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第58話 『BLASH』

 ここ最近、名を上げ始めた女性だけで構成されるパーティーが存在した。


 その名も『BLASH』


 綺麗どころが集まるそのパーティーは以前から注目を浴びていたが、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで実力をつけ、先日中級探索者の壁と言われる豚鬼オークの巣窟である第六階層を踏破するまでに至った。


 壁を乗り越え、名実ともに有名になった『BLASH』は他の探索者からも実力の面で一目置かれる存在となり、中級探索者として認められるまでに成長した。


 そんな彼女たちは今、第六階層で豚鬼たちを相手に戦闘を繰り広げていた。


 「堂上どうがみ!私があいつの気を逸らして隙を作るから、その内に一撃を叩きこんで!」


 そう言って弓を構えた童顔の女が、前線の大柄の女と相対する豚面の巨漢に向けて矢を放った。


 薄暗いダンジョンの中、キラリと光る矢が風を切って豚鬼の目元を掠める。


 「あいよぉ!相変わらず良い腕だなぁ!六花ぁ!」


 顔を背け注意の散った豚鬼目掛けて、堂上どうがみと呼ばれた女が駆ける。


 「なに目ぇ逸らしてんだブ男!オレが良い女過ぎて眩しかったかぁあ!」


 堂上が白い歯を剥き出しに獰猛に笑みを浮かべて突っ込む。


 そして肩越しまで振り上げた、身の丈ほどもある斧を豚鬼の太ももへと叩き込んだ。


 血が噴き出し、骨のひしゃげる音がその痛烈な一撃の重さを物語る。


 豚鬼も思わず天井を見上げ、野太い悲鳴を上げた。


 しかし、すぐに怒りに染まった顔で反撃に移る豚鬼。


 こん棒を振り上げ、目の前の男女おとこおんなへと叩きつけた。


 まるで地震のような揺れが彼女たちを襲った。


 「堂上!?」


 弓手の女が声を荒げた。


 「大丈夫ですっ、六花りっかさんっ」


 弓手の女──六花りっかの名を力んだ口調で呼んだのは、後方に控える神官服に身を包んだ淑女然とした雰囲気の女だった。


 「力勝負じゃあ流石にまだ分が悪いか……」


「ぐぎぎ……」と歯を食い縛って、堂上が豚鬼の振り下ろしたこん棒を、斧を盾に必死に堪える。


 全身が悲鳴を上げ始めた堂上の身体を淡い光が包み込んだ。


 それは神官の唱える回復魔術。


 現代の医学も真っ青になるほどの奇蹟の秘術であった。


 ダメージを負うそばから回復していく堂上は、何とか豚鬼の攻撃を凌ぎっていた。


 しかしこのままではジリ貧。


 回復魔術の効果もいつまでも続く訳でもなく、このまま押しつぶされてしまうことくらいは彼女も理解の内だ。


 「オレばかりに執着してて良いのかよ。え?色男」


 「『雷撃ボルト』」


 決して大きくない少し冷たい声の直後、空気を破裂させるような音と共にダンジョンが明滅。


 生物系の魔物に対して効果的な雷撃系統の初歩的な魔術、『電撃』

が豚鬼の表皮を駆け回るようにしてその全身を焼いた。


 白目を剥いて力なく足をふらつかせる豚鬼の足を六花の放った矢が追撃し、ついに豚鬼の体勢を大きく崩すことに成功。


 膝を屈した豚鬼にパーティーリーダーである堂上が歩み寄り、止めを刺すべく戦斧を高々と振り上げた。


 「次は身だしなみにもっと気を付けるんだな」


 戦斧が地面を砕く音が豚鬼の断末魔の代わりに鳴り響いた。


 ◆


 第六階層の最奥、次の階層への階段のあるフロアにて、豚鬼や大醜鬼ホブゴブリンとの連戦を終えた『BLASH』の面々が固まって休憩を取っていた。


 「豚鬼たちとの戦闘もかなり楽になってきたんじゃないか?」


 探索者用の糧食を豪快に口の中に放り込んだパーティーリーダー、堂上涼子どうがみりょうこが、隣で武装のメンテナンスを行っているサブリーダーである谷古宇やこう六花りっかに声を掛けた。


 「そうね。堂上の筋力も入鹿いるかの補助があるとはいえ、豚鬼と拮抗する程度には成長しているし、かがみも下級魔術スキルの『電撃ボルト』で十分な威力を発揮するようになった。そのおかげで、無理に重たい上位スキルを使わずに済んで、懸念点だった鑑の継戦能力が飛躍的の改善された。そろそろ本格的に第七階層の攻略に着手しても良いと思うわ」


 「やっとだな。待ちくたびれたぜ」


 拳同士を打ち鳴らした堂上が犬歯を見せるようにして、六花の言葉に喜んだ。


 「余力があるからって無茶な戦い方はしないでよ?回復スキルだって無制限じゃないんだからね?」


 心配そうな声で、たれ目の女が堂上へとお小言を投げかけた。


 「わーかってるって。お前はほんと心配性なんだからよぉ」


 「あーっ、そう言ってまためんどくさそうにするー。涼ちゃんのこと心配して言ってるんだからねー。それに涼ちゃんはこのパーティーのリーダーで唯一の前衛職なんだから気を付けてもらわないとー。涼ちゃんの背中にはみんなのあんぜ───」


