「ようやく見つけたぜ。
普段よりもその数が少なく感じる豚鬼。
ここまで
出てきた数は僅か一体。
連日に渡って豚鬼を狩ってきた彼女たちにとって、今更一体程度現れたところで、然程怖い敵ではない。
後衛の支援がなくとも、堂上と六花の前衛二人だけで十分戦えるまでに成長していた。
そこに魔術スキルによる火力支援が加われば、戦闘はあっと言う間に終える。
ここまでくれば回復支援も必要がなかった。
『BLASH』の対豚鬼戦の戦闘経験値はそれほどまでに積み重なっていた。
今回も堂上が豚鬼の腹に戦斧をお見舞いして戦いの主導権を握ろうとしたその時、堂上が豚鬼の違和感に気付いた。
「おい!こいついつもよりでかいぞ!」
切迫したリーダーの声に、三人の表情が切り替わる。
即座に六花が威嚇射撃を行い豚鬼の足を縫い留め、堂上の体勢の立て直しの時間を稼ぐ。
鑑は何時でも魔術を放てるように準備を整え、入鹿が後方から情報を集める。
「確かに、普通の豚鬼より頭一つ大きいです」
本来、ダンジョンの魔物は大量生産品のような画一的な見た目をしており、同種の個体差は殆ど見られない。
豚鬼に関しても僅かな違いは度々あれど、ここまではっきりと大きさの違う豚鬼は初めてだった。
「あれです……あれです!みなさん!あれを動けなくしてください!」
珍しく口を挟んできた相川のその言葉に四人が目を剥いた。
「動けなくするって……あれを捕まえろってか!」
堂上が大きな豚鬼を観察しながら、驚きに声を荒げる。
「倒すならまだしも、捕まえるって……どうすんのよ」
六花もあれの身動きをどう防ぐのか思考を巡らせるが、そんな都合の良い答えは出てくるはずもなかった。
「みんな!無茶しちゃだめだからね!危なくなれば逃げる事も視野に入れて!」
方法は他の三人に任せ、入鹿が冷静な判断をパーティーへと伝えた。
「命大事に。死んだら元も子もない。……けどすっごくおっきいね」
見慣れたはずの豚鬼だが、今四人の前に立つその豚鬼の威圧感に、離れた位置にいるはずの鑑まで気圧されてしまいそうだった。
「まぁ、命が大事ってのは言われるまでもねぇが、戦う前から逃げ腰になるのは面白くねぇ。もしもの時の判断は後ろのお前らに任せる。オレはまず、一当たりかますぜ!」
堂上が戦斧を構え豚鬼へと突っ走る。
敵の力量を測るための脳筋染みた正面衝突だ。
後ろの仲間を信じていなければできない芸当だった。
その不安が的中するように堂上よりも圧倒的に長いリーチを誇る豚鬼のこん棒が先に彼女を襲う。
「【
キリキリと、限界まで引き絞られた弓から、通常よりも数倍の威力を持った矢が、豚鬼のこん棒を叩き、堂上から軌道を僅かに逸らした。
でかした───その言葉は戦闘の只中で飲み込まれ、声になることはない。
だが、堂上のイキイキとした表情がそれを雄弁に物語っており、彼女の背中を見守る六花にも十分に伝わっていた。
こん棒の軌道が回避不能なゾーンから逸れた瞬間、堂上が豚鬼の攻撃を掻い潜り、肉薄。
相手の懐に潜り込んだ堂上が斧を振るう。
生来の体格の良さと、【戦士】のクラスが持つ肉体能力の大きな上昇補正が齎す彼女の斧撃は、中級探索者の中でも屈指の威力を誇る。
その一撃を、六花がこじ開けた豚鬼のどてっぱらにぶちかまそうとした時、堂上の脳裏に相川の言葉が過り、即座に斧の軌道を変えた。
腹から足へ。
若干無理な態勢を取る事になったが、それは持ち前の体幹の強さで補い、斧撃が足を砕くに至る。
バランスを崩した豚鬼だったが、しかし、崩れ落ちることはなく、その場になんとか踏み止まり、怒りの咆哮を上げた。
身体を朱に染めた豚鬼は、筋肉を怒張させ、さらに大きく膨らんだ。
怒りに任せてこん棒を横に振り払う豚鬼。
堂上はまるで野犬のように地に伏せ、豚鬼を攻撃をやり過ごすと、踏み潰すように上げられた足を見て、冷や汗を掻いた。
「やっべ」
「【
堂上を踏み潰そうとする豚鬼の上体を強い風が襲った。
鑑の放った低コストな風の魔術スキル。
威力は低いものの、相手の体勢を崩すには丁度いい選択であった。
足にダメージを負う豚鬼は踏ん張りが効かずに身体を後ろへと傾ける。
「ほらよ。足貸してやるよ」
堂上の前蹴りが、倒れかける豚鬼の腹を力強く押した。
弾くようにではなく、体重を乗せるように。
たまらず体勢を完全に崩した豚鬼がその場に地面を揺らして倒れ込んだ。
