「いらっしゃいませ」
がらんとなった店内に四人を迎えた湊の声色はどこか明るく、嬉し気だ。
「聞くまでもねぇと思うが、ここが【DD】ショップってところであってるか?」
背の高い女性───
「その通りです。当店が、下級探索者から上級探索者の方々まで満足いただける品々を揃えた【DD】ショップでございます」
「その割には閑古鳥が鳴いてるようにも見えるがな」
「先ほどまではたくさんのお客様で賑わっておられたところなんですけどね……ほんとですよ?」
可哀そうなものを見るような堂上の目に、湊の声が小さくなった。
「まぁ、別にいいけどよ」
「すごいわね。壁に掛けられている武器のすべてが、外では見られない一級品ばっかり……流石【マスタースミス】の営む鍛冶屋。格が違うわね」
小柄な女性───
「私はポーションをいくつか見たいかなぁ。変な副作用が怖いって聞くけど、命には代えられないもの」
神官服の女性───
二人が各々目的の物に目を奪われている間に、四人の中で最も顔立ちの整った、女優のような容姿の女が、湊の前にやってきた。
その女───
「仮面ください」
恥じらいを見せながら、仮面を欲しがる彼女の言葉に、湊は気分を良くして、異空間から竜の仮面(レプリカ)を取り出した。
「初来店と感謝の気持ちを込めて、こちらは無償で───」
「それじゃなくて、ひょっとこの仮面がほしい」
「……あれは、売り物じゃないんですよお客さん。こちらでしたら本来十万D頂くところを今日だけ無償で!」
「要らない」
「……」
そっと竜の仮面を異空間に戻した湊が、ひょっとこの仮面を取り出した。
「それ!あの配信を見た時に七不思議って本当にあるんだって衝撃を受けた。だからその仮面が欲しかった」
どういった感情だろうか。
湊は自分では理解できない彼女の感性に、複雑な気持ちを抑えながらひょっとこの仮面を差出した」
「……あげます」
「くれるの!?この日のためにお金も貯めて、魔物もたくさん倒してきたから支払いは多分大丈夫だよ!」
「……ただでいいよ。2999円だし。セール品だし」
竜の仮面はただでも要らなくて、ネット通販で特価だったひょっとこの仮面には支払いを惜しまないと言う。
湊はあまりのショックに、仮面を受け取って子どものように目を輝かせる鑑から、その暗くなった目を逸らした。
「なぁ、店主。これって使えるのか?」
仮面を被ってはしゃぐ鑑を尻目に、堂上が一枚の紙を取り出した。
「……今使えなくなりました」
「はぁ!?おい、何あんたいきなり子ども見たいに拗ねてんだよ!」
湊がぷいっと顔を背けた。
それを見て、鑑とのやりとりの一部始終を見ていた堂上が怒り始める。
湊のその子どもっぽい意外な反応に困惑し、割引券を持った手で頭を掻いて、どうしようかと考え始めていた。
あてにしていたために、これが使えないとなると、買う物のグレードを下げなければならない。
「冗談です。ちゃんと使えますよ。真に受けないでください」
湊の言葉に額に青筋を立てた堂上であったが、ここは大人としてぐっと堪える事にした。
「ここは地上の普通の店とは違うって話だからな。なにかオレに相応しいものがないか見繕ってくれないか?」
「残念ですが、TSポーションはただいま開発中です。またのご利用お待ちしております」
「おい。あんたにはオレが男になりたい女みたいに見えてんのか?そうでないなら喧嘩売ってるって捉えていいか?えぇ?」
必死に笑みを作る堂上だが、顔全体に青筋が走っている。
とてもご立腹だ。
堂上が湊にバチバチにガンを飛ばし、六花とこよりが品定めに夢中になり、鑑が店の広い所で【変態仮面】ごっこで遊んでいる中、湊の後ろの扉が開いた。
「あれ?みんなも来てたの?」
その声は当然、小雛のものであった。
◆
カウンターの外で姦しく会話に花を咲かせる小雛と『BLASH』。
湊は両者が和解していたことは知っていたが、ここまで仲良くしているとは思っていなかったため、驚き半分、嬉しさ半分でその様子を黙って見ていた。
しかし、ひょっとこの仮面を被った鑑が、座り込んだ小雛の持つスマホをくいっと持ち上げたところを見て、話しに割って入った。
