東京ダンジョン第六階層。
そこに女性だけで構成されたパーティー『BLASH』と、【
四人それぞれが方向性の違う綺麗どころのパーティーであることで有名な『BLASH』は、すれ違うだけでたくさんの人の目を奪うだけの華のあるパーティーだ。
そして、ナンパや男たちからの誘いには断固として乗らない事でも有名であった。
そんな彼女たちが見慣れない優男を連れて歩いているという光景は、たちまちSNSで一部の界隈に拡散される事態となり、小さくない騒ぎにまで発展しつつあった。
「もう拡散されてる……」
隊列を組んで進む中、三列目───最後方で少し煩わしそうに不機嫌な声を零したのは、見た目だけは一番正統派の美人である
あまり目立ちたくない彼女は、相川の提案に安直に乗ったのは早合点だったかと、早速後悔し始めていた。
しかし、提示された金額が金額なだけに、鑑の一存で今更断るのも気が引ける。
既に前金で半分貰ってしまっているため、断るのも不義理かと、彼女は不満を飲み込んだ。
「本当にこういうの好きよね、みんな」
鑑のスマートフォンを覗き込んだ六花が、鑑の内心を推し量り、彼女を慰めるように、寄り添う気持ちを言葉にした。
「私たちは別に芸能人でも配信者でもないのに、勝手に居場所や個人情報をネットにばらまいて。どういう面してるのかしらね」
このパーティーの中で一番背が低く、未成年に間違えられがちな六花ではあるが、誰よりも皆のことをよく見ているのはこのパーティーの中では間違いなく彼女であった。
鑑が知る限り、
「まぁでも諦めなさい。そんな奴ら、相手にするだけ無駄。時間が経てばすぐに他に興味が移るわよ」
彼女はそう言って、鑑からスマートフォンを取り上げると、彼女のポーチの中へとそれを押し込んだ。
「そんな事より、ダンジョンの中でスマホ弄ってるのが
そう言うと、六花は自分の定位置である堂上の後ろへと駆け足で戻っていった。
ネット好きな鑑は、余力のある階層では暇つぶしに、スマホをいじることがこれまでも何度かあった。
その度にリーダーである
それを思い出して「うげぇ……」と、嫌な顔をした鑑がチラッとリーダーの方へと視線を向ける。
運よくこちらを見ていなかった堂上の様子に、鑑はホッと胸を撫でおろした。
「いくら最近余裕が出てきた第六階層だからって油断していいわけじゃありませんからね?」
鑑の顔の横からスッと現れた
神官である彼女のポジションは鑑と同じ最後方。
これまでの六花とのやり取りが全部見られているのは当然だった。
「涼子ちゃんには黙ってて」
上目遣いでそう懇願する鑑の様子に、入鹿も呆れて溜息を零す。
「次はないからね?分かった?」
「うん」
入鹿も甘いため、なんだかんだと鑑を許してしまう。
「それに今回は私たちが最後尾ってわけじゃないんだから、気を付けないと」
入鹿はそう言って自分の後ろをちらりと見た。
それに釣られて鑑が後ろを振り向くと、そこにはニコニコと笑顔を浮かべた男の姿があった。
護衛任務兼『釣り竿』探しの依頼の最中であり、彼女たちの背後にはその依頼主が付いてきていたのだ。
自分たちの視線に気づいても、相川と名乗る男は笑みを絶やさずについてくる。
「……六花も趣味が悪い」
「ちょっとそれどういう意味っ、聞こえるでしょっ」
ぼそりと本音を零した鑑に真隣りにいる入鹿が小声で叱る。
仮にも相手は多額の報酬を用意してくれている太客だ。
失礼な態度は極力避けるべきであることに違いはない。
「まったく……次変な事言ったら涼ちゃんに言いつけるからねっ。あと六花ちゃんにも!」
「……はい」
堂上は言わずもがな、六花も怒るとそれなりに怖い。
このままだと三人とも敵に回しそうだと直感した鑑は素直に従う事にした。
◆
十を超える豚鬼を倒した一行は、開けたエリアで荷物を囲い、休憩を取っていた。
相川が望むドロップアイテムは存在すら怪しい激レア品。
そんな物、いくら豚鬼を倒したところで今まで通りの物しか出てこないのは自明の理。
依頼を引き受けたはいいが、相川の求めるアレが手に入るとは『BLASH』の面々は全くと言って良いほど思っていなかった。
「言い難いが、依頼の間の一週間であんたが望んでいるものが出てくるとは到底思えない。出て来なくても金はキッチリ頂く。文句はないよな?」
食事を摂る中、堂上は念を押すように相川を睨んだ。
『BLASH』にとっても一週間という拘束期間は決して短いものではない。
既に第七階層に進んで問題ない程度の実力を持つ彼女たちからしたら、実力の適性から外れつつあるこの第六階層で足踏みを続けることは、長い目で見た時に無視できない損失に成り得るのだ。
それでお目当ての物が手に入らなかったから、やっぱり報酬はなしだ、などと後から言われでもしたら目も当てられない。
パーティーリーダーとして、それだけは避けるべく、依頼主相手とは言え堂上は鋭い眼光で相手を威圧した。
約束を違えば分かってるな?
