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第67話 【DD】ショップ再開

 小雛は今日も【DD】ショップに向かうべく、ダンジョンの隅で人気が周囲にないことを確認しながら、頭のブローチに手を翳した。


 すると何もない空間から木造の扉が現れた。


 「臨時休業終わってる!」


 昨日まで扉に貼られていた手書きのお知らせが、今日は無くなっている。


 小雛は喜びの声を上げて慣れた様子でその扉のドアノブを握り、期待に満ちた表情で扉を開く。


 扉の向こうには、暗い闇の中に歪んだ光が渦巻く異空間が広がっていた。


 小雛はそれに恐れ一つ抱くことなく足を踏み入れた。


 なぜか急に一週間以上も店が閉められていたため、小雛は今日【DD】ショップを訪れるのが実に十日ぶりとなる。


 その間当然、店主である湊に会う事が出来ずに、ますたー成分の離脱症状に悩まされていた小雛であったが、会えると感じた瞬間に脳内麻薬が分泌されて、若干の高揚ハイ状態になっていた。


 一気に気分の良くなった小雛が、久しぶりの【DD】ショップの床の感触を噛みしめて、ゾクゾクッ、と全身を震わせていると、いつになく騒がしい店内に目を疑った。


 「ひ、人が一杯いるぅぅううう!」


 久しい店内の風景は人に溢れ、小雛のイメージにあった物静かな湊との二人っきりの空間は消え去っていた。


 「回復ポーション一つください!」


 「100Dになります」


 「あの武器いくら?」


 「1500Dになりますが、お客さん少し足りないですね。あちらでしたらお買い求めいただけますよ?」


 「TSポーションひとつください!」


 「ただいま開発中です。もうしばらくお待ちください」


 「ファンです!ひょっとこの仮面ください!」


 「あれは別に売り物ではございません。竜の仮面でしたらいくつかございますよ?」


 「いや、それは別に要らないです」


 「は?」


 人がごった返した店内で、湊が珍しく忙しそうに接客を行っていた。


 湊が次々と客を捌いていく見慣れない光景に、小雛が自分の目を疑って擦るも、目に入る景色は変わらない。


 「ど、どうなってるの?どうしてこんなにお客さんが」


 「あれ、小雛ちゃんいらっしゃい。久しぶりだね」


 入店してきた小雛に気付いた湊が、声のトーンを一段明るくして彼女を迎えた。


 十日ぶりに聞いたその柔和な声に、小雛は飛びつきたい感情に襲われたが、今はあまりに人目が多いため、その気持ちをぐっと堪えた。


 「お、お久しぶりです、マスター!」


 小雛は元気よく湊へと駆け寄った。


 「どうして急に一週間もお店をお休みしたんですか!寂しかったんですよ!」


 本音を曝け出すマスクを着けて全世界に内心をリバースして以降、どこか吹っ切れた様子の彼女は、その好意を包み隠さなくなっていた。


 「はじめくんを元に戻す薬を作るために奔走していてね。小雛ちゃんには先に伝えておくべきだったよね」


 「まぁ、何となくそうかな?とは思っていましたけど……いつ頃再開するかぐらいは知っておきたかったです」


 小雛は湊から何も知らされていなかったため、毎日のようにダンジョンに潜っては人の少ない階層まで行き、人目のない隅で扉を呼び出して確認をする日々を過ごしていた


 そして数日前、遂に堪えきれなくなった小雛はダンジョンの外に出ると同時に泣き出してしまうと言う痴態を晒すはめとなってしまった。


 その後、かつての仲間と出会い、旧友と打ち解ける幸運には恵まれたが、それでも小雛が寂しい毎日を過ごしてきたことに変わりはなかった。


 拗ねて口を尖らせた小雛に、 湊は面の頬を掻いて困ったような様子を見せて、彼女の頭に優しく手を置いた。


 「ごめんね。なにせだったから」


 自分が帰った後に急に決まった事だったなら、確かにそれは仕方がないことだ。


 ただの客である小雛にそれを咎める権利など何一つないだろう。


 しかし、湊は自分が居る間にも津久見はじめの性別を戻すためにやれることはやると言っていたように思えるが、そうなると、彼の台詞に少しの違和感を覚える。


 そう考えた小雛ではあったが、すぐに彼女はその抱いた違和感を些細な事だとして、頭の隅へと追いやった。


 「それにしても凄い人ですね」


 「僕も少し驚いてるよ。曽我部君の事がきっかけになったのかな?とは思ってるけど」


 二人がこうしてやり取りをしている間にも、血相を変えた男性が息を荒げてカウンターへと乗り出した。


 「TSポーションあるかしら!!!」


 見るからに屈強な男だが、その強面の顔には厚い化粧がされており、見た目のギャップが激しく、小雛が目を見開いて驚いていた。


