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第62話 実はすごいって忘れてない?

 「小雛ちゃんですか」


 「なんだぁ、あんたもあいつのファンか?好きだよなぁ、男ってのはあんな感じのおぼこい娘」


 堂上が食傷気味な様子を相川に見せた。


 「別にファンって訳ではないんですが、もしかして仲が悪かったんですか?」


 元パーティーメンバーというと、何かがきっかけで彼女が離脱したという事になる。


 相川の鋭い指摘に堂上が少しだけ驚いたような顔をした。


 「結構踏み込んでくるね」


 堂上が感じたことを鑑が代弁する。


 それだけ相川の言葉は一般的には無遠慮な類のものになるだろう。


 物腰の柔らかい態度を見せて来た相川だからこそ、思いがけない言葉に、堂上含めた彼女たちは大なり小なり驚いたのだ。


 「でも安心してください。確かにひと悶着はありましたが、和解済みですから」


 「そう……ですか。すみません。答えにくいことを聞いてしまって」


 相川がそう謝ると、両者の間に妙な気まずさが訪れる。


 少しの沈黙の後、堂上がそれを打ち破った。


 「勘違いされちゃ困るから言っとくがよ。俺たちは別に小雛のことを嫌っちゃいねぇよ。ただ、実力が違い過ぎただけだ。あいつの成長スピードについていけねぇオレたちが、あいつの足を引っ張らねぇように、別々の道を行くことに決めたんだ」


 堂上の表情に後悔の色は見られなかった。


 彼女の言う通り、今の小雛の力量と、彼女たちの力量には大きな隔たりが存在している。


 一緒に行動を続ければ、その差異はいずれ大きなひずみへと繋がる───それは、見る者が見れば明白だった。


 「雛ちゃんは、魔物に怯えなくなってから急激に強くなった」


 鑑が両手に握る紙コップに視線を落とす。


 彼女の瞳が赤褐色の表面に溶け込んだ。


 それは当時の記憶を思い返しているかのような言葉だった。


 「小雛ちゃんは元々ユニーククラスな事もあって、身体能力もスキルも最初から強力でした」


 当時を懐かしんでいるのか、紅茶に意識を溶け込ませて帰ってこない鑑の代わりに入鹿が話し始めた。


 数百人~数千人に一人の確率でしか選ばれないユニーククラス。


 どれもがその名に恥じる事のないクラス性能を有している。


 最初から積んでいるエンジンが違うようなものだ。


 「ですが、新人探索者の殆どに言えることですが、生き物を傷つけることに慣れていなかった当時の小雛ちゃんは、私たちの中でも一番弱い存在でした」


 魔物を倒す事が出来なければ、当然強くなることはない。


 「でもある日突然、彼女はそれを克服したんです」


 別に珍しい話ではない。


 何事にも初めてや、きっかけというものがある。


 探索者が何かをきっかけに、魔物を倒せるようになったという話はどこにでもあるような話であった。


 「を終えた後の小雛ちゃんの成長スピードはとんでもありませんでした」


 魔初め───初めて魔物を倒した探索者に贈られる言葉。


 所謂童貞卒業のような俗語だ。


 「あいつがすげぇのはユニーククラスだからってだけじゃねぇ。視野の広さや戦闘勘っていった人間性能って言われる所にあいつの真価がある。事実あいつはあまり【スキル】を使わない。【スキル】の存在を最後の手段として捉えてやがる。そんな奴、探索者じゃ極稀だ」


 【スキル】は本人の実力に依存しない。


 そのため、全くの素人が型も知らず、それに必要な筋力が足りずとも、理想的な技の再現を可能とする───それが【スキル】だ、


 故に探索者は皆がそれを積極的に使うし、上級探索者の先達たちもそれを強く推奨している。


 そっちの方が圧倒的に早く強くなれるからだ。


 つまり、ゲームで言う所のプレイスキルよりもさっさとレベルを上げろ、という事になる。


 「オレも極力【スキル】に頼らない戦い方をしているつもりだが、それでもあいつほど上手く立ち回れねぇ。正直なところ、当時は悔しくて仕方なかったぜ。こっちは小さい頃から格闘技に触れて、世界大会にまで出場してるってのによ」


 堂上の思わぬ経歴に、ずっと穏やかな表情をしていた相川も流石に驚いたようだ。


 じっと彼女の顔を伺っていた。


 「涼ちゃんの言う通り、小雛ちゃんは高い身体能力と、戦闘の上手さだけで、私たちと互角……いえ、ごめんなさい。明らかに格上でした」


 皆、思う所があるのだろう。


 探索者としてのプライドに男も女も関係ない。


 命を預けあう対等な関係の中で、明らかに他より負担を負う人間がいる事、助け合いたくても、結果的に思う様にいかないもどかしさ───そして悔しい気持ち。


 だからこそ───


「だからこのパーティーから追い出したのよ。小雛のレベルに合わせれば私たちがおんぶに抱っこで強くなれない。私たちに合わせれば、小雛の足を引っ張ることになる。だから別れよう───って私が小雛を追い出したの」