堂上はそう相川を脅しているのだ。
「もちろんです。そこは安心してください。契約書にもその点に関してはきちんと明言されてますので、もしもの時はギルドに訴え出てください」
「念のためだよ、念のため。堅っ苦しく返すなよ。飯がまずくなる」
仲介人としてギルドが間に居ることはサインの際に知っていた。
ギルドは基本的に探索者同士の諍いには関与しない。
それどころか放任主義のような姿勢だ。
しかし、相手が【
今回のように【生産職】が依頼を出した際に、特例でギルドが探索者同士の間に立つことがあるのだ。
それは彼らの保護を目的としたことだろうという話だが、本当のところは誰も知らない。
「それにしてもただ豚鬼を倒すだけじゃ出ない気がするけど、他に当てはないの?」
六花はこのままでは埒が明かないと思い、相川にそう聞いた。
「ある程度調べてはきたのですが、これといった手掛かりがなく、それも現場で探すしかないかな……と」
「うーん、手詰まりね」
鑑も得意のSNSやネット掲示板を徘徊して情報を得ようと試みてはいるが、進捗は芳しくない。
こうなれば足で探すしかないと結果に至り、仕事の話もそこで終わる。
「皆さんって有名な方々なんですか?時々周囲から凄い熱視線を感じるのですが」
この道中、彼女たちはすれ違う探索者たち全員から熱い視線を貰っていた。
男たちが多いのは当然だが、たまにすれ違う女性探索者も彼女たちに憧れの眼差しを向けていた。
「まぁ、よ。オレたちは有望株ってやつだからな。この歳で周りから中級って認められてる奴は数少ないからな」
「中級って認められるのがここ第六階層の踏破でしたっけ?」
「そうだ。正確にはもっと曖昧だったりするらしいが、第六階層で十分戦える力があるかどうかが一番重要視されるらしい。ただ第七階層に足を踏み入れるだけじゃだめみたいだぜ」
「けど私たちだって別にそこまで凄いわけじゃなんだよ?上には上がいるってやつだね。ふわぁ、相川さんの淹れてくれた紅茶美味しいねー」
入鹿が紙コップに注がれた紅茶に、舌鼓を打ちながら、そう口にした。
それは謙遜のようなものではなく、実感の伴った言葉にも相川には聞こえただろう。
それだけ彼女は淡々としていた。
「あれは規格外。才能が違う」
入鹿の言ったことに鑑が同意を示した。
「と、いうと?最近話題になった曽我部明人って人も確か中級探索者でしたよね?」
その名前を聞いた途端に四人が露骨に嫌悪感を顔に出す。
「ちっ、そんなクズの名前なんか出してくんじゃねぇよ……気分わりぃ」
一番機嫌を悪くした堂上が胡坐の上で頬杖をついて、そっぽを向いた。
「確かにあいつは才能だけでいったら私たちより断然上なんだろうけど、人間性が終わってるわ」
六花も彼に対していい感情を抱いていないようだった。
「最近一般人に手を出して、ギルドから指名手配されたらしい。噂だと【DRIA】が動いたとか」
客観的な情報を口にする程度には、鑑は落ち着いている様子だが、それでも表情に険が見え隠れしている。
「怖いよね。皆あの人にしつこく言い寄られてたから……私も含めて」
紅茶を飲み終えた入鹿が、当時を思い出したのか、表情に怯えの色が浮かび上がっていた。
「おいっ!お前らいつの間に声かけられてたんだよ!オレはあいつに言い寄られた記憶なんてないぞ!一体どういうことだ!」
「そんなところ気にしないでしょ……」
「あの色狂いにも守備範囲があったってこと」
「おい莉緒、そりゃ言ったいどういう意味だぁ?」
「いふぁい」
両頬をむぎゅうと片手で鷲掴みにされた鑑が抗議の視線を堂上へと送っていた。
「その人も残念ながら私達よりも才能に恵まれた方だとは思います。でも私たち全員が思い浮かべているのは別人です」
「それってもしかして」
「はい。あの【変態仮面】さんの事件にも深く関わった、大人気の配信者でもあり、私たちの元パーティーメンバー──────桜咲小雛ちゃんです」