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第77話 しつこい男は嫌われる

 動かなくなった蝋の化け物を見て、五人が大きく息を吐いて、その場に崩れた。


 「だぁあぁあ、タフ過ぎんだろこの化け物よぉ」


 「矢が無くなったわ」


 「みんな、あまり動かないで。手当するから」


 「頑張った……私ちょー頑張った。うぇっ、魔力使いすぎてゲロ吐きそう……」


 心と身体を弛緩させた四人。


 今すぐにでも帰還したいところではあるが、疲れ果てて今はそれどころではなかった。


 なんなら適当な家屋の中で寝入ってしまいたいほどに疲れていた。


 ベッドなんてあったら争奪戦も起きかねない。


 「小雛よくやったよ、お前。流石は次期上級探索者筆頭候補だよ」


 堂上が小雛に歩み寄り、手を掴んで起き上がらせた。


 「えへへ。皆が攻撃を引き付けてくれていたからですよ」


 言葉ではそう謙遜するが、小雛も満更ではなさそうだ。


 「それにしても六花。お前いつの間にあんな強力な技使えるようになってたんだ。何も知らされてなかったぞ」


 むすっとした表情の堂上が六花に詰め寄る。


 それは他の者も同じ思いだった。


 「六花ちゃん。情報共有は最優先でしょ?」


 「ビーム……出せるなんて、六花ずるい」


 入鹿と鑑の二人からも責められ、誤魔化すように六花が笑った。


 「あはは……そのあれよ。つい最近頭に浮かんだんだけど試す機会もなかったし、ほ、ほら、未知数の【スキル】とか不安要素多いでしょ?だから…………ごめんなさい」


 自分で言い訳を並べながら、無理だと感じた六花は諦めたように頭を下げた。


 「お前、まさか最近めきめきと一人で強くなってんの、気にしてんじゃないだろうな」


 「……う」


 図星を突かれたように、六花が俯いた。


 「舐めんなよ六花。オレたちはお前に置いて行かれてやるほど、諦めの良い女じゃねぇ。だから……


 「堂上」


 いつもと違う堂上の声に、六花が顔を上げて、その目を見つめた。


 「……ふぅ。そんな事より、ほら」


 堂上は、ぱんっ、と六花の背中を叩いて、小雛の前に送り出す。


 「小雛……」


 「六花。助けに来てくれて嬉しいよ。ありがとう」


 笑った小雛に、六花の我慢が遂に限界を迎え、涙を蓄えた目のまま、小雛の胸に飛び込んだ。


 「よかったよぉお。小雛が死んじゃうかと思ってぇ……」


 母に抱き着く子どものような六花の姿に、小雛がくすりと笑ってその小さな頭を撫でた。


 「大丈夫、大丈夫だよ。六花」


 しばらく二人のその姿を三人は見守り、静かに眺めた。


 そして、満足したのか六花が小雛の胸から顔を離したタイミングで、鑑が二人を抱きしめた。


 「いつも二人でずるい。私も百合に混ぜろ。女だから許されるはず」


 他の者は鑑が何を言っているのか、理解は出来なかったが、それを見た入鹿も二人に抱き着き、結果四人が団子となった。


 「小雛ちゃんのこと、私は今も仲間だって思ってるからね」


 「入鹿さん」


 「はっはっは!そういうことならオレも混ぜろ!全員纏めて抱いてやる!」


 気分上々な堂上が、四人をきつく抱きしめた。


 「ここは女の園。男が間に挟まったら死刑」


 「誰がイケメンハーレム主人公だって?」


 「しょんなひょこいっれりゃいそんなこと言ってない


 頬を鷲掴みにされた鑑を見て、皆が笑った。


 そして、一通りの傷を治した一行は、倒れる化け物を見た。


 「動かねぇけどこれ、死んでんだよな?ほんとに」


 「近づきたくない……刺激したくない」


 堂上の不安に、鑑が突き放すようにそう言った。


 全く動かない化け物のその姿を見て、五人が不安を抱く。


 なぜなら、魔物はそのすべてが死後、塵となってダンジョンへと還るからだ。


 消えない魔物はいない。


 「まさかこれも元は……」


 「やめとけこより。それ以上は不要だ」


 これも『異常イレギュラー』なのだとしたら、あの四人組の男たちのように、死にきれなかった者の末路なのかもしれない。


 五人はそう感じた。


 「地図にないこのエリアの事も、人間のゾンビや、この白い化け物のことも纏めてギルドに報告しなきゃならねぇな」


 「はぁ、受付嬢に長いこと拘束されそうで気が滅入るわね」


 もう早いとこ帰ってさっさとベッドにダイブしたい小雛たちは、この後の事を想像して気持ち曇った。


 「まぁ、とにもかくにもみんな。帰りましょう!」


 六花の掛け声に、四人が続いた。


 ◆


 小雛たちは、自分たちがここまで来た、館の通路を渡って戻る帰路の途中。


 小雛が丘の上から街並みを見て驚いたり、廃墟となった館の雰囲気に圧倒されて怖がったりと色々あったが、ここまで何事もなく戻ってくることができていた。


 「ここって魔物出ないんだよね?」


