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海水浴 2

 2週間前、一郎は田代に電話をした。

「田代さん、今度みんなで海に行こうと考えています。先日、鎌倉に行ったことはモニターでもご存じだと思いますが、その時、鎌倉の海を見て、みんな海水浴のことを話しました。里香も初めてのことですし、とても期待したようだったのでその計画を立てたのですが、後で考えたのが正男君のことでした。こう言っては何ですが、心配になったのが正男君の身体でした。日常生活では大丈夫でしょうが、海となると塩分を含んだ風が吹きます。多分、いろいろな想定をされているでしょうが、そのことで不測の事態が起こるかもしれません。そのことを考えると、田代さんにもご意見が聞きたくて・・・」

 一旦は海水浴を考えたものの、現実を前にした時は起こり得る可能性も想定しておかなくてはならない。一郎や美恵子の危惧について確認しておかなければ、正男を預かっている責任もあることだからということでの電話だったのだ。

「辺見さん、そういう想定もした上で設計しているつもりです。ここまで人間らしい考えができるような正男君に機械のような言い方をするのは心苦しいのですが、だからこそその立場でお話しなければならないと思っています。正男君の場合、金属製の躯体の上で人工皮膚で覆っています。見た目はそれで人間と同じですが、いろいろな条件下ではその皮膚に裂け目ができ、そこから水が浸入するかもしれません。もちろん、そこから内部に入って電子部品に悪影響を及ぼさないようになっていますが、強い負荷がかかった時は100%大丈夫とは保証できません。そこまでの強度試験は行なっていませんので」

「そうですか、事故でも起こらなければ大きな損傷は無いでしょうが、塩分を含んだ空気という条件もありますからね」

「でも、それでも普通の動きであれば人工皮膚で十分対応できるはずです。ただ、強い日光の下で長時間海水につかるとなると、正直、データがないので分からないところがあります」

「では海水浴の件、何か理由を付けて中止にし、その代わりプールに行くということに切り替えましょうか?」

「少しお待ちください。主任に聞いてみます」

 田代はそう言って保留のボタンを押し、2・3分、話を中断した。

「お待たせしました。主任と打ち合わせしたのですが、何かあった時のため、ウチから車を用意しておきます。正男君のことを周りに気付かれないように、救急車のようにして、人気ひとけのないところに待機させておきます。もし正男君にトラブルが起こりそうな事故などが起きた場合、その車が救急車として駆けつけ、収容するということでどうでしょう。そうすると、予定通り、みんなで海水浴を楽しめますし、正男君の体験として良いと思います。里香ちゃんも楽しみにしていると思いますので、予定を変更することなく楽しんでください。ただ、私も同行させていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんです。むしろこちらからお越しいただけますか、ということを伺いたかったくらいです。この前の鎌倉の時の様に、楽しい思い出だけで帰れればと思っていますので、ぜひ、田代さんもご参加ください」

「ありがとうございます。ではご遠慮なく伺わせていただきます」


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