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第60話 依頼「釣り竿を探せ」

 女性陣の上げた声に騒然となる店内。


 いくら一般職に比べ、粗野な人間が多い探索者ばかりのレストランだとは言え、女性がそんな卑猥なことを叫ぶのは珍しい。


 それが三つと重なれば店内がざわつくのは当然と言えるだろう。


 「こんな仲間を持って私は恥ずかしい」


 鑑は、顔を真っ赤に染めて俯く六花と入鹿、それにちらちらとこちらを見てくる周囲の男どもにガンを飛ばしている堂上の様子を横目で見ながら、すっと視線を落とした。


 周囲の視線を集めてしまったことにより、彼女たちの存在に気付き始めた男たちが、ひそひそと言葉を交わし始める様子まで見て取れる。


 「おいっ、あんた!オレたちにセクハラしに来たんじゃないだろうな!?」


 堂上が額に青筋を浮かべて相川の胸倉を掴んで凄む。


 「驚かれるのは分かりますが、本当にあるって話なんですよ!」


 自分より背の高い女に胸ぐらを掴まれた相川が、慌てて弁明する。


 堂上は掴んだ相川の胸ぐらから手を離し、どすん、とソファに座り直してハンバーグを口に放り込んだ。


 まだ少し怒っている様子だ。


 「えっと、相川さん?と呼べばいいかしら」


 「え?……あ、はい。相川です」


 妙な間が空いた相川の返事をあまり気に掛ける事無く、六花が話を引きつぐ。


 「相川さんは取引履歴もない、本当に存在するかも怪しい代物をたった一人で探していたと?その……豚鬼オークの……ちん……あ、アレを」


 顔の赤い六花は非常に言い難そうに言葉を濁して、相川から目を逸らした。


 「どうしても作らなくちゃいけないアイテムがありまして。それの材料になるんじゃないかと……」


 「どんなアイテムだよ……。いや言わなくていい」


 疑問を口にした瞬間、パッと顔が明るくなった相川を見て、堂上がそれを手で制して黙らせた。


 「どうしても必要とは言っても取引された実績がないんですよね?それならどうしてそんなものがあると知ったんですか?」


 当然の疑問に入鹿が頬に指をあてて首を傾げた。


 「皆さんはご存じですか?ダンジョン七不思議というものを」


 相川の突然の質問に、三人は頷く。


 「知ってるもなにも、最近になって一つ、実在が確認されたホットな話題じゃないか」


 堂上はそれがどうしたと、箸を置いて相川の話に興味を示した。


 相川が話始めるよりも先に、その疑問に答えたのは意外にも鑑だった。


 「ダンジョンの七不思議のひとつに、超激レアドロップの噂がある」


 「あ?激レアドロップぅ?」


 「ダンジョンの七不思議の中には【探校ダンジョン焼失事件】とか、【DRIA超人説】とか、一番新しいのだと【エロキメラ】とか、七つ以上にたくさんあるの。もちろん【変態仮面】はその中でも群を抜いて今最も人気な七不思議のひとつ」


 突然饒舌に語り始めた鑑に、三人がまたかと呆れる。


 突然いきいきとし始めた彼女の様子に驚いたのか、相川の額もピクリと跳ねたが、それもすぐに落ち着いた。


 「そして地味だけど、七不思議ファンの探索者にとって夢のような噂の一つに、超激レアドロップの都市伝説があるの」


 鑑はフォークを三人に向けながら、まるで教鞭を執る教師のように熱弁を開始した。


 「ドロップ確率は数百万分の一とか、下手した数億分の一の天文学的な確率でしか見つけられない、とか、なにか特定の条件を達成していないとドロップしないとか、そもそも最初の一回したドロップしないユニークアイテムだから同じ物は二つとない、とかね。実際にネットでは見たこともないドロップアイテムを手に入れたとかいう噂を時々見かける。確証はないけどね」


