正男が辺見家の家族になり、1ヶ月近く経った頃、もう周りはすっかり春を感じる季節になっていた。一緒に生活することで正男は成長し、いろいろなことを経験した。里香とも本当の姉弟のような感じになっており、何気ない会話や生活にも違和感が無くなってきた。
そんな中、一郎と美恵子が2人だけで話していた。
「正男君もすっかりウチに打ち解けたな」
一郎が言った。
「そうね、ずっと昔から一緒にいるみたい。里香もすっかり心を許しているわ。子供だからちょっとしたことで言い合いになるところもあるけど、正男君が引いているので喧嘩にはならない。里香の情操教育にもプラスになっていると思う」
美恵子が言った。
「田代さんにはきれいごとのようなことを言ったことがあるが、全く心配しなかったわけじゃない。正男君は人間社会に慣れるために、ということでやってきたわけだが、やはり機械であるということが心の底で引っかかっていた。それで約1ヶ月経ったわけだが、そのわだかまりはすっかり解けた。田代さんが時々やってきて、いろいろお話しできたのも良かったのかもしれない。もう辺見家は4人家族だな」
「そうね、私も心の奥では同じようなことを思っていた。それを大人の解釈で表に出さなかったところもあるけど、私も4人家族、同感だわ。ただ、正男君は1年の約束で預かっている。別れのことを考えると悲しくなる」
「・・・それは同じだ。だから、たくさん思い出を作ろう」
「賛成」
「じゃあ、季節も良い頃だし、先日サクラの話をテレビで見た。田代さんも誘い、お花見というのはどうだろう」
「いいわね。やりましょう」
話がまとまり、一郎は田代に電話し、参加させてもらうという返事をもらった。
その時、庭で遊んでいた里香と正男がリビングにやってきた。
「庭に咲いていたお花、花束にした」
里香が嬉しそうに両親に手渡した。
「里香チャン、一所懸命作ッタ。キレイ」
正男も作った花束を渡したが、お世辞にもきれいとは言い難かった。
「正男君、一生懸命里香を真似て作ったの」
一郎と美恵子はその言葉を聞き、顔を見合わせ、満面の笑みになっていた。
「ありがとう、里香、正男君」
2人はそう言ってさらに続けた。
「実は明後日、みんなでお花見に行くことにした。テレビでサクラの話をしていたし、田代さんも参加することになった。平日だから人も少ないだろうし、ゆっくり楽しめると思う」
「お姉ちゃん、来るの? 嬉しい」
「オ花見? 何デスカ?」
正男が尋ねた。
「そうか、正男君は初めてだったね。里香は去年行ったから説明してあげて」
「うん、お花見ってね、きれいなサクラがたくさん咲いていて、それを見に行くの。美味しいものをそこで食べて、いろんなお話をして過ごすの。みんなで行くととても楽しんだ」
「ソウ。何トナク分カッタ。僕モ楽シメルカナ?」
「もちろんだよ。みんなで行くんだ。楽しいよ」
「分カッタ、嬉シイ」