 ようやく長い沈黙を破り、六花の口が開いた。


 平静を装っているのか、彼女の表情は硬く、その内心は伺えない。


 「だから前衛が堂上さん一人だけだったんですね……でもどうして」


 相川がどこか納得がいった様子で頷いた。


 四人パーティーで純前衛が堂上一人、というのはバランスの悪い構成だ。


 六花が中衛に入り、都度堂上をサポートする動きでその穴を埋めてはいるが、彼女も本来は後衛職。


 実質一人で前線を支えている堂上の負担は非常に大きいはずだ。


 それなら他に誰か、前衛を仲間に引き入れるのが最適解のはずではあるが、その手段を彼女たちはとっていない。


 「決めたんです。私たち四人で小雛ちゃんに追いつこうって。それまで彼女のいた斥候役のポジションは空けておくって」


 「斥候役を……でもそれじゃ」


 無謀な判断だ。


 常に死と隣り合わせにある探索者に、学生のような青い考えは危険でしかない。


 しかし、それでも───


 「分かってるわ。それでも私たちにとってはそれが、今の一番の原動力なの。小雛の足取りに付いていけずに、一人にしてしまった私たちの償いでもあるわ。絶対に追いついて、肩を並べて見せる」


 六花の覚悟を決めた強い意志を宿した瞳が、真っすぐに相川を貫いた。


 相川が見渡すと、彼女たちの顔にはどれも、六花の言葉を否定しない、静かな決意が浮かんでいた。


 「そのためには斥候もなんでも本職以上にやってやるわよ!堂上だって一人で前衛張ってくれてるんだから!これくらい屁でもないわ!」


 六花が気合を入れて勢いよく立ち上がる。


 「いずれ【スキル】頼りの戦闘には限界がくる。こんぐらいできなくちゃ、またあいつに前衛の仕事全部奪われることになるからな」


 六花の様子に晴れやかな表情をした堂上もまた立ち上がった。


 「前衛の事とか、良く分からないけど、私も頑張ってみんなを支えるね。回復は任せて!」


 二人を見て、自分を奮い立たせた入鹿もまたそれに続き、妙な空気に気圧されて、しんどそうにする鑑が杖を頼りに立ち上がる。


 「みんなみたいに恥ずかしいセリフ言えないけど……雛ちゃんは好きだから私も頑張る」


 そのためには装備を一新するための金が必要だと、四人は気合を入れ直して相川の依頼に再び臨んだ。


 「良い仲間を持ったね───小雛ちゃん」


 相川は見知った女の子の名前を呟き、彼女たちの青い輝きに目を細める。


 「六花はあいつのこと一人にしちまったとか、寂しがってるんじゃないかとかよく悔いてるけどよぉ……今あいつめっちゃ楽しそうじゃね?」


 「同接十万人越えの超人気配信者だもんねー。配信も楽しそうだし……それに……」


 「絶賛恋愛中。見るからに浮かれてる」


 「う……」


 三人が今の小雛の現状に言及すると、六花は孤独とは無縁そうな彼女を思い出して一人呻いた。


 ◆


 休憩を終え、次の豚鬼オークを探し始めて進む中、相川が後列の二人を抜いて、小走りで六花の元へと近づいた。


 「ど、どうしたの?」


 急に接近してきた相川に、六花が緊張気味に声を掛ける。


 『BLASH』の中で最も背の小さい彼女は、肩の触れそうな位置に男が立つと、自然と大きく見上げる事になる。


 「谷古宇やこうさんは小雛ちゃんと一番仲がいい様に思えたので、少し気になって」


 相川のその言葉に、六花はムッと不満気な顔をし、すぐに警戒の色を滲ませた。


 「私に近づいて、小雛を紹介してもらおうとしたって無駄よ。私はあの子を売るようなこと絶対にしないから、期待しない事ね」


 「別にそれには興味ないです」


 「って……」


 相川の含みのある言葉に、六花が「まさか」と気にした瞬間、不意に彼の手が六花の髪に触れた。


 「────ッ!!」


 「毛先の色、変わってますね。金色の髪、とても綺麗ですね」


 「え!?ちょっ───い、いきなりなにをっ」


 六花は顔を赤くして、反射的に相川からバッと距離を取った。


 「髪色の変化は上級探索者への兆し。あなた達が自信を抱くのも分かります。小雛ちゃんを再び仲間に迎え入れる夢、応援してます」


 「あ……ありがと」


 六花は尻すぼみに声を小さくしていき、赤く茹った顔を伏せて歩く。


 その様子を見てニコリと笑った相川は再び入鹿と鑑の後ろへと戻った。


 前でなにやらキャーキャーと騒ぐ姦しい三人の後ろを歩く相川の視線は、変わらず六花を捉え続けている。


 その瞳に、感情の色はなかった。

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