 指揮者のようにフォークを振りながら語る鑑が一度そこで区切り、クラフトビールを一口仰ぐと、再び語り始めた。


 口の周りに付いた泡をあえてふき取ることもなく、フォークを片手に得意げに話す様はまさに大学教授かなにかのようだ。


 「その中に約二年前、とある探索者が豚鬼との戦いで見たこともない、モザイク必須の物を見つけたの」


 「それが、豚鬼のちん───アレってこと?」


 六花の言葉に鑑が頷き、繰り返す。


 「そう、豚鬼の立派な黒光りしたでっかいち〇ぽ」


 「口に出すな!」


 「ぬおっ……」


 六花のチョップが鑑の頭に命中し、鑑のフォークが床に転がった。


 「もー。二人とも行儀が悪いよー」


 入鹿が足元に転がってきたフォークを拾い、店員さんに申し訳なさそうな表情で謝ると、新しいものを持ってきてもらえるように頼んでいる。


 「それじゃ、あんたはその話を鵜呑みにしてあんな無茶をしてたってことか?」


 堂上は湿気てきたポテトを摘まみ上げ、天井を仰ぐように大口を開けて放り込みながら、相川に訝し気な視線を向けていた。


 「無謀だとは理解しているのですが、今の僕にはそれしか縋るものがなくて……すみません」


 「謝んなって。にしても事情は知らねぇけど、あんたも難儀してんだな」


 堂上は同情的な眼を相川に向けた。


 彼女は無意識に好物のフランクフルトへと伸ばした手がピタリと止まり、誤魔化すように酒を手に取った。


 「あるかどうかも分からない物を探すなんて大変ね」


 「そうねー。いくら七不思議のひとつが最近になって真実だと分かったからって、他も本当かどうかなんてわからないもんね」


 六花と入鹿も、砂漠で一粒の砂を見つけるかのような所業に同情的な気持ちだった。


 「きっとある。諦めたらそこで試合終了。豚鬼のちん───おほん、釣り竿はきっとある」


 六花の手刀を見て、鑑が言い直した。


 「釣り竿ってあんた……」


 仮にも女の子でしょ、と、六花は下品な言葉を口にする鑑に苦言を零す。


 「僕も絶対にあると信じています。なにより、それを発見したというのが僕の知り合いなんです。……それもまた聞きなので確証はないですが……」


 「一応はある程度の可能性はあるわけか」


 「えぇ……ほんとにあるの?あったらあったで複雑なんだけど」


 「今度から豚鬼倒すときは躊躇しちゃいそう」


 六花と入鹿は、それがドロップしてしまった時のことを想像してげんなりとしてしまう。


 「ロマンある」


 「どんなロマンよ……」


 感性のズレた残念美人に六花が呆れながら、食事を口に運ぶ。


 箸が重たい気がした。


 「そこで『BLASH』の皆さまにお願いがあるんです!!」


 勢いよく立ち上がった相川に四人の視線が集まる。


 「嫌な予感がするぜ……」


 相川は四人に向けて勢いよく頭を下げて、それを口にした。


 「豚鬼のちん───『釣り竿』を一緒に探して欲しいんです!」


 「やっぱてめぇセクハラかましに来やがったド変態野郎だろ!」


 酒の酔いもあってか、その胸ぐらを掴む力はさっきよりも力強い。


 「ち、違います!僕は本気でお願いしているんです!どうしてみんなして僕を変態扱いするんですか!いつもいつも!」


 涙目で必死な相川を見た六花は、彼のその様子が可哀想になり、堂上に落ち着くように宥めた。


 六花の言葉には一際耳を傾ける堂上は渋々と言った様子で、ソファにふんぞり返った。


 「お願いと言われても私たちも別に慈善事業で探索者をやってるわけじゃないわ。悪いけど───」


 「────もちろん分かっています。当然報酬の方のご用意もあります」


 六花の言葉を見越していた相川が、懐から小切手を取り出し、それをテーブルの中央へと差出した。


 六花たち四人は差し出された小切手の0の数を見て、驚愕に目を丸くした。


 「マジかよ……」


 「うそっ!?」


 「いち、にぃ、さん、しぃ……え?やだ何桁あるの?」


 「みんなの装備一新してもお釣りくるレベル」


 一般的なサラリーマンなどよりもよっぽど稼ぎの良い中級探索者が、パーティー単位でも驚愕するほどの提示額に思わず言葉を失った。


 「どうかしばらく僕と探索に付き合って頂けませんか?」


 ニコリと笑う彼の明るい笑顔に、『BLASH』の四人が首を縦に振った。



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