『BLASH』が相川から依頼を受けて既に6日が過ぎていた。
その間に多くの
ギルドフロント内にあるダンジョンの入場口に、『BLASH』の女四人と、一人の男がいた。
「今日含めて後二日だが、これ……大丈夫か?」
「大丈夫です!今回はきちんと対策を立てて来たので!」
「対策?」
なんだ?と疑問に感じた
「これです!」
自信満々に取り出したそれは、小ぶりな短剣だった。
六花の腰に下げられた戦闘用の予備の短剣よりもさらに貧相なサイズのそれは、お世辞にも戦いに向いているようには見えない。
「説明は後でします。堂上さんはとりあえずこれを持っていてください」
「お、おおう。オレで良いのか?」
短剣なら自分よりも六花の方が適任ではないかと感じた堂上が確認を取るが、相川はにこやかに笑うだけで何も応えず、ただ首を縦に振るだけだった。
「戦闘では使いませんので心配しないでください」
相川をそう言って彼女に短剣を手渡した。
「今日はお望みの物が出ればいいわね」
六花は相川に向けてそう言うと、入場口に身体を向けて、修道女のように祈り始めた。
「
相川はその行動を不思議に思い、六花に尋ねる。
「見ての通りお祈りよ。今日もみんな無事に帰れますようにって」
目を瞑りながらも、六花はそう口にした。
「私も一応神官職なので、六花ちゃんの真似をし始めたんですよ?」
ローブ姿の入鹿のその姿はまさに、神官服然としていて様になっていた。
「迷信。でも馬鹿にはできない」
二人に倣う様に
「馬鹿らしい。神に助けて貰う前にオレが先に助けてやるよ。ほら、他の奴らの邪魔になるからさっさと行くぞ」
「イケメン過ぎて濡れる」
「ちょっと莉緒ちゃんっ、女の子がそんな事言わないの!男の人もいるんだから!」
「うちのリーダーの方がイケメン」
「おい、オレは立派なレディだぞ。まぁ悪い気はしないがな!」
胸を張って高笑いし始める堂上に、鑑も一緒になって笑い始める。
「わっはっはっはっはー」
そのどこかわざとらしい鑑の物まねに入鹿が呆れて頭を抱えた。
その間も、六花は熱心に祈り続けている。
それはまるで敬虔な信徒のような姿にも、相川の目には映った。
「さぁ、今日もダンジョンへと参りましょうか」
ようやく祈りを終えた六花が顔を上げ、準備が整った五人がいざ入場しようとした時、後ろから男の声がかかった。
「やぁ、今日も皆綺麗だね。これからダンジョン探索かい?」
鼻に付くようなキザな声に女性陣が振り返ると、その男を見た四人が一斉に嫌そうな顔をした。
「げっ」
「はぁ……」
「えっと……零院さん……でしたっけ?」
「違う。田中茂治」
後ろから声を掛けてきたのは上級探索者として有名で、なおかつイケメンという事で女性からも人気を博していた男───田中茂治であった。
火竜事件以降、その人気はやや陰りを見せ始めているが、依然としてファンは多い。
「私の事は親しみを込めて零院の方で呼んで欲しいな。鑑 莉緒ちゃん」
「うおっ、ぉぉぉ……」
ぞぞぞっと背中に寒い物が走った鑑がその気持ち悪さに身体を震わせながら一歩退いた。
「特に、同じ
くるりと立ち位置を変えた田中は堂上の前で跪き、その手を取ると流れるような仕草で口付けをした。
妙に様になっているその姿はまるで騎士のようだ。
フロント内の周囲の女性が少数、黄色い声を上げていた。
「気色悪いんだよハゲ」
麗しの君からの騎士への返答は拳骨だった。
「あぎゃっ」
純戦闘職かつ最近めきめきと実力をつけ始めた堂上の拳骨は、例え上級探索者でもバカにできない威力があり、田中は彼女の拳に情けなく沈んだ。
