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第65話 割引券

 「ダメでした……」


 探索者御用達高級レストラン『酒場』のテーブル席に、見た目の麗しい妙齢の女性四人と、突っ伏して項垂れる様子の男が一緒に食事を摂っていた。


 テーブルに所狭しと並べられたお皿の量は、以前の食事に比べかなり多く、容赦や慎みといったものを一切感じられなかった。


 テーブルの地肌が殆ど見えなくなって宴会状態のようになったこの食事の会計はもちろん相川持ちだ。


 心なしか、値段の張るものばかりな気がした相川は、一瞬自分のスマホを覗いて残高の確認をしたほどだ。


 彼女たちは遠慮と言うものをあの第六階層に置いてきたらしい。


 「あーいくら手を洗っても臭いが落ちた気がまっったくしねぇや」


 「……すみません」


 「ほんと、相川さんはもう少し常識のある人だと思ってたわ」


 「……すみません」


 「せめて事前に説明してくれてればなーって、あはは……」


 「……すみません」


 「どうして私が頼んだ和牛メンチカツに手を付けてるの?よこせ」


 「……すみません?」


 時折文句を交えながらも基本黙々と進んでいく彼女たちの食事。


 どうやら彼女たちは、まさか自分たちが豚(半分人)の去勢をさせられるとは思っていなかったようで、決して乙女にやらせるべきじゃないその所業にかなり憤っているようだった。


 特に執刀した堂上の怒りは凄まじく、あの後また、かなり追い掛け回される羽目となった。


 そのため相川は昨日から彼女たちに謝りっぱなしであり、そして謝罪のために今日もこの高級店で奢るはめとなったのであった。


 しかし、相川がこうしてテーブルに突っ伏しているのはそれが原因というわけではない。


 彼はそこまで小さなことを気に掛ける器ではないからだ。


 無神経とも言う。


 「言ってたアイテム作りか。幻の素材は手に入ったんだろ?それでだめだったのか?」


 相川が豚鬼の釣り竿を求めていたのはアイテム作りのため。


 それでここまで落ち込むということは単に作成に失敗したか、まだ材料が足りないかの二択だろう、と堂上は考えた。


 「……足りなかったんです」


 「あー、そうか、なんだ?他のがまだいるのか?それとも本数が足りないとかか?」


 堂上は無意識の手に取ったフランクフルトに嫌な顔をして、それを六花の皿に移した。


 「サイズです……」


 「あ?……なんだって?」


 堂上は耳を疑い、六花もまた険しい顔をしながらフランクフルトを手に取って固まった。


 「あれじゃ足りなかったんです!もっと大きな釣り竿じゃないと使えないようなんです!」


 爆弾発言に、堂上が目を丸くしてわなわなと震え、入鹿が少し顔を赤く染め、六花が手に取ったフランクフルトを見て「これより……!」と言葉を零して顔を青くした。


 「つまり──────すごい釣り竿じゃなきゃだめってこと?」


 「そうなんです!」


 「莉緒ちゃん!?それアウトじゃない!?」


 「はい。あの豚鬼のものはせいぜい”いい釣り竿”。もっと大きな豚鬼を狙わなければならないんです」


 「相川さん!?」


 入鹿が赤い顔であたふたとする中、沈黙していた堂上が低い声で話し始めた。


 「言っとくが、オレたちはもうあんたの無茶には付き合い切れねぇからな」


 「涼ちゃん……」


 リーダーとしての表情を見せた堂上に、入鹿が心配そうに彼女の顔を伺った。


 「勘違いすんな。確かに何の説明もなしに急にあんなことやらせたあんたを、女としてムカついてるってのはあるが、それとこれとは関係ない」


 堂上は未だに手に持ったフランクフルトでサイズを確かめようと四苦八苦している六花の手からそれを奪い取り──────


 「あっ……」


 ──────半ばまでを一気に噛み千切った。


 「……おぅ」


 その豪快さに何を感じたのか、相川が股間を抑えて縮こまる。


 どういう訳か痛そうだ。


 「あの豚鬼でも普通の奴に比べて苦戦したんだ。それよりももっとでかくて強力な奴を相手にしなきゃいけないっつーんなら、パーティーリーダーとしてそれだけは許容できない。普通に倒すだけならまだやりようがあるかもしれねぇが、またアレをやるために制圧しなきゃならねぇんだろ?そうなると、相手の力次第だが、パーティーを危険に晒す可能性がデカくなる」