 「────わかったわーかったからこより!オレの母親みたいにぐちぐち言うなって!」


 ついさっきまで戦意を剥き出しにメラメラと燃えていた堂上が、こよりと呼ばれた女、入鹿こよりのお説教にたじたじとなって怯んでいる。


 ちらちらと六花の方を見て助けを求めていた。


 「ごめんね。時間かかっちゃって」


 二人の痴話げんかを無視して声を掛けてきた女の方へと六花が顔を向けた。


 「気にしないで。元々みんな第七階層で戦えるだけの実力は既にあったけど、万が一に備えてのマージンの確保だから。莉緒りおが悪いわけじゃないんだから」


 「うん。ありがとう。六花好き」


 「あはは。正面から言われると照れるわね」


 このパーティーの顔面偏差値は高い部類になるだろう。


 しかし、このかがみ莉緒りおと言う女はこの四人の中でも特に飛びぬけて顔が良い。


 女優顔負けのその整った美貌で、かつてもう一人いた女性探索者と人気を二分するほどに。


 表情の変化に乏しいのがたまに傷ではあるが、その人形のような綺麗な顔立ちを間近に寄せられて、飾り気のない好意を正面から向けられると、同じ女の六花でも少し照れてしまいそうになる。


 「まぁ、感謝ならリーダーにしなさい。あんなこと言っておきながらみんなの事を第一に考えて慎重策を提案してきたのは彼女だもの」


 早く先に進みたいという本音を押し殺して、みんなのレベルが安全マージンまで上がるのを待つべきだと唱えたのは紛れもない、このパーティーのリーダーだ。


 男勝りで口調も性格も身だしなみも荒い彼女だが、その心根はこのパーティーの誰よりも優しいのかも知れない。


 「涼子ちゃんも優しいから好き」


 「あんたも変わってるわよね」


 顔はすこぶるいいが、変わり者である莉緒に苦笑いを浮かべる六花は、自分も人の事を言えないか、と明後日の方向を見た。


 「よし!オレたちの力は第七階層でも十分通じるくらいにまで成長した。遂に明日からは第七階層にリベンジする!これは決定事項だ!」


 気合を入れて立ち上がった堂上に続いて三人が立ち上がる。


 暑苦しいリーダーの言動にやれやれとする者、まだ話の途中だと怒る者、何を考えているのか分からない者と、それぞれが違う表情を浮かべていたが、思いは一つに固まっていた。


 明日の本番に向けて四人が早めの帰路に着こうとした時、前から誰かの声が響いてきた。


 「うん?男の声?」


 堂上が眉を顰めて正面に構える。


 それに倣って三人がその背中の後ろで身構えた。


 どしんどしんっ地面を揺らす程の見慣れた巨躯がこちらへと走ってきていた。


 「豚鬼が何で……?」


 六花が首を傾げ弓を放とうとした時、堂上がそれを手で制した。


 「やめとけ。あいつに当たる」


 「あいつ?」


 堂上の視線の先を目で追うと、そこには二体の豚鬼から必死に逃げる男の姿があった。


 「情けねぇな。男の癖に血相変えて逃げやがって。おいっ!あの優男を助けるぞ!目標豚鬼!陣形を取れ!」


 四人にとって豚鬼の二体程度今更どうということはない。


 新進気鋭の女性パーティー『BLASH』が、第七階層攻略前の哨戦に気合を入れて二体の豚鬼との戦いに臨んだ。


 ◆


 体力も矢も魔力もここまで十分に温存してきた四人にとって、全力で挑める往路での戦闘は思った以上に余裕の結果で終わった。


 これなら第七階層の攻略もスムーズにいきそうだと四人が手応えを感じてる中、近くでへたれこむ男が声を掛けてきた。


 「助けて頂きありがとうございました」


 礼儀正しく頭を下げた男に入鹿いるかが優しく応じる。


 「困ったときはお互い様ですよ。特に私たちのような探索者は。ですので頭を上げてください」


 この中で一番人当たりが良い入鹿が前に出て男に対応する。


 他は何をしでかすか分からないため、自分の胃腸を守るためには入鹿自身がこういった役回りを引き受けるしかなかったのだ。


 入鹿の言葉に男が顔を上げた。


 四人はその男の顔に思わず息を飲んだ。


 端正な顔立ちは確かに目を見張るものがあるだろう。


 しかしそれ以上に、その目が印象的だった。


 綺麗な二重をした切れ長の眼。


 しかし、その綺麗なはずである眼に感じる無機質感───いや、異質な雰囲気を感じて、四人は固まってしまった。


 「どうかしましたか?」


 しかしその違和感も男の浮かべた柔和な笑顔と共に霧散し、四人は気のせいだったかと気を取り直した。


 「見たところひ弱そうに見えるけど、こんなところでどうしたの?仲間はいないの?」


 六花の問いかけに男が恥ずかしそうに頬を掻く。


 答えにくそうにする様子だったが、男がようやく口を開いた。


 「お恥ずかしながら僕一人で……」


 「一人!?正気じゃないでしょ!ここは第六階層よ!」


 「どうしても欲しいアイテムがあったもので仕方なく……すみません」


 男は終始低姿勢で戦う者特有のオーラを感じさせなかった。


 「もしかして生産職クラフトクラスの人……?」


 ぼーっとしていた鑑は直感が働き、そう口にする。


 「生産職!?尚更無謀よ!自殺行為だわ!?」


 目を丸くして驚く六花の肩に堂上が手を置いて彼女を落ち着かせた。


 「堂上……?」


 「あんた、名前は?」


 堂上の目はどこか警戒に満ちているようにも六花には見えた。


 人畜無害そうなこの優男に向ける目としてはどこか不自然にも感じられる。


 「えぇーと僕の名前はみな……あ、いや───みのるです。あいざ───相川実です。皆さんの名前も教えて頂けますか?」


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