笑いながら二人の会話は昼休みの終わりまで続いた。
「ほらもっと早くやれ!!」
「すみません」
その日の昼。タカカミは家から少し離れた工場で日雇いではあるが仕事に励んでいた。工場長の罵声を受けながら彼は仕事に励む。
「ったく……これだから若いのは。しかも十七でここ選んだってことはアイツろくでなしか?」
「かもしれませんね」
工場長の横を別の作業員が通りかかる。
「よし。四時間立たせてノルマできなかったら給料なしでいいか!」
「工場長。それ今アウトです」
「チッ。冗談だよ」
二人の聞こえる嘲りを無視しながら彼は荷物運びに従事した。
(これ終わったらえーっと……英語優先で勉強しないとな)
寒い冬の中を彼は汗水を垂らしながら遅くまで務めた。
そうして時間は平等に過ぎていく。
「そうして学校辞めてからさ。一年が過ぎ……ああもう少し経過してからか。高卒資格ってのは手に入れて、後は各地でバイトを転々としてたよ。手に職つけようといろいろやった。でも中々身につかない。何故かって?視線だよ。周りの視線。せっかく取れそうな資格やらがあってもそれがあってか中々取れないし、何なら普通に仕事ができないときがあった。周囲のなんて事のない笑い声が俺のことを笑ってるように聞こえるんだよ。わかる?」
ベッドから起き上がるとテーブルの上に置いてあった煙草に手を伸ばした。
「それからはずっと夜勤とか工場とかでバイトしてたさ。下水道を這うネズミの気分だったよ。皆が自分の時間を楽しく送っている中で俺はせかせかアルバイトさ」
ベランダに出たタカカミはタバコに火を点けた。
「そうして三年目が過ぎて……ああ、そうだ。バイトの給料日にファミレスに言った時か明らかに怪しい連中が来たんだ。ありゃあマスコミだろ。俺がいるって嗅ぎつけたんだろうな。そいつらこっちに来た。事件の犯人の息子Aを知らないかって。俺はわからないと答えた。そいつらは機嫌悪そうにして去っていきやがった。楽しみにしてたランチセットを急いで飲み込むように食って店を出た日を忘れねえよ」
タバコを吸って吐く動作を二回行う。
「ああそうだ。五年目にギャンブルやりだしたんだ。たまたま近くにあったパチ屋のトイレに隠れようとしたんだ。またアイツらみたいなのが来て。いつまでも臭いトイレにいるわけにいかなかったからな。近くのマシンに金突っ込んだんだ。そしたら千円が十万円に早変わり。なんかもう笑っちゃったよ。その快楽が忘れられないのとアイツらがこっち来ないのを言い訳にその日からバカスカ金を入れたよ」
喫煙の傍らで彼は髪の毛を掻き毟る。
「そしたらよ……もう十年が経過してた。そうだ。お前が来たんだよスズノカ」
居間のリビングに設置された食卓で縮こまるように彼女は座っていた。
「はい。タカカミさんの昔話はこれでおしまい。二度の看病の礼にしては軽かったかな?」
吸ってたタバコを片して彼はその匂いを纏って彼女に近づく。
「……ひどい」
彼女は絞るような声でタカカミの昔話に対して言葉を漏らした。
「ああ、ひどいもんだろ?人間ってのは。嘘と暴力で踊れちゃうのさ」
「あなたは……いえ、システムはなぜあなたを悪人側に選んだのです!?」
「それ俺に聞くか?まあシステム様ってのもアホなんだろ。『父親に自分の代わりに世間への恨みをぶつけさせた悪人』って認知したのかもな」
「……あなたはどうなんですか?」
「あ?」
スズノカは彼の方を向いた。その目に覚悟を持って。
「自分を……悪い人だと思ってるんですか?」
その問いにタカカミはため息を漏らす。そして重い沈黙が両者の間に走り――
「そんなわけねぇだろ!!」
突如、タカカミが怒鳴り上げた。
「俺が誰かを殺したか?!傷つけたか!?俺は何もしていないんだ!!あの日も!!アイツがやらかしたあの日までも!!俺はただ夢を掴みたかった!!見ていたかった!!それをアイツらは面白半分と嘘で全部壊しやがったんだ!!お前にわかるか!?俺がどれだけ必死に生きてたのか!!それを夢もなく信念もないアイツらは娯楽感覚で俺の夢を、糸を引きちぎやがったんだよ!!その痛みがわかるか!?お前に!!」
叫び続けて息が切れるほどの鳴って彼はスズノカを見た。
「わかりませんよ……そんなの」
彼女は泣いていた。タカカミは悲しみを訴えるその目を見た。
「だから俺はこの儀式に参加した。失敗したら死ぬこの儀式に。どうせこのまま生きても笑われるだけだ。だから俺は乗った。この儀式で蒼き星の王とやらになる提案に……お前の提案に!」
「私じゃない!!」
思わぬ大きな拒絶にタカカミは体をびくりとさせて驚く。
「私は……私はただこれを……救いの神の為に儀式を遂行しないとシステムに言われて……それで……ずっとこうやってきた。でも……そうよ。私も人殺しよ。貴方の言うように――」
涙をぽろぽろと零すスズノカの様子はタカカミには意外で思わずびくりとする。
「……俺はお前を人殺しなんて言ってねぇよ」
タカカミはそのまま泣き崩れる彼女に頭を抱えながら話しかける。
「俺が言いたいのは……ああもういい。とにかく今日は戻っていいぞ。ほら」
タカカミが近くにあった何かを彼女に投げた。タオルケットだった。
「ひどい顔だ。化粧とか知らんが……ああひどい顔だ」
「誰のせいでっ――」
泣きじゃくる彼女に新鮮さを覚えたのか自然とタカカミは笑ってしまった。
「何で笑ってるんですか!」
またスズノカが大声で彼をしかりつけた。それはタカカミが人生の中で耳にした彼女の声の中で一番大きな声だった。
「そりゃあお前……俺が悪人だからだよ。忘れたか?お前が悪人側だと……悪人って言ったのを」
タカカミの語ったその言葉に『あっ』と声を漏らして彼女は涙を拭く。
「……ええそうですね。貴方は悪人です!!」
二人はそうして会話を交わす。この時、スズノカは自分がなんだかおかしくなったと思っていた。
「スズノカ。ちょっといいか?」
時間が経過してスズノカが落ち着いた辺り。
去り際の彼女にタカカミが何かを言おうとしていた。
「何でしょうか」
すっかり落ち着いたのか彼女は元のペースに、表情としぐさを最初に出会った時のように、無表情でこっちを見ていた。
「俺は後、三人殺す。どういうわけかそれでお前は自由になる。だから――」
「責任は俺にある。でしょうか?」
「ああ」
不機嫌そうな顔でタカカミは口ごもる。
「なんとなくわかりました。貴方の言いたい事」
「……そうか。それじゃあな」
「はい」
その瞬間に彼女がはにかんでいるように見えた。その一瞬がタカカミの内に何かを突き刺した。消えた彼女が、さっきまでいたその場所をタカカミはただじっと見ていた。
――ああそうだ。蒼き星の神。夢は……そうだ、まだあるんだ。こんな風に見つかっていくんだ。生きてれば……でも俺にはその資格はないんだ。だからまずは蒼き星の神になるんだ
煙草を片し、彼は夜空を見上げた。暗闇の中では無数の星が光っていたがそのうちの一つが強い光を灯しているように見えた。