このバーには世にも不思議なバーテンの神酒(かみさか)さんがいる。世にも不思議なノンアルコールカクテルでお客様の希望にあったなんとも神がかったカクテルを創ってくれるらしい。神酒はいつも営業スマイルで、物腰は穏やかなミステリアスな青年だ。彼が感情をあらわにすることは滅多になく、いつも冷静だ。そして、顔立ちは端正で女性にとても人気がある。
人と人とが交わり集うお店は子供から大人まで幅広い年代に親しまれている。
少し落ち込んだ様子の男がバーのカウンターに座っていた。少し疲れた背中は哀愁が漂う。
「芸人として事務所に所属しているんですが、人気が出なくて。面白くなれるカクテルってありますか?」
「ありますよ。意外性と面白さって紙一重なんですよね。今日は見た目も珍しいカクテルをお出しします。カクテルというのは様々なものが混じりあってひとつになった飲み物です。芸能の世界を目指すならば、こちらのカクテルをお勧めしますよ。かき氷の上にジュースを混ぜ合わせて色を付けています。かき氷のレインボーカクテルです」
出されたのは世にも美しいデザートだった。
「笑いは一瞬、面白さなんて一瞬です。だから、笑いはすぐとけてなくなってしまう氷に非常に酷似していますよね。色がきれいだと思ってもすぐに混ざり合ってしまいます。混ざり合ってしまうと本当の味はわからなくなってしまいます。でも、結果的においしければいいんです」
神酒は的を得た発言をする。
「つまり、あと味がよければ、笑いもおいしいというか成功っていうことですかね」
「面白さなんて目で見ることはできないですからね。でも、人によって味の好みがあるように笑いにも好みがあります。おいしいと感じてくれる人が多いものが一般的に言うおいしいという食べ物ですからね」
「意外性と斬新さで勝負してみます。誰もまだ開拓していないことをやってみることも、目を引くことになりますからね」
お金を支払うと男は足早に走り去る。客の悩みをさりげなく解決するのが得な神酒。
「カクテル一杯の力で人生を変えてしまう仕事は恐ろしくもありますが、幸せにするお手伝いをするつもりで創作しています」
どこまでも無責任で薄情にも見えるが、実は幸せにする手伝いをしているという神酒の心意気はなかなかのものだと二葉は感心した。
「神酒さんってなんでこの仕事しているんですか?」
二葉が聞く。
「人間が好きだからですよ」
「意外、神酒さんって人間が好きなイメージないんですけれど」
「どんな偏見ですか」
神酒は相変わらず口元だけ口角が上がっているが、目は笑っていない。
「神酒さんって友達少なそうな気もしますよね」
二葉がにこやかに本心を言う。
神酒は少し睨みながらも、口元だけはスマイルを心掛けているようだった。
「本当の友達がひとりいるのと、本当じゃない友達が100人いるの、どちらが幸せなのかと思うんですよね。友達という定義はあいまいです。恋愛に発展する前の友達かもしれないし、クラスや部活や出身校が一緒だっただけでも友達なのかもしれない。実に友達っていう定義はあいまいで個人の見解によるものだと思うのです」
「その深い見解が友達を遠ざけてしまっているような気がしますけれどね」
的を得た二葉の言葉に、神酒は反論できなかった。
二葉はなんだかんだ神酒のことが好きだったりする。
「カクテルひとつで人生を変えちゃう神酒さんが凄いですよ」
「他人の人生を変えるのが面白くて、創作カクテルを日々開発することが生きがいというのが本音かもしれません」
「やっぱり、そっちのほうが神酒さんぽくてしっくりくるなぁ」
「でも、なんで私のことを雇ってくれたんですか?」
「君は私と同じくらい人間を変えることが好きなのではないかと思ったからですよ」
「そうなんですか? 私の容姿がかわいいから弟子入りさせてくれたのかと思ってましたよ」
「強引な二葉さんの弟子入りのお願いを断れそうもなかったというのが本音です」
少し肩をすくめながら、苦笑いの神酒。
「少しくらいかわいいって思ってくださいよ」
唇をとがらせて頬をふくらませる二葉。
「思うように努力します」
冷静かつ全く興味がなさそうな神酒の表情に二葉は抗議する。
「神酒さん、ひどーい、まるでかわいくないと言っているようなものじゃないですか」
二葉が成長していつか創作バーテンになったらどんなカクテルを創るのだろう? 神酒は今後どんな幸せのお手伝いをするのだろう。神酒のカクテルは無敵かつ最強だと思うのだ。そして、神酒さんを振り向かせるカクテルをいつか完成させようと二葉は思う。
「一緒に飲むと両思いになるカクテルを創りました。私も飲みます。二葉さんもいかがですか」
どういう意味だろう。これを飲んだら両思いということ? 甘い香りに誘われて二葉は飲んでみる。同時に神酒も飲む。あれ? 何も変わらない?
「つまり、元から我々の想いは一緒ということです」
神酒がほほ笑んだ。
二人はどうやら両思いだったらしい。