「ほらこんな奴放ってさっさといくぞ」
「まっ待ってくれ!せめて今度一緒にお茶でも!」
立ち上がった田中は堂上へと縋るように手を伸ばして叫ぶ。
それを見ていた周囲の女性ファンの目も白くなり、こうしてまたそのファンの数を減らすのだった。
「変な奴にモテるね。涼子ちゃん」
「やめろ。気にしてんだ」
四人が田中を置いてそのまま過ぎ去ろうとするが、田中はなおも縋る。
「六花君!!君も彼女になにか言ってくれ!」
「……なんで私が」
心底嫌そうに、田中を見る六花。
その表情は氷のようであった。
「あ、あぁ……」
置いてかれた田中が一人無念に肩を落とす。
その姿は晴れやかなイメージの上級探索者とはかけ離れたものだった。
そんな田中の肩をとんとん、と誰かが叩く。
「む。君は確か最近彼女たちに近づいているとかいう【
「邪魔だよ?早く退いてくれるかな?」
「────あ、はい」
いつか繰り返した言葉が口を突いて、反射的に通路の端に移動する田中。
そのまま、男が自分の横を過ぎ去るのを田中は無表情でじっと眺めた。
「……あ、あれ?どうして私は」
田中が無感情なイエスマンから立ち直った頃には、その男は既に見えなくなっていた。
「……思い出すのはやめよう」
田中は封印したかつての
◆
入場前に小さないざこざがあったものの、探索自体は順調だ。
日に日に狩りの効率が増していく『BLASH』は、前日の討伐数を早速塗り替え、連日の新記録を叩き出していた。
「これじゃ、荒し認定されちまいそうだな」
人が少なくなってくる第六階層とはいえ、これだけレベル適正外のパーティーが物凄いスピードで魔物を狩りつくして行けば、狩りに炙れたパーティーから苦情が出てきてもおかしくはなかった。
「それはまぁ、あれじゃない?」
六花が指を差すと、そこにはすれ違った探索者に何かを手渡す相川の姿があった。
丁寧にお辞儀を交わし、和やかな雰囲気で別れた相手パーティーはどこかホクホク顔だ。
戻ってきた相川に、堂上が聞く。
「あんたなにをやりとりしてたんだ?」
「ここの狩場を独占しているようなものなので、他の探索者の方々への補填として粗品をお配りしていました」
「粗品……?」
堂上の疑問に答えるように相川がバッグから瓶を取り出した。
それは緑色の液体───つまりポーションだった。
マナー違反、暗黙の了解を破る自分達へのお目溢しのための交渉材料であった。
「つまりは賄賂」
「嫌だなぁ、鑑さんお人が悪い。ただの等価交換ですよ」
「等価交換……。でもこれかなり高価なポーションじゃないですか?」
堂上の受け取ったポーションを見た入鹿がその価値に気付く。
「皆様の邪魔をするわけですから、これくらいの気持ちは当然ですよ」
「にしたって、あんたこれ」
堂上は瓶を揺らして揺れる液体を見ながら呟く。
少なく見積もっても、この階層をメインに活動をする探索者では手の出ない等級の代物にしか見えない。
「そりゃ、文句の一つもでないわけね」
六花がこれまでギルドや周囲の探索者からクレームが来なかったのはこれのお蔭か、と得心を得た。
「どうせですからそのままおひとつどうぞ」
「お?いいのか?これを貰ったからって報酬金額を負けるつもりはないぜ?」
「もちろんそんなつもりはありません。これは私からの感謝の印だと思って受け取ってください」
「ははっ、こりゃほんとにありがたいな。上等なポーションが一つあるだけで安心感が違ってくるからな。サンキューな、相川」
堂上はお礼を言うと、ポーションを六花へと手渡し、受け取った六花がそれをポーチの中へとしまいこんだ。