笑い。
それを俺に聞くの? 笑える話を、俺に?
なんでもいいから話せって?
時間がない、ふうん、なんで?
理由を説明している暇もない。へえ、そうなの。
そんなに急ぐの?
ああ、急ぎなのか。それじゃ仕方ないな。
言うよ。ま、言うけどさ。
でも期待しないでくれ。真面目な俺に、笑い話は無理だから。
んまあ、俺の人生は笑えるらしい。
その生い立ちからして、大笑いなんだとさ。
誰に言われたかって? 告白した相手だよ。
最初から面白いって。
面白がらせるつもりで喋ったんじゃない。
同情を引こうと思ったんだ。
そこから愛情が湧いてくるんじゃないかと、ね。
たとえば俺の父親は、誰なのか知らない。
そこから劇的でいいらしい。
母親もいけるそうだ。
俺を産んだとき、母親は故郷を逃げ出していた。
生まれ故郷は戦争や災害で荒れ果ていて、とてもじゃないが住める場所じゃなかったから。
ましてや、子育てなんかできるはずがないって感じ。
それで自分が生きるため、そして俺を生かすために、母親は旅立った。
そして、たどり着いた新天地で俺を捨てた。
確かに第三者の目からは笑えるよな。
捨てるくらいなら最初から産まなきゃいいのにさって思うもの。
まあ、母親も子供だったんだろうな。
実際、まだ子供だったようだ。そう、十歳を越えたくらいだったと聞いている。
それでも、たった一人で、母親は故国を離れた。
その長い旅の途中で、俺は生まれた。
旅の終着は、この国。まあ、贅沢をしなきゃ、生きていける。ここなら、俺一人でも育つだろって母親は思ったのかもしれないな。自分の人生もある。
でも、そんなことは俺と一緒に置いてあった手紙には書いていなかった。自分の悲惨な人生の話だけを、拙い文字で書いていた。そして俺を置いてけぼりにした施設の人に顔も見せず、消えた。
何だか分からないよな、何を考えていたんだか。自分を同情して欲しかったのかな、俺の母親は。
こんな話を、俺が告白した相手は面白がってくれた。
お前はどうだ? 本当に面白いか?
え、施設での暮らしは悲惨だったかって?
そうでもないよ。毎日毎日、笑って暮らしてた。だけど、今になると、そんなにおかしいってわけでもないな。何か知らんけど、あの頃は何かあると笑ってた。あそこには笑える奴が多かったよ。
たとえば――え、今の話はアウトなの? 投稿できない?
なんで?
そっか……じゃ、仕方ないな。
独り立ちしてからの苦労話はどうかな?
前に話したかもしれないけど、あの一件――これも駄目か。そうか。
でも、それじゃ何も話せないぞ。どうやら俺が面白いことと世間様が面白がることは違うらしいな。
それでも最初は、俺もそうじゃなかった。今のパートナーと一緒にいるようになってからだよ。感性が変わったのかな。
今のパートナーについて話せって?
プライバシーはないのか(笑い)。ま、いいや。
可哀想な奴だよ。パートナーとの死別を繰り返している。俺の前に五人か六人の葬式を出しているはずだ。皆、身寄りのない奴ばかりでね。病気になって死んだのも同じだ。
パートナーは働いていないけど、金に困っていない。保険金が下りてね。俺が死んだらラッキーセブンだよ。だけど、そうはならなかったな。遺産は大切に使わせてもらうよ。
さ、話は済んだ。今の話が笑えるとは思えないが、これで約束は果たした。次は、お前が交換条件を守る番だ。いいな。
早くしろ、時間はないぞ。
足を持って。穴の中に落としたら、上から土を掛けろ。
締切が近いんだろ? てきぱき動けよ。
埋めた場所がバレないよう、手で土をならせ。
こんなところかな。
AM11:59だったよな締切。間に合うんじゃねえか。
23:59だと思ってノンビリしていたお前、今になると笑えるなあ。
おかしくないか?