「そろそろなにを買うか決めてくれると助かるんだけど」
「あー悪いな店主。桜咲の奴が、莉緒の仮面被って遊んでるところを見て、自分もって言い始めてよ。あいつの要望であんたとのあの時の再現VTRが始まりだしてな」
そして今、丁度火竜の時のシーンに入ったらしい。
なんともマニアックなのだろうかと、湊は思った。
小雛は小雛できゃーきゃーと盛り上がっているし、鑑に関しては、暗記しているのか、そらでセリフを言い始めている。
湊はどこか自分が羞恥責めにあっているような気がしていた。
もう一度同じシーンをやり始めた二人だが、今度はスマホではなく、小雛の顎をくいっとして、湊の知らないセリフを鑑が言い始めていた。
どうやら歴史の改変まで始まったらしい。
だがまぁ、湊は二人が楽しそうだから良いかと、見守ることにした。
「武器が欲しいって言ってたね。だったらこんなものはどうかな」
湊がため口に切り替えて接客を始めたが、堂上はそんな小さなことを全く気にした様子もなく、受け入れていた。
湊は取り出した斧を堂上に手渡した。
「ハルバートか。良い武器だが、扱いが難しそうだな」
斧の先端に穂先のついた形状のハルバートと呼ばれる武器をその場で軽々と振る堂上。
その様子を見れば、武器の習熟にはそう時間は掛からなさそうだと湊は判定した。
「その武器を十分に扱えるようになれば、近接戦でできないことは殆どなくなるだろうね」
「そう言われたら、余計に欲しくなるな……良し、くれ」
「毎度あり。それじゃ、三割引きで1400D頂くね」
そう言って湊は、堂上の手に触れた。
「ちょっと待ってくれ。後で纏めて会計したいんだが、だめか?」
自分だけが割引の対象になると考えたのだろう。
堂上は湊のから手を離してそう言った。
「大丈夫。今回は特別にみんな安くしてあげるから」
「なら頼む。悪いな店主」
湊は堂上からキッチリと言い値の
「堂上さん……副作用ちゃんと聞いて買いました……?」
いつの間にか、自分の横に立っていた小雛に、堂上が驚いて声を上げると、そう言えばと、顔を青くした。
「大丈夫だよ。堂上さん。副作用という副作用はないよ」
「おい桜咲ビビらせんなよ」
「……」
安心したような堂上だが、小雛は湊の言葉を信用していないのか、ジト目を彼に向けたままだった。
「まぁ、強いて言うなら男運が悪くなるくらいかな?具体的には屑男に好かれやすくなるって感じ」
「地味に嫌な副作用があるじゃねぇかよ。クーリングオフさせろ。商品の説明不足だろ」
「まぁまぁ、武器を持っていない時には適用されないから、私生活では問題ないと思うよ」
「うーん、まぁ。それならいいか?完全には納得できねぇけどよ」
思ったよりも軽い副作用に堂上が不承不承ながらも、堂上は返品を取り下げた。
それを見ていた入鹿と鑑は、パーティーリーダーの失敗から学び、先に副作用を聞いてからそれぞれ買い物を終えた。
「お前らずるいぞ。なんでオレだけ男運悪くなってんだよ」
「元から悪いでしょ」
「確認しない涼ちゃんが悪いでしょ?これからはこれに懲りて気を付けてね」
「ファーストペンギン乙」
ぬぐっ、と言葉に詰まった堂上が、手ぶらの六花を見る。
「お前は何も買わないのか?」
「私はいいわ。ここに来る前に言ったけど、魔物を倒して得た経験値を簡単に売るべきではないわ。その分強くなるのが遅くなるんだから。本当はみんながここで買い物するのだって私は反対なんだから」
「まぁ、お前の言う事も最もだとは思うがよ」
ここに来る前にその話し合いに決着は付けてあるのか、四人は湊の前でそれ以上の口論をするつもりはないようだった。
「ここに来たのはついでみたいなものだしな。この話は終わりでいいだろ」
そう言った堂上が小雛の方へと身体を向けた。
「今日は桜咲。お前に用があってここに来たんだ」
「え?私……ですか?」
なんだろう、と首を傾げた小雛が、無意識に六花を見た。
目の合った六花が、堂上の代わりに答える。
「ギルドからの共同の依頼よ。小雛。第七階層で発生した【