目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第59話 食事処

 ギルドの真横に併設された探索者御用達のレストラン『酒場』。


 駆け出しの探索者には厳しい価格帯であり、主に中級以上の探索者が情報交換も兼ねて利用するという。


 利用される食材は国内の高級食材がメインであり、シェフも一流と、高級レストランのような条件が揃っている。


 しかしその内装は味のレベルに反して簡素なものだった。


 それもそのはず、探索者はその職業柄、血の気の盛んな者が多く、店内で喧嘩が起きることも少なくない。


 高価な調度品などで見栄えを整えたところで、壊されればその損失は馬鹿にならない。


 それならと、最初から安価な備品で揃え、損失を小さくしようと考えるのは当然の帰結だった。


 むしろ『酒場』という店名にも、この質素な内装が良く似合うと言う事で、現在の姿に落ち着いたのだと言う。


 高級食材と腕の良いシェフの振舞う絶品料理が相場よりやや手頃に味わえるという事で、中級以上の探索者には大変人気なそんな『酒場』に、『BLASH』の面々と、彼女たちが助けた生産職の男───相川実あいかわみのるがやってきていた。


 「今日のところはありがとうございました。あなた方に助けて頂けていなかったら今頃僕は……」


 テーブル席の椅子に座る相川が表情を暗くして視線を落とした。


 「帰りの道中に何度も聞いた。男がそんな縮こまってんじゃねぇよ。情けない」


 反対側のソファに座る『BLASH』の女性陣。


 テーブルの端には、パーティーリーダーである大柄の女性、堂上涼子がどっしりと腰を据え、相川の湿気た言葉を鬱陶し気に手で払っていた。


 からっとした性格の彼女にとって、相川のその態度は見ていられないようだった。


 「オレたちじゃまだそう何度もこんな良い店には来れねぇ。あんたがここの会計を持ってくれるって言うんだからそれで全部チャラだ。な、良いだろ?お前らもよ」


 ニヤリと男勝りに白い歯を見せて仲間に笑いかける堂上に、他の三人も同調した。


 「最初からお礼なんて求めてないしね」


 「むしろこんなところに連れてきて頂いて……私は少し緊張しちゃいます……」


 「ローストビーフと生ビー……やっぱりクラフトビール一つ。あ、あと枝豆一つとたこわさ二つ、それとおこちゃま舌のリーダーのためにポテト一つ。ケチャップで」


 大人の余裕を見せる六花に、慣れないお店に挙動不審になる入鹿いるか


 そしてかがみが遠慮なく注文を始めていた。


 店員に注文する際に相川をちらりと見て注文を変えたのは、彼の【職業クラス】を思い出しての彼女の気まぐれだろう。


 しれっとディスられた堂上が鑑を睨んでいたが、本人は素知らぬ顔だった。


 「ちょっと鑑、少しは遠慮しなさいよ」


 『BLASH』の懐事情では奮発しても月に一度来れるかどうかのお店。


 相川が「奢る」と言ってくれているものの、慣れない金額の請求を想像してしまうと、庶民肌の彼女たちは腰が引けてしまう。


 一見豪胆な堂上ですら、メニュー表の金額を見て何を頼むか考え込んでいる。


 見た目に反して彼女は案外常識的なのだ。


 むしろこういう時に一番型破りなのが鑑であった。


 「遠慮しないでどんどん注文してください。戦闘職の方々はたくさん食べるとお聞きしていますし、僕はこれでも生産職としてそこそこ稼いでいます。ここの会計くらいなら問題ありませんから」


 相川の屈託のなさそうな善意に三人が絆され、それなら……、とメニュー表に目を落とす。


 その金額に顔を顰めたり、驚いたりする中、鑑が店員を再び呼びつけた。


 「神戸牛のステーキ一つと、しらすと大葉の和風ペペロンチーノが一つ。それと栄養が偏りがちなリーダーのために季節野菜の大盛サラダが一つと、ご機嫌とりのためにビッグフランクフルトを一つ」