 堂上の言うことはもっともだ。


 パーティーの全員が同じことを大なり小なり感じていた。


 「堂上……」


 もし、堂上が金に釣られるなり、躍起になって相川の依頼に乗ることになれば、六花が代わりに話を断っていた。


 それだけ堂上の判断は間違っていなかったのだ。


 「それに、これ以上第六階層で足踏みしているわけにはいかねぇしな。言ったろ?迎えに行かなきゃいけない奴がいるってよ」


 残りのフランクフルトを頬張り、「うまい、うまい」と咀嚼しながら、仲間をみる堂上。


 皆、思いは一つだった。


 「そういう訳だ。ごちそうさん相川。最終日とは言え、途中で依頼を放り投げるんだ。残りの報酬は……最悪なしでもいいさ。出るぞお前ら」


 金よりも味方の命。


 リスクの大きい利益より、命の危険を遠ざける損失を、彼女はとった。


 その判断に皆、否やはなかった。


 「短い間だったけど、楽しかったわ。紅茶、美味しかった」


 「相川さんの願いが叶うことを及ばずながらお祈りしております」


 「七不思議のひとつが証明?されたところが見れて嬉しかった。ドロップじゃなかったけど。……ありがと」


 そう言って三人も立ち上がり、堂上の背中を追う。


 彼女たちの顔にもまた、報酬に対する未練は感じられなかった。


 「待ってください」


 相川が彼女たちを呼び止める。


 「持って行ってください」


 そう言って、相川は堂上の元まで歩き、それを手渡した。


 「良いのか?こっちの都合で依頼を途中放棄したオレらに報酬を手渡して」


 「良いんですよ。敵の想定が上回ったんですから、それはこちらの落ち度です。それに私も楽しかったので」


 にこやかに笑う相川に堂上がはにかんだ。


 こうやって見れば、彼女も他の三人に引けを取らない美人だと知ることができる。


 事実、周囲の男の何人かは棘のない今の彼女の姿に見惚れているほどだ。


 堂上が受け取った小切手を見て呆れたような顔をした。


 「おいおい、金額まで最初の提示額より多いじゃないか。どこまでお人好しなんだよあんたは……ん?」


 金額の増えた小切手の裏にもう一枚何かがあることに気付く。


 「これは……まさか、あんたこれ──!?」


 竜の面が書かれたチケットのような紙。


 それには『30%OFF!!』と大きく書かれていた。


 「職業柄色々なコネがありまして。その一人から偶然貰い受けたんです。どうやらダンジョンの中で時々見つけられる”お店”の割引券らしいです。あなた方のになる商品ばかりですので、是非ご来店ください」


 ニコリと浮かべる営業スマイルに、堂上たちが彼を食い入るように見つけた。


 「あんた……一体何者……」


 「僕はただのしがない【生産職クラフトクラス】の探索者ですよ」


 そう言って目を細めた相川が六花に流し目を送る。


 「……え」


 その意味深な目に一瞬、意識を奪われた彼女の胸がドキリと跳ねた。


 「それではまた。ダンジョンのどこかでお会いできることを願っております」


 いつの間にか会計を済ませていた相川が、店の玄関口を開けると、丁度入ってきた団体客に紛れ、姿が消えた。


 「ちょっ、まだ聞きたいことが───!」


 慌てて団体客を掻き分けた堂上が一歩、店の外に出る。


 しかし、そこにはもう、あの男の姿はどこにもなかった。


 「あんたは一体……はっ、考えても仕方ねぇか。ダンジョンに関わってればどうせまたどこかで会えるわな」


 あの男が言っていたことだ。


 ──────ダンジョンのどこかで会えることを


 その時に、意味深ぶった発言の真意を強引にでも聞き出してやればいい。


 堂上は、妙に胸の奥からやる気が湧いてくるのを感じ、仲間に発破をかけた。


 「おいっお前ら!今日は第六階層をさっさと突き抜けて第七階層の攻略だ!気合入れてけ!」


 堂上の力強い声に三人の声が続いた。


 『BLASH』の快進撃は今日この日から始まるのだった。


 ◆


 ダンジョンギルドのある建物の屋上に、一つの人影があった。


 屋上の強い風にローブをはためかせ、男は出てくる四人の女性を眺めていた。


 「ふぅ……」


 夏が近づいてきた暖かな空気の中、男の口から湯気が立つ。


 蜃気楼のような景色の揺れを起こしながら、男は一つの達成感に満たされていた。


 「ようやく見つけた」


 暗闇で男の目元は伺えない。


 しかし、その視線の先はどこなのか大方の検討はつく。


 それは先ほどまで一緒にいた四人の女の一人。


 男はその女をじっと見つめていた。


 男の背後で何かが開く音がした。


 それは”扉”。


 何もない所に現れた、男の”世界”に繋がる異界の扉だ。


 男は最後に振り返り、その女をちらりと見ると、扉の奥へと姿を消した。


 扉は音もなく、この世界から消え去った。


 男が息を吐いたその空間に依然、熱を残したまま。


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