目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第66話 和解は花の香り

 変な男との出会いと不思議な別れであった。


 狐に化かされたような気持ちになった『BLASH』であったが、そこに嫌な気持ちはなく、妙なやる気に満ち溢れていた。


 あの男の正体を問い詰めてやろう。


 やけに色のついた多額の報酬と、例のあの店で使えるというこのチケットの礼もまとめて言わせてもらおうじゃないか。


 そう胸に誓った四人が、第七階層を今日中にでも突破してやる勢いで、探索者ギルドへと足を踏み入れた。


 そして四人は思いがけない人物に出会う。


 「うぅ。一週間も臨時休業だなんて……どうして……どうして……」


 ダンジョンの入り口前。


 そこには膝をついて崩れるしなびれた女が一人泣いていた。


 帰らぬ人を待っているのか。


 一同はそう同情の念を抱いたが、よく見たら違うようだ。


 「マスター成分が足りない。声聞きたいよぉ……臭い嗅ぎたいよぉ……」


 四人はげっそりとした、変態味を感じる女を前に、関わるまいと距離を置こうとした時、六花がはっとしたような顔をして、その名を口にした。


 「小雛……?」


 六花の零した名前に他の三人もその女が誰なのかをようやく認識できた。


 「ほんとだ。雛ちゃんだ」


 「おいおい、なんかあいつ面白くなってねぇか?」


 「なんだか元気なさそう」


 元パーティーメンバーのやつれた姿を見た三人が小雛へと近づいた。


 「よぉ、こんなところで何やってんだ?桜咲」


 「……うぇ?……あれ?堂上さん?」


 しょぼしょぼの目を堂上へと向けた小雛の正気がしだいに戻り始めた。


 「えっと……大丈夫?小雛ちゃん」


 「入鹿さん……」


 「雛ちゃん元気?」


 「鑑さんまで」


 三人を見て立ち上がった小雛の顔が徐々に瑞々しいものへと変化していく。


 その様子に周囲の男たちはようやくその萎れた枯れ花が桜咲小雛だと気付き、どよめきが走った。


 「お久しぶりです!何か月振りですか!会いたかった!」


 完全に元気を取り戻した小雛の様子に三人がホッと胸を撫で下ろした。


 小雛の情報は探索者をやっていれば勝手に入ってくる。


 承認欲求の薄い彼女たち『BLASH』からすれば、小雛の巻き込まれた事件などただの面倒ごとでしかないが、当の本人は楽しそうだ。


 「大体二か月振りってところか?潜り始める時間も探索階層も違うっつっても、意外と鉢合わせないもんだな」


 「小雛ちゃんの活躍は耳に入っているよ。もう上級探索者認定されてもおかしくないんじゃない?」


 「配信見てる。今度モデレーター権限頂戴。アンチ撲滅するから」


 堂上たち三人と、小雛は久しぶりの会話に花を咲かせ始めた。


 そして会話の途中、もう一人の存在を探し、少し離れたところで目が止まる。


 「六花……」


 小雛と目を合わせた六花は、少し気まずげな様子で小雛へと近づき、三人に隠れるように立ち止まる。


 「小雛……その、久しぶり」


 俯いて目を合わせられない六花に、小雛は穏やかな表情で彼女の言葉に喜んだ。


 「会いたかったよ。六花」


 入鹿が相川に対して言った───パーティーとしては和解済みですから───


 この言葉の通り、『BLASH』と小雛の間に遺恨はない。


 半ば強引な手段で小雛を追い出すこととなったが、それは小雛も理解しているし、対話を重ね、互いに納得しあっていることでもある。


 しかし、個人的な蟠りの雪解けには至っていなかったのだ。


 『BLASH』結成以前から、二人で活動していた小雛と六花。


 他の三人よりも深い関係だからこそ、一度できた溝はそれだけ大きく、深いものになってしまうのだろう。


 「私も会いたかった。小雛の活躍、見てるよ」


 「ありがとう。私も六花たちの活躍は耳にしてる。第六階層で大暴れしてたんでしょ?次の階層もすぐに突破できそうだね」


 「うん。私たちはもうあの頃の私たちじゃないから」


 六花の口調はいつもよりどこか幼い。


 それは当時、二人で行動していた時の、大人になろうとする前の彼女の口調。


 自分の取った決断を、自分に納得させるために築いた、大人の仮面を被る前の彼女──本来の六花の素顔であった。


 少し怯えたような彼女に、小雛がそっと近寄った。


 堂上たちは自然と左右に分かれ、二人の道を静かに繋ぐ。


 目を合わせられずにいる六花の頬に小雛の手が優しく触れた。


 「私ね。今とっても楽しいんだよ。それはね。あの時みんなが……六花が送り出してくれたからだと思うんだ」


 「小雛」


 「ありがとう。私を送り出してくれて」


 小雛のその声はとても暖かい。


 けれど、六花には小雛のその言葉が、まるで突き放すような言葉にも聞こえてしまい、慌てて顔を上げた。


