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ぼくはアンカー
ぼくはアンカー
桜坂あきら
現実世界青春学園
2024年11月28日
公開日
3,441字
連載中
ぼくは小学6年生。勉強は話題にしたくないレベルだけれど、運動は得意。特に走ることには自信がある。 明日は、待ちに待った運動会。小学校生活最後の運動会だ。クラス対抗リレーの選手に選ばれたぼくは、明日はきっとヒーローになれるはず。ただひとつ気掛かりがあるとすれば、あの「おとん」が運動会を見に来ることだけ。

ぼくはアンカー

 夜9時。いつものように、おとんがテレビを見ながら、横になっている。おかんはソファーに座って、おかきをぼりぼり。面白くもないお笑い番組を、笑いもせずにじっと見ている親の気持ちが、ぼくにはまったくわからない。でも、今夜は阪神の試合がないから、静かなぶん、まだましだ。

 その時、おとんの尻が、ふっと浮き上がった。〈やばい!〉と思った瞬間、おとんのガスが「ぶぶ~っ」というデカい音と共に部屋中に充満した。

「ぎゃー、あほ! なんでこっち向けるのよ」

 おかんがおとんの尻を、バチィ~ンとはたいた。

「こら、痛いやんけ、なにすんねん!」

「なにすんねんやないわ。くさいやろ、やめてや」

「なにがくさいねん。香水みたいやろが」

「ほんま行儀の悪い尻やな」そう言いながら、おかんはもう一度おとんの尻を叩く。

「あいた! やめんかい」おとんはそう言いながら笑っている。

 おかんも怒っているような口をききながら、眼は笑っている。お笑い番組ではまったく笑わなかった二人が、おとんのくさい屁で笑っている。

 いつものように、ぼくはこの両親の元に産まれたことを激しく後悔した。おとんのガスのにおいが、鼻についてたまらないので、ぼくは先に風呂に入って寝ることにした。

 そろそろ寝ないと明日は運動会だし。


 朝。運動会の朝。良く晴れた。

 今日は、小学校最後の運動会。6年生は他の学年より出番が多い。特に最後のマスゲームは、大人たちも楽しみにしているほど毎年の6年生が見事に演じていた種目。今年はぼくらの番。何か月も前から一生懸命練習したかいがあって、結構カッコよく出来るようになったとぼくは思う。

 でもぼくにはもうひとつ、マスゲーム以上に気合いの入る種目がある。クラス対抗リレーだ。ぼくは勉強の方は、あまり話題にしたくない程度だけれど、運動は出来る方。

 特に走るのは得意だ。当然、3組のクラス代表で、しかもアンカー。6年生のクラス対抗リレーのアンカーって、一番目立つ。ぼくだって、去年まで、6年生のアンカーの人を見て、「かっこいいなー」と思っていたのだから、きっと今年は、ぼくが下の学年の子たちや、クラスの女子から「かっこいいなー」と見られるに違いないと思う。きっとそうだ。と言うことは、いうなれば、ぼくは今日の主役だということだ。これはすごいことだ。

 さゆりちゃんも見ているし、かよちゃんも、みさとちゃんも。ゆきちゃんだってぼくの走るのを、拍手しながら応援してくれるに決まっているのだ。ぼくがかっこよすぎて、4人から同時に告白されたらどうしよう? まあ、その時が来たら考えよう。

「いってきまーす」と家を出ようとしたら、

「いくらなんでも早すぎる」とおかんに止められた。そうか、まだ6時か。

 今日はおとんもおかんも見に来るはず。おかんはいいとして、おとんは仕事で来られないことを祈っていたけど、ぼくの願いは叶わず、仕事が休めたようだ。天気も良くて、きっと楽しい運動会になると思うけれど、あのおとんが来ることだけが、ぼくはちょっと不安なのだ。


 運動会が始まった。午前の部の最後に、クラス対抗リレーの予選がある。

 6年生は10クラス。5クラスずつが走り、1位から3位が決勝に進む。決勝戦は勝ち上がった6クラスが一斉に走るのだ。当然、予選なんかで負けるわけにはいかない。予選前、ぼくはクラスのリレーメンバーに向かって声を掛けた。

「思いっきり走ろうな。絶対1位で予選通過しような」

 メンバーのみんなはにっこり笑ってうなずいてくれた。その様子を、さゆりちゃんも、かよちゃんも、みさとちゃんも、ゆきちゃんも見ているはずだと思って、周りを見渡したけど、女子は午後にあるダンスの相談をしていて、誰もこっちを見ていなかった。せっかくいいところを見せようと思ったのに。でもまあいいか。本番でかっこいいところを見せればいいのだから。

