私は、ただお金持ちの家に生まれただけ。世間から見たら、お嬢様であり、花の女子高生だけれど、私の外見は太っている。だから、全然モテないの。でも、お金で買えないものがあるわ。それは、愛。
恋愛、つまり彼氏やときめきはお金で買えるものではないの。そして、私は彼氏を作るべくお金で解決することにしたの。お金をかけてダイエットをするのよ。だって、今体重が80キロあるから50キロくらいになれば割とモテると思うのよ。顔は悪くないし、礼儀作法や教養はばっちり。向かうところ敵なしよね。
自分が変わるための一世一代の大作戦。親がダイエットインストラクターで、ダイエットジムを経営している有瀬君こと私の王子様がアルバイトでダイエット指導をはじめたという話を耳にした。幼なじみのイケメン王子様に個人レッスンしてもらうことにしたの。ずっと憧れていた彼には食事の指導から運動まで手取り足取り教えてもらうわ。
まずは第一印象としてピンクのワンピースでお出迎えよ。きっとかわいいと思ってくれるはず。
インターホンが家敷中に響く。大きな一戸建てにはトレーニングジムやプールも完備されている。広い敷地にはあらゆるものが揃っているけれど、私の贅肉は全くなくなる気配がないわ。これは、徹底的に個人指導してもらうしかないってことね。
「久しぶり。ダイエット指導に来たぞ」
王子様はいつでも運動できる格好をしてやってきた。ザ・スッポーツマンという感じがビシビシ伝わってくる。やっぱりイケメンすぎる。かっこいい。
「久しぶりね。私、痩せて美しくなりたいの。よろしくね」
「相変わらずのぷにぷに体型だな」
少し苦笑いする表情は絶対に馬鹿にしているとしか思えない。
「まずは簡単に食事について説明した後、トレーニング方法についてレクチャーするから、着替えてこい。だいたいそんな格好でダイエットするつもりかよ。フリフリのスカートなんて履いているあたり、やる気あるのか?」
「このワンピース、お好みじゃなかった?」
「好み云々じゃねーだろ。運動できる格好しろ」
ストレートな王子様の物言いに私の心はドキドキしっぱなしよ。昔からずっとあこがれていた有瀬王子。そんなことを考えながらピンク系の女子らしいTシャツに細く見せるための黒いレギンスを履いてみる。
「食事についてだ。まず、この肥え方からいくと、一日のカロリー限度を超えすぎだ。さらにメス豚になるぞ!!!」
メス豚なんて……昔から変わらない毒舌ね。
「いいか、食べることは美を作る最大の方法であり、最も効果のある行為だ。筋肉を作ることも食べることが基本だ。いいな、幼なじみだからって容赦はしないぞ」
「食べる順番も大事だ。最初に野菜、魚や肉のあと、最後に炭水化物だぞ。とりあえずレシピのコピーを置いておく。これを参考にして、自分で作れ」
「だってうちにはお手伝いさんがいるしぃ」
「甘ったれるな!! 甘ったれた結果がこの贅肉満載の体だ。自力で作る、体を動かす習慣を作れよ」
「タンパク質をたっぷり? サプリでいいでしょ?」
「サプリは空腹をみたさねーだろ、その楽しようとする姿勢を1から鍛え直してやる」
王子様は運動について指導を始めた。
「運動について説明する。有酸素運動がダイエットには効果的だ。走ったり歩いたりっていうような持続的な運動のことだが、筋肉をつけていると太りにくい体質になる。体質改善はリバウンドを生みにくい体にするってことだ、よって筋肉をつけることは最重要課題でもある。運動の後にタンパク質を摂取するのが効果的だ」
うっとりしてながめていると、蹴りをいれてくる。痛くない程度に入れて来る蹴りは優しさすら感じる。
「まずは初心者向けの有酸素運動だ、準備運動からするぞ」
その場でストレッチの見本を見せる王子様の体はとても素敵だ。筋肉の引き締まりが理想的なのだ。まさに私の理想の王子様。私がうっとりしていると、
「おまえ、やる気あるのか? 途中で辞めても返金はしねーからな」
そんなことを言いつつ手取り足取りのレッスンは続く。
部屋にある大きな鏡を見ると私がおぼれそうな魚の顔をしていた。王子様に芽生えるものは何もなさそうだった。いや、あんな顔を見て好きになる男性はいないだろう。私の顔は真っ赤になり、汗だくになり、非常に苦しい顔をしていたのだ。ひととおり終わった後に私は死んだ魚の目をしていたと思う。肥えた魚だ。
