動かなくなった蝋の化け物を見て、五人が大きく息を吐いて、その場に崩れた。
「だぁあぁあ、タフ過ぎんだろこの化け物よぉ」
「矢が無くなったわ」
「みんな、あまり動かないで。手当するから」
「頑張った……私ちょー頑張った。うぇっ、魔力使いすぎてゲロ吐きそう……」
心と身体を弛緩させた四人。
今すぐにでも帰還したいところではあるが、疲れ果てて今はそれどころではなかった。
なんなら適当な家屋の中で寝入ってしまいたいほどに疲れていた。
ベッドなんてあったら争奪戦も起きかねない。
「小雛よくやったよ、お前。流石は次期上級探索者筆頭候補だよ」
堂上が小雛に歩み寄り、手を掴んで起き上がらせた。
「えへへ。皆が攻撃を引き付けてくれていたからですよ」
言葉ではそう謙遜するが、小雛も満更ではなさそうだ。
「それにしても六花。お前いつの間にあんな強力な技使えるようになってたんだ。何も知らされてなかったぞ」
むすっとした表情の堂上が六花に詰め寄る。
それは他の者も同じ思いだった。
「六花ちゃん。情報共有は最優先でしょ?」
「ビーム……出せるなんて、六花ずるい」
入鹿と鑑の二人からも責められ、誤魔化すように六花が笑った。
「あはは……そのあれよ。つい最近頭に浮かんだんだけど試す機会もなかったし、ほ、ほら、未知数の【スキル】とか不安要素多いでしょ?だから…………ごめんなさい」
自分で言い訳を並べながら、無理だと感じた六花は諦めたように頭を下げた。
「お前、まさか最近めきめきと一人で強くなってんの、気にしてんじゃないだろうな」
「……う」
図星を突かれたように、六花が俯いた。
「舐めんなよ六花。オレたちはお前に置いて行かれてやるほど、諦めの良い女じゃねぇ。だから……
「堂上」
いつもと違う堂上の声に、六花が顔を上げて、その目を見つめた。
「……ふぅ。そんな事より、ほら」
堂上は、ぱんっ、と六花の背中を叩いて、小雛の前に送り出す。
「小雛……」
「六花。助けに来てくれて嬉しいよ。ありがとう」
笑った小雛に、六花の我慢が遂に限界を迎え、涙を蓄えた目のまま、小雛の胸に飛び込んだ。
「よかったよぉお。小雛が死んじゃうかと思ってぇ……」
母に抱き着く子どものような六花の姿に、小雛がくすりと笑ってその小さな頭を撫でた。
「大丈夫、大丈夫だよ。六花」
しばらく二人のその姿を三人は見守り、静かに眺めた。
そして、満足したのか六花が小雛の胸から顔を離したタイミングで、鑑が二人を抱きしめた。
「いつも二人でずるい。私も百合に混ぜろ。女だから許されるはず」
他の者は鑑が何を言っているのか、理解は出来なかったが、それを見た入鹿も二人に抱き着き、結果四人が団子となった。
「小雛ちゃんのこと、私は今も仲間だって思ってるからね」
「入鹿さん」
「はっはっは!そういうことならオレも混ぜろ!全員纏めて抱いてやる!」
気分上々な堂上が、四人をきつく抱きしめた。
「ここは女の園。男が間に挟まったら死刑」
「誰がイケメンハーレム主人公だって?」
「
頬を鷲掴みにされた鑑を見て、皆が笑った。
そして、一通りの傷を治した一行は、倒れる化け物を見た。
「動かねぇけどこれ、死んでんだよな?ほんとに」
「近づきたくない……刺激したくない」
堂上の不安に、鑑が突き放すようにそう言った。
全く動かない化け物のその姿を見て、五人が不安を抱く。
なぜなら、魔物はそのすべてが死後、塵となってダンジョンへと還るからだ。
消えない魔物はいない。
「まさかこれも元は……」
「やめとけこより。それ以上は不要だ」
これも『
五人はそう感じた。
「地図にないこのエリアの事も、人間のゾンビや、この白い化け物のことも纏めてギルドに報告しなきゃならねぇな」
「はぁ、受付嬢に長いこと拘束されそうで気が滅入るわね」
もう早いとこ帰ってさっさとベッドにダイブしたい小雛たちは、この後の事を想像して気持ち曇った。
「まぁ、とにもかくにもみんな。帰りましょう!」
六花の掛け声に、四人が続いた。
◆
小雛たちは、自分たちがここまで来た、館の通路を渡って戻る帰路の途中。
小雛が丘の上から街並みを見て驚いたり、廃墟となった館の雰囲気に圧倒されて怖がったりと色々あったが、ここまで何事もなく戻ってくることができていた。
「ここって魔物出ないんだよね?」
「出ないわよ」
