再び鎌倉の海水浴場。辺見夫妻も田代も水着の上に薄いシャツなどを羽織っているという出で立ちだ。だが、正男だけは普段の格好だ。海の中に入るつもりは無いからだ。里香は海に入りたくてしっかり水着姿だ。浮き輪もちゃんと持っている。
持参したクーラーボックスの中には冷たい飲み物がしっかり入っている。気温が高いので食べ物は簡単なお菓子程度で、食事をする時は海の家か近くのレストランで、ということにしている。
里香はここに来てテンションが上がっている。
「ねえねえ、早く海に入ろうよ。正男君、お姉ちゃん、行こう行こう」
2人の手を引っ張り、海のほうに誘う里香。
「里香ちゃん、正男君は泳げないから海に入れないの。正男君はここで待っているから、お姉ちゃんと海に入ろう」
田代は辺見夫妻に軽く会釈をしながら言った。
里香は正男が海に入らないことに少々不満げだったが、誘った方の1人が一緒に海に入るということで納得した。
2人は砂浜を走ったり、波打ち際で水の掛け合いをやっている。シートの目の前で楽しんでいるので、辺見夫妻も2人がはしゃいている様子を楽しそうに見ている。それは正男も同じだった。
「正男君、2人が楽しそうな感じ、分かる?」
「分カリマス。里香チャンタチガ喜ンデイルト僕モ嬉シイ。ソノコトガ今ハ分カルヨウニナッタ。コレガ人間ノ気持チ?」
「そうだよ。正男君、人間だよ」
そういうことを話していると1時間ほど経過した。2人は喉が渇いたといって3人のところに戻ってきた。冷たいもので喉を潤したところで、里香がまた正男を海に誘った。さっきと同様、美恵子がその誘いにストップをかけたが、里香は引かない。仕方ないかという感じで正男は立ち上がり、里香と海のほうに行った。
「里香ちゃんも正男君と遊びたかったのでしょう。少し遊ばせて食事とか理由を付けて連れてきます」
田代が言った。
里香と正男は同じようところで遊んでいる。見た目、大人と子供が遊んでいるようにみえるが、正男の格好は海に来ている人には見えない。日常的な服装だ。子供のほうは海水浴に来ている格好そのものだが、周りから見ると違和感がある。
そこにチンピラ風の若い3人組がやってきた。歩きながら女の子に声をかけている。この3人組も海に似つかわしくない。
だが、こういう場所で正男のような普通の格好していると目立つ。こういう場合、人によってはちょっかいを出すというケースがある。今回、運悪くそういうことになってしまった。