 だが、六花の思い浮かべていたような顔はなく、包み込むような優しい彼女の顔が、そこにはあった。


 「六花の髪、綺麗だね」


 そう言った小雛は、肩口辺りまで伸びた六花の髪を一房掬い、毛先をそっと指でなぞった。


 茶色の地毛から変わり始めた金色の毛先。


 上級探索者への兆しと言われるその変化に、小雛が待ち遠しいというように言葉を紡ぐ。 


 「すごいね。六花。私もまだなのに、もう『髪染め』が始まってる。これならあっという間に私より強くなれそう」


 「───ッ」


 小雛のその言葉に何かを飲み込んだ六花は、改めて自分の気持ちを言葉にした。


 「そうだよ、小雛。私たちはこれからもっと強くなって、上級探索者にだってなってみせる。だから──────」


 六花は真っすぐに小雛の目を見つめて、離さない。


 「──────待ってて小雛。小雛のいる所まで、私は行く。ううん、私たちみんなで小雛を迎えに行くから……もう、一人になんてしないから!」


 決意の籠った六花の宣言に、目を丸くして驚く小雛。


 その目の端がかすかに煌いた。


 六花の力強い言葉にお礼を伝えるように、小雛が彼女の頭を胸に抱いた。


 「────むぐぅ!」


 「待ってるよ。六花」


 久しぶりの友との再会。


 そして真の和解。


 二人の間にあった溝は埋まり始め、気まずい関係は終わりを告げた。


 「あっはっは!こりゃいいもん見れたな!」


 「よかったよぉ。二人ともぉ」


 「眼福。ここにキマシタワーを立てよう。国交回復記念」


 仲間としても気がかりだった二人の関係。


 その雪解けに、堂上が楽し気に声を上げ、入鹿は目元に涙を浮かべ、鑑がフラッシュを焚いた。


 「あー六花の温もりひさしぶりー。六花小さいから抱き心地いいんだよねー」


 「ちっちゃい言うな。牛乳ウシチチ


 六花が小雛の胸の中でくぐもった声で文句を漏らした。


 「あーこの匂いも懐かしい。スンスン。六花の匂いだー」


 「変態っぽい!そろそろ離せ!息苦しい!」


 「あー落ち着くースンスン。……あれ?スンスン……スンスンスンスン……」


 しきりに鼻を鳴らす小雛に、流石の六花も顔を赤くして彼女を引き離そうとするが、その力に敵わずより強く抱き留められてしまった。


 「ちょっと!なんでそんな必死に匂い嗅いでるのよ!ほんとに変態っぽいからやめなさい!」


 小雛のおかしな様子に六花の調子も元に戻ってしまった。


 しかし、なおも彼女の行動は止まらない。


 「ちょっと小雛!───ヒッ」


 バッと、遂に身体を離した小雛の顔を見て、六花が小さく悲鳴を上げた。


 そこには目を見開いてガンギマリになった小雛の顔があった。


 「匂いがする!!??」


 「こ、小雛……?」


 そして六花だけでなく、他の三人の匂いも嗅ぎ始めた小雛。


 その様子に四人が動揺し始める。


 「お、おいおい。急にどうした桜咲」


 「み、みんな見てるよ……小雛ちゃn────キャッ」


 「雛ちゃん積極的……どんとこい」


 小雛の奇行に六花たちだけでなく、周囲の人間もざわつき始めていた。


 中には鼻息を荒くする男どもの姿もあった。


 「マスターの匂いがする!!」


 血走った目の小雛が大きな声を上げると、思わずみんなの肩がびくりと跳ねた。


 「さっきまで男の人といませんでした!?」


 「お、おぅ。さっきまで相川って男と一緒にいたが、多分お前の言う『マスター』とは違うと思うぜ?」


 「……相川。いやまさか……」


 深く考えこみ始めた小雛に、堂上はその小雛が言う『マスター』が誰なのか大方見当がついた。


 しかし、堂上が知るその『マスター』と相川は、彼女たちにとっては決してイコールで結びつく存在ではなかった。


 そうなると、小雛が反応した匂い。


 それは一つしかないと、堂上は一枚の紙を取り出した。


 「それってこれのことじゃないか?」


 相川から貰った”あの店”で使える割引券。


 当然、その『マスター』の匂いが付いていてもおかしくはないものだ。


 そんな匂い、普通は人間が嗅ぎ分けられるものではない筈だが、小雛も凄腕の探索者。


 それぐらい出来てもおかしくないかもしれない。


 堂上はそう自分を無理やり納得させて割引券を手渡した。


 「これはマスターのお店の割引券!?こんなものが出来てたなんて私知らない!────あぁああ、会いたいよぉぉマスターぁあ!!」


 小雛はチケットを抱きかかえるようにしてその場に泣き崩れた。


 堂上、入鹿、鑑の三人は呆れたように困っていたが、さっきまで感動的な再開を果たしたはずの六花は、自分の時より会いたそうにしている小雛のその姿に、複雑そうな表情を見せていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?