「ゆ、幽霊は?幽霊はでないよね?」
「魔物の、ていう意味なら出ないわよ。他は知らないけど」
「他はって!?出るの!幽霊出るの!?」
「うるさいわねぇ。探索者が幽霊如きでそんなに怯えるんじゃないわよ」
真っ暗闇を進む小雛は、前衛であるにも関わらず、中衛にいる六花の背中にべったりとくっついて歩いていた。
今度は小雛の方が子どもようだ。
「ここは行きでなにもないことは確認済みだ。心配すんな桜咲」
「それに出たとしても七階層の敵か、あの町のゾンビくらい。堂上一人で問題ない」
「おいおい。オレ一人に丸投げかよ。まぁ、やってやるがな」
「やっぱり、イケメンハーレム主人公でいいかも」
「はいはい。まだダンジョンの中だよみんな。涼ちゃんもみんなを甘やかしちゃだめだからね?」
「はー、こえぇ。幽霊よりこよりの方が怖ぇぜ」
「涼ちゃん?」
「……」
堂上も鑑も入鹿も、全員が肩の荷が下りたかのような気分で帰っている途中だった。
「おい。なんか聞こえねぇか?」
最初に異変に気付いたのは堂上だった。
「ど、堂上さん!?どうしてそんな意地悪言うんですか!?」
「ちょっと、小雛をいじめないでよ」
「可愛い娘はいじめたくなるからね。仕方ないね」
「涼ちゃん。こんな時にそれは感心できないよ」
質の悪い冗談だと思われて反感を買った堂上が、面食らったような顔で本当だと弁明した。
「うそじゃねぇよ!微かになにか……後ろから」
──────唖亜唖亜アア唖あ啞あ゙ぁ㋐㋐㋐!!!!!
「おいおいおいおいっ。まじかよ!お前ら走れ!!」
後ろから聞こえてくる、聞き覚えのある声に、全員の顔が引き攣った。
「死んでなかったの!?」
小雛が叫び、殿に立つ。
「流石にもう回復は厳しいよ!」
「ホラーすぎる。絶対夢に見る。真夏の夜の悪夢だ」
入鹿と鑑が顔を真っ青にした。
「みんな!走るわよ!」
六花が檄を飛ばし、皆が全力で走り出した。
────ドン、ドン、ドン、ドン
一本道のトンネルのような通路に、大きななにかが走る音が響き、それがこちらまで反響してくる。
その音が次第に大きくなっていく。
凄い速度でこちらへと迫っているのだ。
「【
ぽんっ、と明りを鑑が後ろへと放り投げる。
地面に転がった灯りがそれを映し出した。
「「「来たァァァアアアアアアア!!」」」
堂上と小雛と鑑の悲鳴が重なった。
暗闇に映し出された蝋のような大きな化け物。
それが信じられない程の速度で小雛たちを追いかけてきていた。
「あいつ不死身かよ!あんな体でまだ動くとか信じられねぇ!!」
小雛が腹の球体を破壊した時のままの姿の化け物が、そのまま動いている事に一同が驚愕し、恐怖した。
「出口はもう少しだ!全力で走り切れ!」
「出口を出てもあいつは追いかけてくるよ!」
「!?」
入鹿の最もな理屈に、堂上の表情に焦りの色が強くなる。
堂上が必死に頭を働かすが、良い解決案など浮かんでこない。
「堂上さん!みんな!私の後に続いて!」
小雛が加速し、堂上の前に出た。
「桜咲!?」
小雛は自分の頭のブローチに手を当てて、扉を呼んだ。
「なんだこりゃあ!?」
「どこ〇もドア?」
「莉緒ちゃん!?」
「……」
小雛はその扉を開き、迷わず飛び込み、四人もそれに続いた。
◆
カランカランカラーン。
鈴の音の音と共に、小雛たちは転がり込むように【DD】ショップへとなだれ込んだ。
「いつつ……って、おい。こりゃこの間来た……」
「はい。マスターのやってる【DD】ショップです」
「ははっ、マジかよ」
「ここなら安全」
驚愕する堂上の隣で、鑑が空気の抜けた風船のようにぱたりと倒れ込んだ。
「小雛ちゃん……どうやって」
「えへへ。実はマスターに特別な入店許可証貰ってまして」
「……」
自分の頭のブローチを指さした小雛に、入鹿が納得いったように頷いた。
「あ、マスター!助けてください!第七階層に見たこともない化け物……が…………マスター、何してるんですか?」
小雛が目の前の光景に固まった。
「にゃぁぁあああん。ゴロゴロゴロゴロ。ふにゃぁああ」
そこには獣耳を付けて猫のように甘えるはじめの姿と、それを撫でながら、猫じゃらしで遊んであげている湊の姿があった。
「あ。」
小雛とぴったり目の合った湊がうんこ座りの姿勢のまま、固まった。
気まずい空気が流れた。
「にゃぁぁん。にゃにゃにゃっ。にゃぁあああん」