 リレーの選手は1チーム5人。第1走者から第4走者までは、トラック半周の100M。

 アンカーだけがトラック1週200Mを走る。スタートは、PTAの人たちや、校長先生なんかが座っているテントの前から。ぼくはアンカーだから、テント前でバトンを受けてスタートし、テント前でゴールする。

 ぼくのチームは、かなり速い方だと思う。第1走者のたけしも、第2走者のしんちゃんも、ぼくと同じくらいの速さだ。第3走者のゆずるは、そんなに速くはないけど、すごく落ち着いているし、バトンの扱いは一番うまい。第4走者のりょうたも安定して走るタイプ。りょうたは、ぼくと身長が同じだから、ぼくはりょうたからバトンをもらうのが一番安心できる。ともかく、うちのチームが一番チームワークもいいと思うし、優勝すると信じている。だけど、リレーは油断禁物。バトンを落としたりしたら、すごく損だし、そこは気を付けないといけないんだ。


 ついにぼくのクラス、6年3組の番が来た。たけしがスタート位置に着いた。その時だった。テントの横から大きな声がした。

「3組がんばれ! たけしか! お前、しっかり走れよ。フレーフレーたけちゃん! たけちゃん、がんばれ!」

 阪神タイガースのはっぴを着て、黄色いメガホンを両手に持って、周りの視線もまったく気にせずに、一人で百人分の応援団みたいな大声を出している恥ずかしい大人は、間違いなくぼくのおとん。

 たけしが恥ずかしそうにうつむいた瞬間にピストルの音が

「パン!」と鳴った。

 たけしは、スタートが遅れて、そのことに焦ったのか、スタートしてすぐに、はでに転んだ。すぐに立ち上がって走り出したが、他の選手はもうカーブの中ほどまで行っている。最悪のスタートになった。たけしが半周して、しんちゃんにバトンを渡したのは、当たり前だけど、ビリの5位。

 第2走者のしんちゃんは必死に走ったけど、ようやく一人ぬかして、4位に上がっただけ。先頭までは遠すぎた。予選なんて、余裕で1位だと思っていたのに、今は4位。このままだと決勝にはすすめない。

「おとんのぼけー」とぼくは思いながら、第3走者のゆずるを見ていた。ゆずるは頑張って3位との差をつめてくれたけれど、ぬかすことは出来なかった。でもすばやいバトン渡しをして、第4走者のりょうたもいいスタートを切った。3位との差は、少し小さくなった。

 りょうたがカーブをまわって、ぼくの所へ向かってくる。その時、またおとんが大声を出した。

「でんちゃん、がんばれー」でんちゃんって言うのは、ぼくのこと。ぼくの名前は、ゆうじなんだけど、おとんが電気屋だから、小さい時から友達にはでんちゃんと呼ばれている。 

 おとんまでぼくのことをでんちゃんと呼ぶのはおかしいと思うのだけれど、そこはあほなおとんだから、言ってもわからない。

「でんちゃん、しっかり! フレーフレー、でんちゃん!」

 あんまりうるさいので、ぼくは恥ずかしいのを我慢して振り向いて言った。

「おとん、うるさいねん!」

 ぼくが本気で怒ったのを見て、おとんがキョトンとした時、おかんが手に持っていた手さげバックでおとんの頭を後ろから、〈バチコ~ン!〉となぐった。

「あんた、うるさいわ。子供のじゃましたらあかん!」それを見ていた周りの大人がいっせいに笑った。3位のチームのアンカーは、おとんとおかんのバカなやり取りを見て、ポカンと口を開けていた。そこへ3位のチームの選手が走り込んできたけど、バトンを受け取るはずのアンカーがぼんやりしているから、バトンを渡せなかった。

 りょうたが走り込んできた。ぼくは、りょうたのバトンをしっかり握ると、スタートした時点で3位に上がり、すぐ前を走っていた2位の選手も、トラック半周のところで抜いた。1位のチームには追い付けなかったけれど、最後はなんとか2位でゴールした。


 ゴールしてから見ると、おとんは、まだおかんに叱られていた。ほんまにめいわくなおとんやけど、みんなの前であんなに叱られているのを見ると、ちょっと可哀そうにもなってくる。

「おかん、2位やで。決勝いけるで」ぼくはおかんにそう言った。

「うん、ようがんばったな。ごめんやで、おとん、うるさかったやろ? 恥ずかしかったやろ?」おかんはそう言ってぼくの顔を見た。

「うん、恥ずかしかった。でも、決勝行けるし、出遅れても勝てることわかったし、自信もついたから、まあええわ」ぼくがそう言うと、おかんはなぜかちょっと目をうるませて、

「あんた、えらい子や」とぼくの頭をなでてくれた。

 その横でおとんは、おかんにたたかれて、くしゃくしゃになった髪の毛をなでていた。


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