 「ただいま開発中です。もうしばらくお待ちください」


 湊の滑らかな返答に、厚化粧の男性が肩を落として店を後にした。


 「前回の事では小雛ちゃんにも迷惑をかけたからね。この数日間、なにも問題なかった?」


 「迷惑だなんて!私はむしろ助けられた側ですよ!それに問題どころかいい事もありましたし───」


 「───性転換する薬をくれ!俺にはもう親友を女にするしか童貞卒業の道は残されてっ────」


 「ただいま開発中です。もうしばらくお待ちください」


 またも、例のポーションを求める男が前のめりに湊に詰め寄り、会話が中断されてしまった。


 しかも、口から漏れ出したその男の欲望からして、ろくな使い道ではないだろうと、小雛は顔を顰めてその男から一歩足を引いた。


 男は求める物が店頭に並んでいないことを知ると、希望を失ってしまったかのような顔をして崩れると、遂には泣き出してしまった。


 小雛は声を掛けようかと、躊躇している間に、男は力なく立ち上がると、そのままとぼとぼと扉へと歩いて出て行ってしまった。


 「そっか、また変な奴らに因縁つけられたりしてるんじゃないかと思って少し心配してたんだけど、無事だったみたいで安心したよ」


 「マスターっ」


 店の外でも自分の事を考えていてくれていたという事実に、小雛の乙女心が刺激されて、嬉しそうな顔を彼に向けた。


 「聞いてください!昔一緒にパーティー組んでいた友達に出会ったんです!そしたら────」


 「男の子を女の子にできる薬があるって聞いて来たんだけど。一つ頂けるかしら?」


 女の声が割って入った。


 これで三度目だ。


 「ただいま開発中です。もうしばらくお待ちください」


 録音機器のように同じ言葉を繰り返す湊のその声には少しがっかりしたような声色が含まれていた。


 湊の言葉に少し残念そうな顔をした女だったが、先の二人の男ほどには落胆した様子は見せなかった。


 女は湊の仮面のその裏を覗き込むようにカウンターに垂れかかると、その豊満な胸を潰しながら、狙ったような上目遣いを湊へと向け始めた。


 「あらぁ~、残念ねぇ。可愛いボクくんに使ってみようかと思ってたんだけど……ねぇ、お兄さん。良かったらこの後二人でお茶でもしない?イイコトしてあげるわよ?」


 「────なっ、なななッ!」


 得物を前に舌なめずりをする女豹を目撃してしまった小雛が顔を真っ赤にして、その女豹に食いかかった。


 「ここはそう言うお店じゃありません!お買い物をしないなら帰ってください!」


 「あら、可愛くて素敵な娘。貴女も加わる?可愛がってあげる」


 「ふぇ!?」


 思いもがけない女の返しに、小雛が分かりやすく狼狽して見せた。


 まさか女豹が自分にも涎を垂らすとは思ってもいなかった小雛は、自分の知らない世界を垣間見て完全にフリーズしてしまった。


 「ふふっ冗談よ。店主さん、今度来るときには完成していることを願っているわ。それじゃあね」


 小さく手を振って背中を向けた女が、最後にちらりと小雛を横目で見て、ぽけぇとするその姿に小さく吹き出した。


 満足そうな表情をした女が店を後にした。


 「相変わらずというかなんと言うか……小雛ちゃん、あんまり真に受けちゃだめだからね?」


 「───えっ、あっ、はい!大丈夫です!私は至ってノーマルです!」


 その反応に不安を感じたのか、湊が小さくを溜息を吐いた。


 「お、来たみたいだね」


 湊は玄関扉の方へと顔を向けてそう言った。


 小雛も釣られて玄関を見る。


 開いた扉から、一人の女性が現れた。


 プリン頭に、鋭い目つき。


 大きめの緩いシャツにジーンス姿のその女性は、曽我部事件での最大の被害者とも呼ぶべき元・男性。


 現・女性の津久見はじめであった。


 「いらっしゃい、はじめ君。良くここまで無事に来られたね」


 「五階層までならなんとか一人で行けるようになりましたから。そんなことよりマスター」


 だぼだぼのシャツはところどころ汚れており、戦闘の後が伺えた。


 小雛は津久見がここまで魔物を倒しながら来た事にも驚いたが、そもそもダンジョンの中に入れている事にも驚いた。


 そんな小雛をよそに、はじめが鋭い目で湊を睨んだ。


 「薬……できたんでしょうね!マスター!」


 まるで犯人を追い詰めた探偵のように、湊に指を突きつけた津久見。


 今日のお客さんは皆、鼻息が荒いな、と小雛は思った。


 「…………デキタヨ」


 「よっしゃぁあああ!」


 はじめは念願の薬の完成にガッツポーズを見せ、湊はそんなはじめから顔を背けていた。


 小雛は察した。


 あ、出来てないなと。

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