津久見の入店と共に、店内の雰囲気ががらりと変わった。
多数の客が一斉にはじめへと振り返り、熱の籠った視線を送っていた。
「あ、あの……なんかすごく見られてるような気がするんですが……」
「羨望の眼差しってところじゃないかな?」
「羨望……」
その視線の意味を理解できないはじめが、困惑の表情を浮かべて、周囲を見渡すと、ざわりと空気が揺れた。
───マジであれが元男?
───薬さえあればワタシも……!
───ずるいずるいずるい
はじめは羨望だけでなく、嫉妬の念も強く向けられている事に気付いて身の危険を感じた。
「津久見さん!十日ぶりですね」
「桜咲さん。この間はお世話になりました。こんな姿にはなってしまいましたが、桜咲さんのお蔭で新たな世界に一歩踏み出すことが出来ました。ありがとうございます」
「新たな世界……あ、いえいえ!私はそんな大したことしていないですからっ、頭を上げてください!」
二人のやり取りを楽しそうに見ていた湊が、いつもの如く、異空間から目当ての物を取り出した。
「はい、これ」
そう言って湊は取り出したポーションをはじめに差し出した。
「あぁ、やっと……やっと戻れる……!」
「……」
わなわなと震える両手で、大切そうにそのポーションをはじめが受け取った。
「それってもしかして」
青い色の液体が入ったポーションを見て小雛が呟く。
それを見ていた周囲の人間も「まさか」と騒ぎ始めた。
───おい!まだ開発中じゃなかったのかよ!」
───ちょっと!それ私に売って頂戴!言い値で払うわ!
ぎゃあぎゃあと騒ぎが大きくなる店内の様子も無視して、湊が店の後ろを指さして、はじめに言った。
「人前で飲むのもあれだから、裏で飲んで───あぁ……」
しかし、はじめは待ちきれないとばかりに、蓋を開け、湊の言葉を聞かずに飲み始めてしまった。
心配そうな雰囲気の湊を横目にじとーっと見ていた小雛は、その瞬間、嫌な気配を感じた。
ごくり、ごくりと一気に飲み干したはじめの身体に早速異変が起きた。
シュー、と身体から煙が立ち始め、はじめが期待に感嘆を漏らす。
「お、おぉ。あの時みたいに……!」
期待に満ちた表情のはじめだったが、中々大きくならない煙に気付くと怪訝な表情へと変化した。
「あ、あれ?前回はもっとこう……全身から一気に煙が」
全身から立ち上らない青い煙に違和感を覚えたはじめが、唯一煙が立っている一か所に目を移した。
「……まさか」
はじめは藁にもすがるような目で、湊に視線を送ると、その張本人はさっと、彼から目を逸らしてしまった。
「湊……さん……?」
誰にも聞こえない程度の小さな声で、藁を掴み損ねたはじめが、視線を一点へと戻す。
視線を下げたその先、はじめの股間がぽかんっ、と音を立てて爆発した。
「どわぁ!お、俺の股間がぁ!」
大きく広がった煙の中から聞こえる声は相変わらず女の声であった。
煙が晴れ、女の姿のままのはじめが、せき込みながら現れる。
「けほっ、けほっ。なにも元に戻れてないじゃないですか!」
何も変化を感じなかったはじめが、湊に詰め寄ろうとした時、周囲のざわつきに違和感を覚えて、立ち止まった。
「つ、津久見さん……それ……」
真っ赤な顔をした小雛が両手で顔を覆いながら、自分のとある一か所を指の隙間からちらちらと見ている事に気付いたはじめが、はっとして視線を自身の下半身に移した。
もっこり。
「こ、ここ、これって!」
はじめは久しぶりの感覚に、驚きながらも、感動に振るえる手で、自分のズボンをめくって、ぞれを覗き込んだ。
「って、デカぁ!!」
ジーンズの上からでもはっきりと分かるそれは、以前の自分のものとは比較にならないほど大きく、化け物級のサイズを誇っていた。
「ちょっと!これなんですか!絶対元の俺の物じゃないでしょ!」
絶叫するはじめに、湊は自分の顎に手を当てて、考え込み始めた。
「おいっ無視すんな若作りジジイ!ここだけ戻っても意味ないだろ!!全身を戻せよ!元の俺の一物も返せよ!」
「うーん。やっぱり
「豚鬼!?」
ちらっと聞こえた薬の素材の正体に、はじめの顔色が一気に青くなった。