 「お前はいちいちオレを馬鹿にしないと注文の一つもできんのか!?自分の分くらい自分で注文させろよ!」


 注文の度に自分をイジってくる鑑に堂上が一喝して、また始まったと六花が頭を抱える。


 「もぅ、店内で大きな声出しちゃダメでしょ涼ちゃん。それに莉緒ちゃんもあんまり涼ちゃんで遊ばないの」


 ゆったりとした口調で二人を嗜める入鹿の姿はまるで母親のようだった。


 「あのぅ……」とさっきの注文通していいのか、と困惑する店員に入鹿がそのままOKを出して自分の注文を始める。


 堂上はそのまま通すのかよ、と不貞腐れながらも最後に注文を済ませた。


 「皆さん、とても仲がよろしいんですね」


 和気あいあいとした四人のやりとりに、相川が笑みを零した。


 「パーティーなんてみんなこんなもんだろ」


 メニュー表を元の位置に置いた堂上が答えた。


 「すみません騒がしくて……」


 「いえいえ、気にしないでください。むしろ若い子たちから元気が貰えてありがたいですから」


 申し訳なさそうな入鹿に相川がそう答えると、それを聞いた堂上が声を上げて笑った。


 「あんただってどう見ても近い歳だろうに、なにおっさん臭い事言ってんだよ」


 「ちょっと変態っぽい……う」


 歯に衣着せぬ鑑の横腹に六花の肘が刺さり、たこわさが口から零れた。


 「六花、タイプのイケメンだからってこんな事しなくても」


 鑑は落ちたたこわさを悲し気に箸で摘まんで、再び口に運びながら文句を垂れた。


 突然、爆弾を投下された六花が顔を真っ赤にして鑑に詰め寄るが、六花はたこわさに夢中で取り合わない。


 「ち、違うからっ。この子が突然変な事を言うのはいつもの事で……そんなんじゃないからね!」


 ブンブンと事の元凶である鑑を揺さぶりながら、誤解だと弁明する六花を置いて、頼んでいた食事が運ばれてくる。


 注文が一通り並び終えた頃、六花の前に置かれる品々を見て、堂上がにやける。


 「おやぁ~。いつもは食べる六花ちゃんが今日は随分と女の子らしく控えな量じゃないか~。サラダ多めでぇ。なにを気にしてるのかな~」


 「ちょっと堂上!?」


 「まぁ、前から綺麗系の男性が好きだったからね、六花ちゃんは」


 「六花はアイドル顔に弱い。くそざこ」


 「鑑ぃぃぃ!入鹿までっ」


 「ははは……」


 相川が分かりやすく困ったような顔をしたため、三人はこれ以上の六花イジりを止めにした。


 それぞれが食事を始めたところで、堂上が本題に入る。


 「で、どうしてあんたはあんなところにいたんだ?【生産職クラフトクラス】が一人でふらついて良い場所じゃないだろうに」


 ここまで聞いて来なかった疑問を堂上が代表して口にする。


 堂上の言う通り、生産を主にする彼らのような【生産職】には、戦闘能力と言うものが備わっていない。


 そのため、ほとんどの【生産職】は国や大企業の庇護下に入り、十分な施設でその生産スキルの強みを発揮するのが通例。


 ダンジョンに潜る【生産職】の人間は非常に稀だと考えていい。


 「どうしても欲しいドロップアイテムがありまして……」


 「生産職なら、ギルドや自分のいる企業に頼み込めばいくらでも手に入るだろ。ここを奢れるくらい稼いでるくらいなら尚更よ」


 堂上の言うことはもっともだ。


 生産職の探索者には、優先的なドロップ品の買い付けの権利がギルドより与えられている。


 ここの金を全部払えるだけの支払い能力のある男が、それをせずにいるというのは他の三人にとっても不思議な話であった。


 特に第六階層の豚鬼オーク大醜鬼ホブゴブリンが確率の低いドロップアイテムを落とすと言った話も聞いたことがないため、余計に変な話のように思える。


 「それがギルドや企業でも取り扱い履歴のないもので、自分で探すしかないんですよ」


 困った、とありありと顔に書かれた男の表情に、四人が首を傾げた。


 「まるで、豚鬼や大醜鬼にレアドロップがあるみたいな言い方ね」


 六花は相川の言葉に違和感を覚えた。


 それは他の三人も同様に見える。


 「はむっずるるっ。神戸牛とペペロンチーノの組み合わせ……ヤバいっ……!」


 訂正。


 鑑は興味がなさそうだ。


 「ふぅん。それで、あんたは一体なにをあそこで探してたんだ?取引履歴すらない存在の怪しい代物ってなんだよ」


 「あまり大きな声では言えないんですけど……」


 よっぽど他に聞かれたくないのか、テーブルに身を乗り出した相川が、口元を手で覆って小声で話し始める。


 気になった四人──いや三人も顔を寄せて相川の言葉に耳を傾けた。


 相川がその妙に綺麗な声を潜めてそれを口にした。


 「豚鬼の…………。ち〇ぽです」


 「「「ち〇ぽぉぉぉおおおお!!??」」」


 女性陣が卑猥な合唱を奏でた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?