 「出ないわよ」


 「ゆ、幽霊は?幽霊はでないよね?」


 「魔物の、ていう意味なら出ないわよ。他は知らないけど」


 「他はって!?出るの!幽霊出るの!?」


 「うるさいわねぇ。探索者が幽霊如きでそんなに怯えるんじゃないわよ」


 真っ暗闇を進む小雛は、前衛であるにも関わらず、中衛にいる六花の背中にべったりとくっついて歩いていた。


 今度は小雛の方が子どもようだ。


 「ここは行きでなにもないことは確認済みだ。心配すんな桜咲」


 「それに出たとしても七階層の敵か、あの町のゾンビくらい。堂上一人で問題ない」


 「おいおい。オレ一人に丸投げかよ。まぁ、やってやるがな」


 「やっぱり、イケメンハーレム主人公でいいかも」


 「はいはい。まだダンジョンの中だよみんな。涼ちゃんもみんなを甘やかしちゃだめだからね?」


 「はー、こえぇ。幽霊よりこよりの方が怖ぇぜ」


 「涼ちゃん?」


 「……」


 堂上も鑑も入鹿も、全員が肩の荷が下りたかのような気分で帰っている途中だった。


 「おい。なんか聞こえねぇか?」


 最初に異変に気付いたのは堂上だった。


 「ど、堂上さん!?どうしてそんな意地悪言うんですか!?」


 「ちょっと、小雛をいじめないでよ」


 「可愛い娘はいじめたくなるからね。仕方ないね」


 「涼ちゃん。こんな時にそれは感心できないよ」


 質の悪い冗談だと思われて反感を買った堂上が、面食らったような顔で本当だと弁明した。


 「うそじゃねぇよ!微かになにか……後ろから」


 ──────唖亜唖亜アア唖あ啞あ゙ぁ㋐㋐㋐!!!!!


 「おいおいおいおいっ。まじかよ!お前ら走れ!!」


 後ろから聞こえてくる、聞き覚えのある声に、全員の顔が引き攣った。


 「死んでなかったの!?」


 小雛が叫び、殿に立つ。


 「流石にもう回復は厳しいよ!」


 「ホラーすぎる。絶対夢に見る。真夏の夜の悪夢だ」


 入鹿と鑑が顔を真っ青にした。


 「みんな!走るわよ!」


 六花が檄を飛ばし、皆が全力で走り出した。


 ────ドン、ドン、ドン、ドン


 一本道のトンネルのような通路に、大きななにかが走る音が響き、それがこちらまで反響してくる。


 その音が次第に大きくなっていく。


 凄い速度でこちらへと迫っているのだ。


 「【トーチ】」


 ぽんっ、と明りを鑑が後ろへと放り投げる。


 地面に転がった灯りがそれを映し出した。


 「「「来たァァァアアアアアアア!!」」」


 堂上と小雛と鑑の悲鳴が重なった。


 暗闇に映し出された蝋のような大きな化け物。


 それが信じられない程の速度で小雛たちを追いかけてきていた。


 「あいつ不死身かよ!あんな体でまだ動くとか信じられねぇ!!」


 小雛が腹の球体を破壊した時のままの姿の化け物が、そのまま動いている事に一同が驚愕し、恐怖した。


 「出口はもう少しだ!全力で走り切れ!」


 「出口を出てもあいつは追いかけてくるよ!」


 「!?」


 入鹿の最もな理屈に、堂上の表情に焦りの色が強くなる。


 堂上が必死に頭を働かすが、良い解決案など浮かんでこない。


 「堂上さん!みんな!私の後に続いて!」


 小雛が加速し、堂上の前に出た。


 「桜咲!?」


 小雛は自分の頭のブローチに手を当てて、扉を呼んだ。


 「なんだこりゃあ!?」


 「どこ〇もドア?」


 「莉緒ちゃん!?」


 「……」


 小雛はその扉を開き、迷わず飛び込み、四人もそれに続いた。


 ◆


 カランカランカラーン。


 鈴の音の音と共に、小雛たちは転がり込むように【DD】ショップへとなだれ込んだ。


 「いつつ……って、おい。こりゃこの間来た……」


 「はい。マスターのやってる【DD】ショップです」


 「ははっ、マジかよ」


 「ここなら安全」


 驚愕する堂上の隣で、鑑が空気の抜けた風船のようにぱたりと倒れ込んだ。


 「小雛ちゃん……どうやって」


 「えへへ。実はマスターに特別な入店許可証貰ってまして」


 「……」


 自分の頭のブローチを指さした小雛に、入鹿が納得いったように頷いた。


 「あ、マスター!助けてください!第七階層に見たこともない化け物……が…………マスター、何してるんですか?」


 小雛が目の前の光景に固まった。


 「にゃぁぁあああん。ゴロゴロゴロゴロ。ふにゃぁああ」


 そこには獣耳を付けて猫のように甘えるはじめの姿と、それを撫でながら、猫じゃらしで遊んであげている湊の姿があった。


 「あ。」


 小雛とぴったり目の合った湊がうんこ座りの姿勢のまま、固まった。


 気まずい空気が流れた。


 「にゃぁぁん。にゃにゃにゃっ。にゃぁあああん」

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