「え、じゃあ、あれって豚鬼の……」
ちらちらと覗いていた小雛も、一気にゲテモノを見る目に変わる。
「ちょっ!桜咲さん!そんな目で俺を見ないでくださいよ!流石にショック───……」
ムクムク。
「な、なんで大きくしてるんですか!?」
「え!?ち、ちがっ、俺の意志じゃ!」
小雛が信じられない様子で、変態を見る厳しい目が、はじめに突き刺さる。
ムクムク。
「キャァァアアア!!どんどん大きくなるぅ!」
完全に目を背けた小雛が、腰の小刀を抜き放ち、その切っ先をそれに向けた。
「イィッ!洒落になっ───落ち着いてくださいよ!」
「あなたがそれを落ち着かせてください!」
「こ、これは俺の意志じゃないんです!多分元の
「や、やっぱり!お、男はみんなけだものだって親友に教わりました!間違いじゃなかった!」
「俺の言い方が間違ってたのは認めますから!刀を向けないでください!ちょっと!黙ってないで助けてくださいよ!マスター!」
尻もちをついて、切っ先から必死に後ずさるはじめが、ただ黙って考えにふけっている湊に助けを求めた。
はじめの声でようやく我に立ち返った湊が、状況を把握するために視線を巡らせた。
自分が上げた武器を片手に殺気を出す小雛の様子に首を傾げ、その切っ先を追い、それを見た湊がやれやれといった様子で首を振る。
「はじめくん……流石に公衆の面前でそれは……てぃーぴーおーっていうのが───」
「てめぇだけはそれを言っちゃだめだろうがよぉおお!」
尚もムクムクと膨らんでいくそれを横目に、悲鳴を上げた小雛が小刀を振り上げた瞬間、その怒張は完全に限界を迎え───
「へ」
───パァン
風船が割れるような音を立てて、弾けてとんだ。
「────ッッッッッ!!」
自分のアソコが吹き飛んだ衝撃と本能的なショックに、はじめはその場で気を失い、倒れ込んでしまった。
「キュー……」
「やっぱりだめだったか」
目を回して気絶したはじめの元まで歩いてきた湊は、目の前でナニが爆発したショックに呆然とする小雛の肩をトントンと叩く。
はっ、と気を取り戻した小雛に、湊がお願いをした。
「悪いけど、この子を裏まで運んでくれないかな。カウンターの裏の扉から僕の部屋に行けるから、そこのベッドに寝させてあげて欲しんだ」
「わ、わかりました」
「よかったらだけど、薬の影響が残ってるかどうかの確認もしてくれたらありがたいんだけど」
「それって、見ろってことですよね?」
「ほら、この子も今は一応女の子でしょ?男の僕が見るのは流石に気が引けるから」
湊のお願いに、小雛は複雑そうな表情を浮かべるが、湊が彼女のズボンを脱がして確かめる方が色々とまずいと判断して、首を縦に振って了承した。
小雛は気絶した彼女を抱きかかえ、湊に言われた通り、カウンターの後ろの扉から、彼の部屋を目指すことにした。
がちゃりと、扉を開けて奥へと消えていく小雛。
湊が店内の客の反応を伺ったが、流石に最後には爆発してしまう薬には興味がないのか、TSポーションを求めて買いにくる客はぱたりといなくなった。
それどころか、客層の殆どがTSポーションが目的であったため、一気に人がいなくなり、店内が静かになってしまった。
───たくっ、珍しくろくでもない効果がない薬だったから買いに来たのによ
───爆発するだけして、女になれないとか最悪な商品じゃないのよ
───TSポーションがないならこんな怪しい店で誰が買い物するかよ
───ギルドの正規店いこ
そんなことを口々に、客が次々と出ていくのを、湊はただ黙って見ていることしかできなかった。
潮が引いていくように店から出ていくと入れ替わるように女の声が聞こえてきた。
「おいおい、マジかよ。あんな扉からどうやってこんな所に出るんだよ」
「本当の事だと頭では分かってはいても、考えるのと体験するのとでは訳が違うわね」
「みんな痛いところとかない?回復スキルはいつでも使えるからね?」
「本当にあった都市伝説……!凄い。私、今本当に【DD】ショップの中にいるんだ……!」
初来店の女性四人組。
しかし、それは湊にも見覚えのある面々であった。