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第55話 とある受付嬢の雑談

 「せんぱ~い」


 「なんでしょう」


 「聞きました~?あの噂」


 「話を振るのであれば明確にお願いします」


 探索者ギルドの休憩室にて、後輩受付嬢が雑談の最中に最近耳にした噂を先輩受付嬢に話したくてうずうずとしていた。


 「あの自称中級探索者のことですよ~」


 「あぁ、あの」


 先輩受付嬢が件の男を思い出す。


 記憶の中にある彼は、先輩受付嬢にとっても良い人物とは言い難かった。


 「先輩結構しつこくナンパされてましたもんねぇ」


 「お誘いは嬉しいですが、良く知らない殿方にのこのことついていくように教育を受けていないので」


 「先輩やさしい~。でもそんなだからしつこくナンパされるんですよぉ?」


 「あなたはもう少し、探索者の方に対して態度を軟化させるべきだと思いますが」


 先輩受付嬢の目がやや険しくなったのを見て後輩受付嬢がすかさず話題をすり替える。


 「あ、あはは~。まぁでも私はこれでいいんですよ~。先輩だって言うほど探索者たちにやさしく接してるわけじゃないですからね?一見優しく見えるだけで、氷のようだって陰で言われてますよ?」


 「む……氷……」


 「まぁあ、先輩はあの探索者さんにだけは態度が違うみたいですけど?」


 「ごっほん……話を本題に戻しなさい」


 「はーい」


 からかわれた先輩受付嬢は分が悪いと察して、その話題から逃げ出した。


 「あの自称中級探索者、ついに指名手配されたらしいですよ」


 「指名手配?」


 その言葉に先輩受付嬢が眉を顰めた。


 「取り逃がしたのですか?DRIAが」


 「ですです。もともと捕まえようとしてた所、偶然その自称中級探索者が男女二人をぬっ殺した所に出くわしたらしいんですけど~」


 「現行犯じゃないですか」


 罪の上塗りで重罪確定だ。


 「捕まえようとしたら邪魔が入ったらしくて~」


 「邪魔……探索者でしょうね」


 「だと思いますぅ。詳しい情報はないんですけどね」


 先輩受付嬢が探索者に対して改めて面倒な相手だと頭を抱えたくなった。


 「そしてその自称中級探索者はなんと!ダンジョンの中に逃げ込んだんですよ~」


 今も生きてると良いですね、と後輩が呑気に話、お弁当の最後の一口を口に運ぶ。


 満足そうに食事を終えた後輩が、そう言えば、と先輩受付嬢に一枚の髪を手渡した。


 「ギルド広報ですか?」


 「先輩忙しそうだったんで先輩の分も受け取っておきました。ほめてください♪」


 「わざわざ、ありがとうございます」


 「それじゃ、私は一足先に仕事に戻ってますね」


 そう言って後輩は休憩室を後にした。


 先輩受付嬢は、まだ自分の休憩時間に余裕があることを確認するとそのギルド広報に目を通す。


 一般人には見せられないような内容ばかりのそれには、最近ダンジョンで起きたことや、探索者によって起こされた事件が記載されていた。


 「新たな上級探索者の確認……成りかけの動向に注意……いつもとそう変わらないですね」


 代り映えのない記事の中、一つの言葉に目が留まる。


 「上級探索者クランリーダーが何者かによって殺害……殺害方法不明、推定マジェスター級以上の者によるものと断定。マジェスター級……」


 滅多に聞くことのない位階に、先輩受付嬢の顔も険しいものになる。


 そして同時に思い出す。


 今世間を騒がせている男の事を。


 ギルドですら手が負えず、存在を半ば黙認しなければならない暴力の化身。


 いくら人間を辞めた所で到達できない高みに立つ、本物の化け物。


 上級探索者だろうと、ましてや国家公認探索者だろうと、彼にとっては等しく塵芥に変わりはない。


 ────隻眼の剣士。


 ダンジョンの登場以前から逸話を残すの伝説は、今世の時代に於いても新たな伝説を刻んだ。


 竜眼をその身に継ぎ、竜の力の一端を己に身に宿したかの御仁は、竜剣一体となり、誰の力も及ばぬ存在となったのだ。


 「それがなんで、あんなお店……」


 彼の御仁が何を考えているのかなど、会ったことのない彼女には想像もできないが、その伝説を幼い頃から聞かされてきた彼女にとって、少し、いや、かなり複雑な心境だった。


 「【変態仮面】……なんてひどい名前でしょうか」


 七不思議に数えられている時の彼の伝説の別の呼び名に、彼女が大きく溜め息を吐いた。


 「まぁ、でも……あの人のよりかはマシですね」


 誰かの顔を思い出しだ受付嬢がふふっ、と小さく笑うと、席をたった。


 「さぁ、お仕事に戻りましょう」



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