「意味、分からない。正男君が言っていること分からない」
これまで機嫌が良かった里香の態度が変わった。優しい性格であっても子供は子供だ。ちょっとしたことで感情的になることがある。今回は正男との会話が上手くできなかったことに対して不満が出たのだ。5歳の子供に正男のことを理解させるのは難しいところだが、こういうことも含めて学んでもらうのが今回のプロジェクトだ。
「里香ちゃん。正男君はまだ赤ちゃんのような感じなの。これから少しずついろいろなことを覚えていくから、自分が求めている答えじゃないからと言って、怒るようではいけないわ。正男君にちゃんと謝りなさい」
美恵子が里香を嗜めた。
「正男君、ごめんなさい。初めての食事だからうまく言えないよね」
里香は一定の理解を示し、正男に謝った。
「里香チャン、僕ノホウコソゴメンナサイ。ミンナニ分カルヨウナ言イ方、勉強スル。教エテネ」
「うん」
仲直りした様子に、みんな胸を撫で下ろした。そして食事も終わり、後片付けをみんなでやった。田代と辺見夫妻は再びリビングに戻り、食事の時に気付いたことについて質問している。
「正男君、私たちと同じように食事まではしていますが、人間の様に消化することまではできませんよね。食べたものはどうするんですか」
「そこも私たちが悩んだところの一つでした。人間社会で普通に生活するということを考えた場合、飲食は生命の根幹にかかわるところですから、他の人たちと同じ行動ができなければ排除される可能性があります。ですから、食事までは一緒にできるけれど、食べたものは一旦体内の特殊な袋に納め、後で流すように設計してあります。大切な食べ物を粗末にするようなことになりますが、人間社会で上手くやっていけるようにとの妥協になります。流す場所は御手洗になりますが、そうすると配管が詰まる可能性が出てきます。ですから、人間の消化の過程を参考に、消化液に相当する薬剤を体内で混ぜ、スムーズに水に流せるようにしてあります。ご安心ください」
「そうですか。さっき私たちと同じように食べたものがどうなるのか心配していましたが、食事までは普段通りで良いのですね」
一郎は懸念の一つが消え、安心している。
「では、正男君のエネルギーはどうやって補充されるのですか? 人間の場合、食事や空気からになりますが、正男君の場合、電気ですか?」
美恵子が質問した。主婦としての立場から、正男にも普通に動いて欲しい、という思いがあるのだ。
「はい、体内に高性能のバッテリーが装備されています。一旦フル充電されれば、1日中動いても10日は持ちます。ですから、10日ごとに充電が必要になりますが、研究所のほうでバッテリーの様子もモニターしています。その様子を見ながら研究所からワイヤレス充電のため車がお近くまでやってきて、普通の生活の中で自然にバッテリーを満たします」
「正男君、お腹空かないようになっているのね。安心しました」
「おそらく正男君と生活する中でいろいろなことが出てくると思いますが、その時は遠慮なくご連絡してください。私もできる限り伺い、お話を聞かせていただきたいと思っています。ご迷惑でなければ、ということではありますが・・・」
「迷惑なんてことがあるわけないじゃないですか。以前もお話しした通り、田代さんはもう家族ですから、ご遠慮なくお出で下さい。里香も含め、お待ちしていますから」
この後、世間話になり、切りが良いところで田代は辺見家を後にした。