立ち上がろうと手を突いた豚鬼に六花の矢が連続して突き刺さる。
地面に手のひらを縫い付けられた豚鬼が悲鳴のように絶叫をあげた。
「おいっ!こっからどうすんだ!止めを刺すなら今だぞ!」
地面に縫い付けられた豚鬼だが、負傷した足も手も、次第にその傷を塞ぎつつあった。
後少しでもすれば、傷は完全に塞がり、第二ラウンドが始まる。
そうなれば既に手札を数枚見せているこちらが不利になる。
そうならないためにもリーダーである堂上は、仲間の安全のため、止めを刺すべく斧を振り上げようと、腕に力を込めたその時───
「大丈夫ですよ。もうその豚鬼は動けないですから」
「なに?」
堂上が豚鬼に視線を戻して注意深く観察した。
良く見ると、豚鬼の手は自由になり、脚も立つには十分な程の回復を見せていたが、一向に豚鬼は立ち上がれずにいる。
「どういうことだ?」
手のひらが地面から浮き、脚も自由に動いているというのに、豚鬼は地面でもぞもぞと身体を捩じらせているのみ。
「倒れる瞬間、背中にトリモチ投げ込んでおきました」
「トリモチってあんた」
───豚鬼を捕まえられるほどのトリモチってなんだよ。
───それどころかいつの間にそんなものを投げたんだ。
堂上は内心でそう突っ込みながらも、今はそれどころではないと、意識を切り替えた。
「……で、どうすんだよ、こっからよ」
堂上は腑に落ちない部分は多少あれど、なにか案があっての事だろうと、相川の指示を待った。
「渡した短剣ありましたよね?とりあえずそれを出してください」
「あ?あんな短剣でどうすんだよ。まさかこれで止めを刺せばレアドロップ確定とかそんな感じか?」
堂上がこんなので止めを刺すのは大変だな、と小さな短剣の握り心地を確かめていると、相川が慌てたように短剣を振り上げた堂上を制止し、説明を再開した。
「違います。間違っても殺さないでください。それは戦闘用の短剣ではなく──────剥ぎ取りようなんです」
空気が一瞬、凍り付いた。
「え、剥ぎ取りって……え?」
「……」
「うぷっ」
六花が困惑し、入鹿は顔面蒼白、鑑は自分の想像に吐き気を催していた。
「剥ぎ取りってぇと、お前あれか?アレをあれしてあれするってか?」
「はい。アレをあれしてあれしてください」
長い沈黙が訪れた。
豚鬼も心なしか聞き入っているようにも見える。
「てめぇ!!ふざけてんのか!!最初はオレの仲間狙ったセクハラ野郎だと思ってたが、オレを狙ったセクハラ野郎だったか!!ぶっ殺してやる!!」
般若に変じた堂上が、短剣を逆手に相川を襲った。
「まずお前の粗末なち〇ぽから先にはぎ取ってやる!!」
殺意剥き出しの堂上に、相川が血相を変えて逃げ回る。
しかし、彼のその雰囲気はどこか楽しそうだった。
「ぜぇぜぇ。【
逃げおおせた相川が、申し訳なさそうな表情で、堂上に謝罪しつつ、やってくれるように頭を下げていた。
「本当に嘘じゃなく、これで剝ぎ取れるんだな。必要な事なんだよな」
堂上は相川がからかっているのでもなく、セクハラをしているわけでもないことを理解して、渋々といった様子で彼の要求を呑むことにした。
「そんなのほんとにできるの?」
六花は説明を聞いた後でもかなり疑心暗鬼の様子だ。
それも当然、魔物は倒した際にランダムで体の一部や魔石をドロップする。
それは常識だ。
しかしこの短剣はその常識を真っ向から否定するアイテムだったからだ。
「信じられませんけど……やってみるしか」
入鹿も嘘を吐いているようには見えない相川の様子に、一端信じてみるが、気持ちが追いつかない様子だ。
「本当だったらとんでもない発明品……でも……うぇぇ」
冗談でないことの方がなお酷い、と鑑の想像の解像度が上がってしまった。
「くそっ、おい!お前らぜってぇ見んなよ!」
堂上はそう言って豚鬼へと歩みより、腰蓑を取っ払った。
堂上が呻き、相川が苦しそうに目を逸らし、他の三人が顔を手で覆う。
そして、青い顔をした豚鬼が振り上げられた短剣の意味を悟り、悲鳴を挙げた。
──────その日、第六階層にて聞きなれない断末魔を聞いたという探索者が後を絶たなかった。
魔物の突発変異『
ギルドは二年前の悲劇を繰り返さないためにも、これからの動向を見守ると言う。
余談ではあるが、その日、絶望に染まった表情の『BLASH』のメンバーたちと、やや内股気味で青い顔をした男がダンジョンから出てきたという情報も上がっていた。