「少し休んだら筋トレを伝授する、スクワットは太ももの広い筋肉を使うから有効だぞ。しかし、やり方をまちがいると足腰を痛めるからな。膝は足の指より出ないように! そして、自分で毎日運動プログラムをやるように。宿題だぞ。そして、終えたあとは、毎回メッセージを送って来い、食事を作ったあとも、写真を撮って俺に送ること」
「素敵な体型になった暁には付き合ってくれる?」
死にかけた魚に告白された王子様は災難だったと思うが、ここで断ったら本当に死んだ豚になってしまうかもしれないと思ったのかもしれない。
「んじゃ、目標体重になった時にはもう一度告白しろ」
「そこで私を振るって言うこと?」
「さあな」
そう言うと王子様は次の仕事があるということで帰宅準備をはじめた。さあな、って脈ありだと思っていいの? そんなことを考えてにやけていると。
「あ、そういえば太もも後ろに穴あいてるぞ。むりして小さいサイズ履いたから破けたんだな、ちゃんと直しとけよ」
私は急いで手で隠す。赤面必須だ。メス豚だって羞恥心がある。
これから週に3回は王子様が自宅に来てくれる。そして、半年後か1年後に 痩せた私が告白したら……なんて答えてくれるのだろう?
レシピを参考に食材を買いに行ってみる。肉ではなく、大豆を肉に見立てた料理をつくるため、おからパウダーを購入する。大豆にはタンパク質と女性ホルモンが豊富。そして、ダイエットをするとカルシウムも不足して骨がもろくなるので、食事の際は1日1回は牛乳を飲むこと。牛乳には糖質を抑える働きがある。
さすが、ダイエットのプロだけはあって、詳しいな。メモを見ながら、買い物をする。おからにはかさまし効果、満腹効果、肉の代わり……色々あるらしい。おからパウダーで糖質オフなのね。しかも、ハンバーグだって食べることができる。意外とおいしそうなメニューがレシピには並べられている。糖質オフの基本と筋肉を作るための健康的な食事がたくさんある。毒舌王子特製のレシピには女を美しくさせる秘訣が満載だった。
そこには『食べることは美の基本』そんなことが書かれていた。
それから、毎日報告以外にも私の自撮り写真やらどうでもいいことをメッセージに書き込む。ウザイと思われても今は客なのだ。そして、客のうちに彼の心に入り込むってことだ。そして、彼は私無しでは生きられなくなるはずよ。
半年くらい経ったけれど、王子様との関係が変わるわけでもない。どうせ告白しても無理だよね。あの顔につりあうほど美人でもないし。そう思って諦めかけていた。水泳のレッスンで、水着を着ても振り向かれない寂しさ。初期はずいぶんと脂肪がついていたけれど、今は本当に自分でもうっとりするくらいのくびれが見える。女として見られていない寂しさがずっとあって。これは片思いだということには気づいていないわけではない。でも、当たって砕けたいと思った。何もしないで砕けるよりずっとまし。
「私と付き合ってください」
「……」
王子様は沈黙する。
「俺は……」
「知ってるよ、ダイエットが成功するために期待させて、成功すると振るって作戦でしょ?」
「なあ、痩せていることが美しいのか? 適正体重であることは健康面でも大切なことだ。しかし、本当の美しさって脂肪が多いとか少ないじゃないと思うんだ」
「それは建前でしょ。本音はスリムな体型が好きだとか、顔がきれいなだけで好きになる人がほとんどでしょ」
「俺は、そんなことで人を好きになったりしないし、内面的な良さを幼少のころから知っているつもりだ。もしかして、他に好きな人がいてダイエットしようとしているのかと思っていたんだけれど……」
「やっぱり私のことは恋愛対象外ってことね」
「そうじゃない。昔からかわいい子だと思っていたけれど。君は、金持ちのお嬢様だし、俺の家はどっちかというと貧しい家だったから……」
王子は恥ずかしそうな顔をしてうつむく。
「お金持ちか貧乏かで人を好きになるわけないでしょ」
「痩せても太っても人の価値が変わるわけではない。でも、俺は、ふくよかな女性が好きなんだよ!!」